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モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい  作者: 梨本 和広
6章上 学園祭と決断

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32話 いつかのお礼

「さあ、召し上がってください」


いつもゲームをするリビングに通され、ソファに座る。ゲームをする時は横一列になっているソファは今日は向かい合っており、正面には笑顔の眩しい青八木マダムと不機嫌そうな青八木末っ子が並んでいた。


「梅雨さん、そんなムスッとしていたら顔が直らなくなりますよ?」

「そんな形状記憶させるつもりないよ!」


今や慣れてきた親子トークに耳を傾けながらも、目の前に置かれた紅茶に手を伸ばす。


成る程、どこか清涼感を覚える香り。僕ほどの紅茶マイスターであればすでに茶葉を理解したが、味を嗜んでこそ礼儀というものだろう。


「どうですかお味は?」

「ふっ、この独特な渋み、口に含んだ瞬間広がるバラの香り、間違いなく世界三大紅茶の一つであるダージリンの味わいですね」

「全然違います。こちらはウバの葉を使った紅茶です」

「…………」

「ま、まあウバも世界三大紅茶の一つなのでそこまで外れてるわけでは」

「はいはいウバユリですよね、花言葉は『威厳・純真・無垢』、まさにお母さまを表す言葉かと」

「あらあらお上手ですね、ウバ茶とは全然関係ありませんが」

「……うばば」


素敵な笑顔で辛口攻撃を仕掛けてくる母上殿。いや、紅茶の種類とかダージリンしか知らないんすよ。ニワカ発言は良くなかったけど、そこまで思い切りぶっ叩かなくても。


「雪矢さん、なんでお母さんの土俵で攻めたんですか?」


梅雨の指摘が尤もすぎて返す言葉もない。秋は紅茶ソムリエできる男がいとをかしって清少納言が言ってた気がするが、僕のレベルが圧倒的に足りていなかった。


「廣瀬雪矢さんが奇天烈な方というのは聞いてはいたのですが、肌で感じられて良かったです」


うん? 聞いていたってどういうことかな? 僕を奇天烈だと紹介する愚か者がいたってことかな、目の前のお嬢さんの瞳が泳いでいるけど後でいろいろ聞かせてね?


「しかしフルネームでお呼びするのは疲れますね、私も雪矢さんとお呼びしてもいいですか?」


青八木末っ子にどう説教してやろうか考えていると、いつの間にか僕の呼び方についての話に代わっていた。


「まあ好きに呼んでもらって」

「ダメに決まってるでしょ!」


どう呼ばれるかなんて拘りはなかったので軽く返答をしようとしたが、梅雨が僕の声を掻き消しながら反論した。


「わたしと被ってるからダメ! お母さんはポッと出なんだから大人しく廣瀬さんとかお兄ちゃんのお友達とかにして!」


いや、お前も会ったその日に『雪矢さん』って呼んでたけどな。


「梅雨さんには聞いてませんよ、私は廣瀬雪矢さんと話してますから」

「お母さんに頼まれたらみんな了承するからわたしがストッパーになるの! お母さんは『雪矢さん』禁止!」

「もう、ワガママな娘ですね。貴女をお腹痛めて産んだのは誰だと思ってるんですか?」

「お母さんだけどわたしもその内経験するからその指摘は無効!」

「成る程、では梅雨さんの子どもが見られる日を信じて『廣瀬さん』を使わせてもらいます」

「女に二言はないよ」


どうやら折り合いがついたようだが、ものすごくスケールの大きな話をしていた気がする。僕の呼び方一つで梅雨の子どもまで話が波及してたんだが、僕一言も喋ってないぞ?


「それでは廣瀬さん」


呼び方が定まったようで、コホンと喉を鳴らす青八木母上殿。表情は相変わらず笑顔だが、先程より柔らかくなっていた。



「改めまして、梅雨さんの進路の件、ご尽力いただいたようでありがとうございました」



そう言って丁寧に頭を下げられ、僕はいくらか狼狽した。梅雨も不意を突かれたように目を丸くしている。


「梅雨さんが主人と大喧嘩したのはアレが初めてで、正直かなり戸惑ってしまってました。大雨の中何も持たずに出て行くし気が気ではなかったのですが、雨竜さんから貴方のことを伝えられ、とても安心させられました。その後の主人との話し合いも穏便に進みましたが、それも廣瀬さんのご助力があったと聞いてます。何から何まで梅雨さんを支えていただいて、本当に感謝しています」


隣にいる梅雨の頭を優しく撫でる母上殿の姿は、先程までの軽快なやり取りとは別で、とても慈愛に溢れていると感じた。梅雨も、心なしか目が潤んでいるように見える。


成る程、僕に会いたかった理由はこれだったんだ。梅雨の母親として、僕に礼を述べたかったと。娘とのやり取りがぶっ飛んでいて気を抜いていたが、さすがは青八木チルドレンを育んできた方、礼節もばっちり押さえているようだ。


「解決したのは梅雨さんが頑張ったからです。僕の力なんて微々たるものなので」


謙遜ではない。確かに僕はアドバイスはしたが、形にして実践したのは梅雨である。彼女が自分の考えを言葉にして落とし込んだ結果成功したのだから、それはもう彼女の成果と言っていいだろう。


しかしながら、母上殿はあまり納得していないようで、軽く息を吐いた。


「廣瀬さん、確かに主人を説得したのは梅雨さんですが、あの大喧嘩の後の数日でメンタル回復ができるほどできた子ではありません。廣瀬さんが与えてくれた『自信』という活力があったからこそ、梅雨さんは成功できたんです。目に見えない分かりづらいものですが、それは間違いなく貴方の成果です」

「そうですよ! 雪矢さんが居なくても成功できたなんて口が裂けても言えませんから、自信を持ってください」


ネガティブな発言に聞こえたのだろうか、母上殿も梅雨も僕を慰めるように言葉を紡いでくれる。


青八木家の皆さん、温かいな。見た目も良くて頭も良くて運動までできるのに性格まで良かったら全く付け入る隙がないんですが。天は四物くらい与えることもあるのだと、僕含む一般人たちは納得するしかないようだ。


「心配しなくても、僕は自信が服を着て歩いているような人間ですから。梅雨さんへの貢献も理解しているつもりです」


お二方を安心させるようにオーバーな表現をする僕。実際得意分野であれば堂々たる振る舞いを披露しているだろうし、気遣っていただく必要はないのだ。


「確かに、茶葉を堂々と間違えた後に全く関わりのないところからリカバリーしようとする面の厚さは見習いたいですね」


お母さま? もしかして僕のこと嫌いかな?

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