35話 球技大会9
思春期男子らしい想いで心を1つにしたAクラスを一瞥してから、僕ともう一人の控えメンバーである山下はベンチの方へ向かう。
しかしながら、3人用ベンチは神代晴華と名取真宵に占領されていた。しかも何故だか2人が端っこに座っているため、真ん中が空いている状態である。
「どけ。座れないだろ」
何食わぬ顔で居座る2人を見下ろして言ったが、神代晴華は吹けない口笛に逃げ、名取真宵は空いている隣の空間を楽しげに指差すだけだった。
「空いてるじゃない。ちゃんとスペースが」
「お前の目は節穴か、こっちは僕と山下がいるんだぞ?」
「久保田だ」
「そう、僕と久保田がいるんだ。どうやってその中で収まるんだ」
「ユッキー……その間違いはちょっと……」
ごまかしモードに入っていた神代晴華が僕の言動にちょっと引いていた。仕方ないだろ、山下っぽい顔だったんだから。言われてみれば久保田%も低くはないが、適合率はまだまだ低いな。精進しなくては。
「いいからどけ、どっちかだけで構わんから」
「どけどけうっさいわね、試合出ないんだからあんたがどきなさいよ」
ええ……
そりゃそうできるなら最初からしてるけど、そんなふてぶてしいこと普通言えます? どれだけ自分の道を貫き通すんだコイツは。
「ならば神代晴華、お前がどけ」
「えー、さっき試合で疲れたから座ってたいんだけど」
知らねえよ。座るスペースなんていくらでもあるだろうになんでここなんだ。てか体育館なんだし別に地べたでもいいだろ、なんでベンチに拘ってるんだ。
「成る程、つまりどくべきは俺か?」
「く、久保田……?」
本来ベンチに座るべき男久保田が、親指を自身に向けてアピールした。何を言ってるんだ久保田、お前には後半があるんだぞ? それまでベンチで待機しているのが使命じゃないのか。
「俺なんかが我慢して美少女2人が休めるならそれに越したことはねえ。俺はいつでも試合に出られるよう、アップしながら待ってるぜ」
「く、久保田あああああ!!」
なんていい男なんだ久保田。疲れている女子共のために自分を省みない行動をする。これぞ真の男、男の中の男。僕は決してお前のことを忘れない。でもまた山下って呼んだらごめんなさい。
「えっ、あんたが譲ってあげたらいい話じゃないの? 試合出ないんだし」
「何を言ってる。僕が席を譲るわけないだろ」
「久保田くん……」
名取真宵の困惑気味の提案を無視して僕は空いていたスペースに腰をかけた。
すると両サイドの女子たちが少し驚いたように僕を見る。何なんださっきから。
「あんた、普通に座るのね」
「はあ? お前がここ空いてるって言ったんだろうが」
「いや、そういう意味じゃないと思うけど」
どうも煮え切らない言い方をする名取真宵と神代晴華。いちいちコイツらに構っててもしょうがない、せっかくベンチに居るんだから試合観戦しなくては。
コートに目を向けると、雨竜が敵陣に向けてボール運びを行っていた。目の前に相手がいるというのに、周りを見ながら余裕のドリブル。この辺りはさすがである。
そして唐突にパスを出す。その先にはスペースに走り出していた味方がいて、あっさりゴール前でフリーになることができた。しかしレイアップを外して相手ボール、なんとも締まらない攻撃である。
「すまん青八木!」
「ドンマイ! 次点取ろうぜ!」
絶好のアシストを台無しにされた形になったが、雨竜は笑顔で周りに声をかける。どうやらこの試合、味方の経験のために自ら点を取る気はないらしい。
「すごいな今のパス、あたしも受けてみたい!」
雨竜のプレイを見て興奮を露わにする神代晴華。経験者から見ても相手の隙を突いたいいパスだったようだ。
「パスなんて青八木のガラじゃなくない?」
「ガラというか、本来のポジションはフォワードだからね」
「こんな緩い敵、ごぼう抜きしてやればいいのに」
奥さん? その緩い敵、あなたのクラスメートですよ?
「それだとウルルンが楽しいだけだからね、チームメイトにも楽しんでもらいたいんだよ」
「何それ……馬鹿みたい」
言葉の意味とは裏腹に、名取真宵の声のトーンは優しかった。自分の望むプレイをして欲しいと思いつつも、仲間を気遣う姿に感情を隠せないでいる。真っ直ぐ雨竜を見つめる姿は、確かに恋する乙女だった。普段とのギャップも相まって随分可愛らしい。
「ユッキーユッキー」
名取真宵に聞こえないよう声のボリュームを落とした神代晴華が、顔を寄せて僕に呼びかける。ただでさえ近いのにさらに距離が近くなった。
「マヨねえ、もしかしてウルルンにホの字なのかな?」
「ホの字って……」
随分古くさい表現をする神代晴華に呆れてしまう僕。他にいくらでも言い方があるだろう、なんでホの字を選択したんだ。
「まあホの字に見えなくもないな」
「だよねえ、まさかあのマヨねえまでウルルンかぁ」
肯定的な言葉を発しても、神代晴華は盛り上がらなかった。女子なら皆が好きそうな恋愛トークで、彼女は舞い上がらなかった。
「……すごいなあ、恋愛してて」
――――それどころか、恋人がいるとは思えない言葉を神代晴華は吐き出した。表情は硬く、いつもの幼い笑顔はどこにも見られない。無意識に出たのかもしれないが、耳に届いたのが僕だけでよかったと思う。
「廣瀬、あんたに訊きたいことがあるんだけど」
ようやく自分の世界から帰ってきたらしい名取真宵が、いつもの表情で僕に問いかける。
答えるかどうかは僕のみぞ知る世界。何も言わずに名取真宵の言葉を待っていると、彼女は意を決したように僕の瞳を見つめた。
「あんたと月影って、なんでそこそこ仲が良いわけ?」
名取真宵の目からは、自分のライバルの情報を少しでも探りたいという意志が感じられた。




