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モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい  作者: 梨本 和広
2章 球技大会と青八木家

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19話 議論、そして

「3ヶ月振りですかね、ご無沙汰してます」


僕は身体を起こし、尻についた埃を払う。驚いた反動とはいえ、靴置き場で尻餅をついたのは少しはしたなかったかもしれない。


「ホントにね、私が呼ばないと来ないなんて寂しいじゃない」

「氷雨さんだって暇じゃないでしょ、ここにいる方が珍しいくせに」

「そりゃね、花も恥じらう女子大生だもの。大学の近くに住みたいじゃない?」

「だったら大学生との交流を深めてくださいよ、氷雨さんなら引く手数多でしょ?」

「時々ユキ君の顔が見たくなるのよ、とても光栄なことよね、ね?」

「……そうですね」


後先が怖いのでとりあえず肯定する僕。そりゃ氷雨さんという存在は目の保養にはなるが、相手にするのが雨竜以上に面倒くさいのである。


そもそも女子大生なんて名乗っているが、この人本当に大学なんて行ってるのか?

雨竜曰く、氷雨さんはFXで莫大なお金を手にし、自ら映像関連を扱う中小企業にスポンサーとして投資しているらしい。

雨竜の家はかなり大きなグループ会社のはずだが、そこには関わらず別の会社に注力する辺り、雨竜が敵わないと言ってしまうのも無理はない。


「で、どうかしら?」

「どうとは?」

「さっきのプロジェクションマッピングよ、映像といい音質といいなかなかの完成度だと思うんだけど」

「ああ……」


そう言って僕の返答を楽しげに待つ氷雨さん。

こんな風に、氷雨さんは自分が着手したものを試作しては、僕を実験台として体験させるのである。


少し前までは雨竜が実験台だったようだが、何故だか僕へとシフトチェンジしてしまった。そのときの雨竜の喜びようといったら言葉で表現するのは憚られるレベルである。今までどれだけ酷い目に遭ってきたのだろうか。


しかしながら、何故この人は先に説明をしようとしないのか。百聞は一見に如かずとはよく言うが、前情報がないとどこに注視すればいいか分からないじゃないか。


とは思ったが、情報を与えて視野を狭くして欲しくないのだろう。僕が体感して思ったことを率直に伝えて欲しいというなら、僕はそうするだけだ。


だが驚かす系なら前以て言ってくれ、前回のトラウマのせいで今回青八木家に行くのがどれだけ億劫だったことやら。案の定またホラーテイストだったし、心臓に悪いので本当にやめてください。


「作品としては良かったですけど、商業的には売れないでしょうね」

「やっぱりそうよね……」


氷雨さんはあからさまに肩を落とす仕草を見せた。なんだ、氷雨さんも分かってたのか。


「一応聞きますけど、これ家庭用じゃないですよね?」

「当たり前でしょ、こんな高いの一般家庭じゃ購入できないわよ」

「商業用だとしたらせいぜいテーマパークのホラー系の入口に映し出すくらいでしょうか」

「えっ、ショッピングセンターの一画で箱作ってこれ運営したら集客できるでしょ?」

「リピーターがつかないでしょ、1回体験したら満足するコンテンツなのに」

「それは勿論考えてるわ、体験者が歩く速度を決められて、それによって内容が変わるって感じで」

「いいアイデアですけど、採算が合うんですか。これ常駐じゃ続かないだろうし2週間程度の催事だとしたら開発費の方が高くつくでしょ」

「……コンテンツそのものをオーナーに買ってもらって運営してもらえれば」

「そんな乗り気なオーナーがいればいいですけどね」

「ああもうさっきから文句ばっか言いおって!!」

「イタタタ!!」


僕の容赦ない追及に耐え切れなくなったのか、氷雨さんは僕にヘッドロックを仕掛けてきた。痛い痛い、どうしてこの姉弟は不都合があるとヘッドロックをしてくるのか。


しかし、痛みと同時に豊かな胸の感触が頰に伝わってくる。まさかこれはヘッドロックという名のご褒美ではなかろうか。僕はギブアップを告げるのを止めることにした。


「感想を言って欲しかったんじゃないんですか?」

「ここまでマーケティングに突っ込まれるとは思わなかったわよ!」

「だって技術が凄いから売れるなんて無責任なこと言えないですよ」

「まあそうなんだけど、開発進めてる身としてはもっと褒めて欲しかったというか」

「映像と音源は素晴らしい、でも売れるか分からない。以上です」

「はあ、私と同じ感想ね。これも没だなぁ」


そう言って僕の拘束を解くと、スマホを取り出してどこかへ連絡する氷雨さん。えっ、まさか開発チームを解散させる気じゃ?


「ちょっと氷雨さん、幾ら何でも早計じゃ」

「言ったでしょ、私も同じ感想だって。ユキ君の意見聞いて否定的だったらやめようと思ってたの、売れないもの作っても仕方ないしね」


この辺りのシビアさが、氷雨さんが大学生に見えない理由である。決して情には絆されず、無理だと思えばあっさりと蓄積を切り捨てる。携わっている企業でどういう立ち位置にいるのか分からないが、数年後にはあっさり会社の社長として台頭しているかもしれない。


「でもまあ、ユキ君の話が聞けて良かったよ。雨竜じゃこうはいかないからね」

「いろいろ教えてあげればいいじゃないですか、吸収すればあいつはすぐ覚えますよ?」

「言われたことしかできないうちは戦力外なの、私の部下にはいらないわ」


陽嶺高校トップの逸材が戦力外通告、相変わらずこの人のビジョンに何が映っているか計り知れない。


「青八木グループの力を借りたいけど、父さんと話したくないしなぁ」

「ホントにお父さんと仲が悪いんですね、僕の立場だと信じられないというか」

「だって名も知らない業者と絡むなとかウチに入れてやるから大学はちゃんと通えだとかうるさいんだもの。お金は自分で稼いだんだし自分の道は自分で決める、親のレールに乗ってたまるものですか」


親が経営する立派な会社がありながら、そこで働こうとはせず、あくまでビジネスパートナーとして取り入ろうとする姿勢。我が道を突き進まんとする氷雨さんの信念を僕は尊敬していた。


「なら雨竜が青八木グループを背負って立つまで待ったらどうですか?」

「そんな日来るわけないでしょ、ユキ君は雨竜に甘すぎない?」

「ええ……」


容赦なく全否定される雨竜にさすがに同情の念を抱いてしまう。というか氷雨さん、雨竜に厳しすぎるだろ。それだけ高度な要求をしているとも取れるが、期待の表れというには表現がばっさりしすぎてる気もするな。


「やっぱりユキ君が青八木グループの幹部にサクッと入ってくれればいいんじゃない?」

「いやいや、それこそ何十年後の話ですか」

「あら、無理って言わないところがユキ君らしいわね」

「そりゃ時間を縛られなきゃやってやれないことはないでしょうけど、雨竜の方がまだ可能性はありますよ」

「何言ってるの、簡単に幹部になる方法なんてあるじゃない」

「はっ?」


僕が聞き返すと、氷雨さんはさも当然のように右手の人差し指を立てた。



「ユキ君が梅雨(つゆ)と結婚するの、社長令嬢と一つになればあっと言う間に上に立てるでしょ?」

「…………」



開いた口が塞がらないとはこのことである。

あろうことかこの人は、青八木グループとの繋がりのために自分の妹を躊躇いなく差し出してきた。



「あっ、『この人酷いこと言ってる』って顔してるわね?」

「……まあ否定はしないです」

「心配ないわよ、あの子ユキ君のこと好きだし。今日もすごく楽しみにしてたんだから」

「そりゃ好意的ってだけで、好きとはまた違うでしょ」

「細かいことはどうでもいいのよ。さっさと梅雨と結婚して私の手助けをしなさい」

「なんて無茶苦茶な……」



相変わらずのめちゃくちゃで強引な物言い。これぞ氷雨さんという感じはするが、巻き込まれる方からすれば堪ったものではない。

いい加減話を切り替えたいと思っていると、2階の方から慌ただしい音が聞こえてきた。


「噂をすればというやつね」


事情を理解しているらしい氷雨さんは、腕を組みながら楽しげに笑う。

あっ、成る程。さっきからこの場に居ないと思ったら、ずっと2階で待機してたのか。


しばらくすると、階段を急いで下りてくる音が聞こえてきた。終点である1階に辿り着くと、こちらへ視線を向けたセーラー服の少女が嬉しそうにはにかんだ。


姉にも劣らない容姿と、肩口程まで伸びた茶色い髪。姉と違って少しだけ垂れた目元が、彼女の柔らかそうな印象を強めていた。



「こんにちは雪矢さん! お待ちしてました!」



元気な声で挨拶をしてきたこの少女こそ、先ほどから氷雨さんの口から話題に出ている氷雨さんと雨竜の妹、青八木梅雨である。



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