12話 第一体育館の部活
約束の時間より2分ほど遅れて第一体育館前へ向かうと、既に待機していた堀本翔輝が少し慌てた様子で僕の方へ歩いてきた。
「遅いよ廣瀬君、先に帰っちゃったのかと思ったよ」
「あっ、その手があったか」
「ないよない! 向かうはこの扉の向こう側だから!」
「あーうるさいうるさい」
いちいちオーバーなリアクションを取って僕を萎えさせる堀本翔輝。ダメだコイツ、見た目とのギャップがありすぎて情けなさの方が目に入ってしまう。せっかくイケてるメンズ側に立ってるんだから、普段の立ち振る舞いを見直してはいかがでしょうかね。
「じゃあ入るぞ」
「えっ、そんなあっさり!? 心の準備とかしなくていいの!?」
「体育館入るのに何の準備がいるんだよ……」
「だって部活時間だと体育館のアウェー感すごいんだよ!?」
「知るか。学校は全て僕の庭だ」
「た、頼もしい……!」
堀本翔輝が瞳を輝かせて僕を見るがあまりに気色悪いので無視。準備を待たずに体育館の扉を開けた。
開いた瞬間に充満する熱気が外へ漏れ出ていく。進むのが憚られる蒸し暑さだ。そして生徒たちの必死な声が耳に伝わってきて、部活動に真剣に取り組む姿勢を容易に感じ取れる。
こんな暑い中なんで扉を閉め切っていたのかと思ったが、どうやらバスケのボールが外に出ないよう閉めていたらしい。一番扉寄りで活動している男バスを見ながらそう思う。
男バスの向こうに女子バス、そのさらに向こうでバドミントン部が活動していた。僕は体育館の隅を歩きながらその様子を見回す。部活終了まで僅かということもあり、どの部活動も試合形式で練習していた。
「なんか、迫力あるね」
「そうだな」
男バスを見ながら、堀本翔輝が空気に呑まれたように声を漏らす。
迫力があるように見えるのは、普段身近にいる人間が見たこともない顔つきで部活に没頭しているからである。それは言うなれば、僕らとは別の次元にいるような感覚だ。コートを象るこの白線が、その世界への入り口となっているのだろう。
コート内に目をやれば、真っ先に目に入る隣の席の住人。ボールを両手で持って腰を落とす挙動は、周りを怯ませるには十分過ぎるほどの圧迫感があった。あっさりと目の前の相手を抜き去ると、背の高いセンターへ接近する前にストップ&ジャンプ。どんな体幹をしていたらそんな鮮やかにシュートが打てるのかと思いたくなるような一連の流れだった。
それと同時に、体育館に大きなホイッスル音が鳴り響く。どうやら部活動は終了時間を迎えたようだ。
バド部はネットを片付け始め、バスケ部は輪になって柔軟を始める。そろそろ声を掛けられそうだと思っていると、
「ユッキー? 珍しいねこんなところで」
僕を視界に捉えていたのか、周りに散らばるボールを回収していた神代晴華が声を掛けてきた。上着は体操服ではなく、黄色の生地に白で英字がプリントされたTシャツを身につけていた。よく見ると、バスケ組は体操服でない人間の方が多かった。
「おう、お前にお客さんだ」
「お客さんというか堀本君だよね、どうかしたの?」
ああコイツ、1年以上一緒に居てニックネームつけてもらってないのか……
何だか哀しくなってきたが、自分のスタートラインを知るにはもってこいの名字呼びである。
「バスケ教えて欲しいんだとさ、お前募集してたんだろ?」
「えっ、ホント!?」
そう言うと、神代晴華は目をキラキラさせて堀本翔輝を見つめた。
「よかったぁ、あんな大きなこと言っといて誰も来なかったらどうしようかと思ったんだよぉ。堀本君ありがとう!」
「いいいいいいやいやいやいや、バスケがしゅきだからああああ」
急だったこともあり、今日は誰からも声がかからず少し落ち込んでいる様子の神代晴華だったが、その反動で堀本翔輝の手を握って思い切り上下に振ってしまう。
それによりエセイケメンはあっさり顔を真っ赤にして屈服してしまった。口が回らなさすぎて何言ってるか分からないし。もう少し根性見せろよ、廊下の男前発言はどこへいったんだ。
「じゃあ早速練習しよ? 教わりたいことある?」
「神代さんにお任せします!」
「オッケー、じゃあ簡単にパスの練習してからレイアップしようか」
「は、はい!」
だがしかし、堀本翔輝は飼い犬のように尻尾を振りながら神代晴華の後についていく。こりゃアレだ、友達として仲は深めてもそれ以上は発展しないやつだ。だって扱いがペットだもん、そりゃ恋人扱いはされないだろ。というか女子バスまだ柔軟してるんだがそんなに勝手してていいのかあいつら。
「残念だけどユッキーには教えてあげないから! 昨日の友は今日の敵、ライバルに塩は送らないよ!」
「それ逆だけどな」
「あっでも堀本君連れてきてくれてありがとう! そこは感謝でーす!」
「うっさいさっさといけ」
ビシッと決めポーズをして言葉を盛大に間違える神代晴華。はあ、球技大会はサボるから出ないって昼休みに言ったばかりなのだが、他クラスとしてそれなりに警戒しているようだ。僕ならむしろ一緒に練習してそいつの実力を測る方に注力するが、神代晴華はとことん王道に前へ進むらしい。
よし、びっくりするほどスムーズに僕のおつかいは終了した。このまま一緒に仲良くスポーツでもやれば多少は仲も深まるだろうよ。後は勝手にやってくれ、僕は帰る。
そう思いながら体育館を立ち去ろうとしたときだった。
「ちょっとあんた、こんなところで何してんの?」
最近よく聞いた女の声が、後方から僕を引き留めていた。




