31話 親子漫才
「履物脱いだらリビングに来てください、今からお紅茶淹れますので。あっ、お紅茶大丈夫ですか?」
「大丈夫です。というかお構いなく!」
「いえいえ、お構いするためにいるので遠慮なさらないでくださいね〜」
そう言って楽しげな笑みを浮かべると、青八木母上殿はリビングの方へと向かっていった。
「わ、わたしもお母さんのお手伝いしないと」
「お主は待ちんさい」
逃げるように母上殿の後を着いていこうとした梅雨の腕をしっかり取る。このお嬢さんには説明してもらわないといけないことが沢山ある。
「何から訊けばいいか分からんがとりあえず1つ、何だこの状況は?」
僕の問いにピクリと身体を震わす梅雨。青八木耐性のある僕だからこそ冷静でいられるが、そこら辺の一般人なら頭に疑問符が浮かびまくってショートしていることだろう。
「……怒りません?」
「多分な、お前も被害者っぽい空気が出てるし」
昨日の様子がおかしかったのは緊張しているというわけではなく、今日のことを分かっていたからだろう。納得のいく弁明を受けられるのであれば怒るようなことはしない。むしろ慰める展開がありそうだ。
「……そうなんです、わたしは被害者なんです」
そう言って、梅雨は事の成り行きを話し始めた。
「昨日わたしは、とてもワクワクしながら今日の準備をしていました。雪矢さんとの初デート、その響きの美しさは言うまでもなく最上級です」
ちょっと同意し難い誇張された表現が入っていたが、要は楽しく準備をしてましたってだけだ。まあ話し方は任せるんだが。
「ですがすぐさま、暗雲が立ち込めたのです。その準備をお母さんに見られてしまったんです」
梅雨は深刻そうに言葉を紡ぐが、正直僕にはピンと来なかった。
僕だってデートすることは父さんに知られてるし、何なら服装は父さん監修である。そこに暗雲が立ち込める要素はないはずだが。
「別に隠すことではなかったので今日のことを話したんですが、そしたらお母さん、雪矢さんに会いたいから私も行くって言ったんですよ!?」
「お、おお」
急にヒートアップした梅雨のテンションについていけず言葉が詰まる。
成る程、思った以上にぶっ飛んだ展開になってるな。
「そんなの良いわけないじゃないですか、雪矢さんとの初デートなのに! だから嫌ってはっきり言ったんです、またの機会にしてって!」
「そしたら?」
「高校受験でお父さんに口添えしたこと持ち出して、うっかりお父さんに余計なことを言いそうだって言ってきて」
「大人気ねえ……」
氷雨さんは母上殿をあらあらうふふで済ますタイプと言っていたが、マイペースに娘のプライベートに踏み込んでらっしゃるのか。
それだけ僕に会いたかったのだと思えば悪い気はしないが、目の前で沈み切っている梅雨を見たらそんな事は口が裂けても言えないな。
「そこからわたしに抗う術はなく、とはいえ今日をデートとして扱われるのも嫌だったので、泣く泣く雪矢さんには家に来てもらうようにさせていただきまして」
とりあえず、どうして青八木母上殿と会うことになったのかは理解できた。状況が状況だ、デートプランは没になったがそれも致し方なしと受け入れよう。
ただ、それはそれとして言いたいことはある。
「だったら最初からそう言えばいいだろ」
梅雨が変に隠すから、あからさまに母上殿への対応が疎かになってしまった。備えあれば憂いなし、事前に情報があるだけでもっとスマートに挨拶ができたんだが。多分。おそらく。
「最初に言ったら絶対雪矢さん面倒くさがって来ないじゃないですか!」
「……確かに!」
「確かにじゃないですよ!」
梅雨に指摘され、思いの外納得した。
『お母さんが雪矢さんと会いたいって言ってるからデート中止にして家来れませんか?』なんて言われた日にはあんた、急な腹痛に見舞われて誠に残念ながら申し出を断らざるを得なかっただろう。しょうがないよね、腹痛だもんね。
「別にデートじゃなくても雪矢さんとは会いたいんですから来てくれないのは困ります。だからこういう作戦になってしまいました! いいですかこれで!?」
「開き直ったな」
「開き直らなきゃやってられないです、せっかくのデートだったのに」
可愛いリアクションだった。いずれにせよ、親子共々僕に会いたいと思ってくれているのは喜ばしいことだ。当人はめちゃくちゃ膨れっ面ではあるが。
「それに、お母さんが何を言い出すか分かりませんし」
そして梅雨は、今後のやり取りにも憂いがあるらしい。
「お母さん、普段は人畜無害でニコニコしてるのに、わたしたち子どもを揶揄う時は全身全霊でニコニコなんです」
「つまりいつもニコニコしていると?」
「そこはどうでもいいんです!」
えっ、貴女が言い出したことなのに?
「スイッチの入ったお母さんはお姉ちゃんですらたじろぐ隙のなさなので、今の段階で戦々恐々してしまっているといいますか」
梅雨は両腕を擦りながら辟易した様子を見せる。
彼女には気の毒だが、母上殿からすれば娘や息子が可愛くてしょうがないのだろう。仲が良さそうで何よりである。
「梅雨さん、その言われようは聞き捨てならないんですが」
どこから聞いていたのか、両手を腹の前で重ねあくまで笑顔を絶やさない母上殿がひっそりと登場した。
「お母さんはただ梅雨さんたちとの会話を楽しんでるだけです、揶揄うだなんて心外です」
「お母さんが一方的に楽しんでるだけだから! キャッチボールじゃなくてドッジボールだから!」
「うふふ梅雨さんったら、お母さんとキャッチボールなんてしたことないじゃないですか」
「モノの例えだから! お母さんが傍若無人だって言いたいの!」
「そんな、梅雨さんがそんな乱暴な言葉を。小さい頃はお母さんお母さんって懐いていたのに今はこんな不良になって。お母さんは悲しいです、よよよ」
「いや、別にお母さんのことが嫌いってわけじゃ」
「まあ梅雨さんは置いといて。廣瀬雪矢さん、お紅茶淹れたのでリビングへどうぞ」
「見ました雪矢さん!? あの嘘泣きこそお母さんの本性です!」
「梅雨さんは受験生ですからお部屋でお勉強していた方が良いのでは?」
「お母さんと2人きりにするわけないでしょ!」
うん、親友のやり取りかな?




