27話 意外な好み
「どこに向かってるの?」
「あれだ」
朱里に訊かれたので、目の先にある数字の書かれた細長い建物を指差した。
「えっ?」
予想外だったのか、朱里は驚いたような声を漏らした。
「あそこって時間潰せるようなところあったっけ? 私なら洋服とかいろいろ見回れると思うけど」
「それに付き合うのも悪くないが、プレゼントしてやる資金がないな」
「いやいや! そこまでしてもらうのはさすがに悪いよ! 廣瀬君が嫌じゃないなら見るだけで全然良いというか」
「まあ落ち着け、時間が余ればそれも良いが、一応目的地はあるんだ」
「そうなの?」
朱里は未だピンと来ていないようだったが、構わず建物の中に入っていく。
女性モノのアパレルショップが並ぶ1階を抜け、エスカレーターで地下へと降りていくと、すぐに目的地へ到着した。
女性の顔や全身を映した布地に囲まれた大きな箱のような機械、それが何台も並ぶコーナーに僕らは来ていた。
「これってプリクラ?」
「そうだ、出雲から好きだと聞いてたからな」
そう、僕は地下にあるプリクラコーナーへと足を運んでいた。ゲームセンターに併設されているのは見たことがあったが、プリクラ単体でコーナーになっているのは先週初めて見たのである。
あの箱の中で写真を撮って落書きをして終えるというシンプルなものらしいが、若い女子たちの間でずっと人気を博しているようで、今も沢山の人で賑わっている。
「えっと、私は嬉しいんだけど、廣瀬君はいいの? ここ、居づらくない?」
朱里がそう言いたくなるのも無理はない。カップルで撮ることもあるらしいが、今目に映るのは女子の群れ。1人ならまず近寄ることのない場所だ。
「気にするな、朱里が好きなものを僕も体験してみたいしな」
「廣瀬君……」
とはいえこれはデート、お互いに歩み寄るから素晴らしいものへと変わっていくのであろう。それに朱里の好きなものを体験したいというのは嘘ではない、実際あそこまで人気な理由を知ってみたいし。
「ありがとう、すごく嬉しい」
「それなら何より、早速並ぶか」
「うん!」
笑顔の朱里と1番空いてそうな筐体に並ぶ。
「どうして朱里はプリクラが好きなんだ?」
順番が来るまで手持ち無沙汰だったので、質問してみた。
正直言うと、朱里がプリクラを好きというのは意外だった。偏見だが、晴華や真宵のような女子が好むもので、朱里には縁遠いものだと思っていたのだ。
「そんな複雑な理由はないよ、普通に楽しいからかな」
「楽しい?」
「うん。初めて行ったのは去年の夏くらいに出雲ちゃんとだったんだけど、お互い入ったことなかったからお試し感覚でやってみたんだ。そしたら思いの外楽しいというか笑っちゃうというか、それが手元に残るのも含めて満足度が高かったんだよね」
「へえ」
楽しげに語る朱里を見て、本当に良い思い出だったのだと僕も感じた。確かに外に漏れるくらい元気な声が聞こえてくるし、性別なんて関係なく楽しめるのかもしれない。
「おっ、空いたな」
「うん、行きましょう!」
筐体に100円玉を5枚入れてから、お絵描き側のエリアに入る。人数を選択した後、最初に『盛り具合』の設定を選べるらしく、ざっくり言うなら大中小で分かれていたが、朱里がオススメとされていた『中』を選択した。
「今更だが、盛り具合って何だ?」
「撮った写真見れば分かるよ」
具体的なことは言わずにぼかす朱里。楽しそうにしているから悪いことではないのだろう、あまり気にせず今度は写真ブースへ移動する。
ブースの中はそれなりに広く、5から6人くらいは入れそうなスペースがあった。
最初に背景の照明の色を選ぶところに来たが、朱里は迷わず白色を選択する。何が良いかなんてよく分からないため、基本は彼女に任せるだけである。
『それじゃあ、画面と同じポーズを取ってね』
唐突にそんなことを言われ、8分割された画面に目を向ける。そこには、シンプルにピースしたポーズ、口元に両手を持ってくるぶりっ子のようなポーズ、両手を軽く広げて驚いたようなポーズなど指定がされていた。
さらに油断をしたのは、最初の4回の写真は正面のカメラではなく、上方から俯瞰で撮るものだったらしく、構えるまで時間がほとんどなかった。
その上僕と朱里の距離が離れすぎていたのか、モニターに映る朱里の姿が見切れている。ポーズ以前の問題である。
「ちょいちょい!」
「わわ!」
気の利いた言葉を言えず、急いで朱里の肩を抱き寄せる。突然の行動に彼女は目をぱちくりさせていたが、僕の「上!」という指示でギリギリ1枚目の撮影に間に合うことができた。ポーズも何もあったものじゃないが。
「ひひ、廣瀬く」
「距離は我慢しろ! 後7枚だ!」
暴走しそうな朱里を諌めながら、指定されたポーズで撮影していく僕と朱里。ポーズ含めて映ろうとすると、ほとんどくっつかないと映らない。世の男女を物理的にくっつかせる機械、プリクラとはかくも恐ろしいものだったとは。
最初は照れからか上手くポーズができていなかった朱里だったが、後半は開き直ってしっかりポーズを決めていた。顔の向きや表情にも指定があって、後で見返す面白さはあると自分なりに感じた。
強制くっつきターンを終え、僕と朱里は再度お絵描き側エリアに入る。
お絵描きする写真を先程撮った8枚から4枚選ぶらしいのだが、映し出されたものを見て僕は驚愕した。
「なんだこの顔!?」
「あはは!」
僕と朱里がポーズを取った写真が並んでいたが、ギリギリ僕らと分かる範囲で顔がいじられまくっていた。目が大きく肌は白くなっており、おそらく輪郭も微妙に細くなっている気がする。これがいわゆる『盛り』というやつなのだろうか、可愛いというか作品みたいになってないか。
プリクラの洗練を見事に受けながらも、写真を4枚選択して落書きモードに入る。2人で同じ写真をいじくるのではなく、それぞれ選んだ写真をそれぞれで落書きするようだ。
基本モードはペンなのだが、色調やエフェクト、スタンプやなりきりなどの項目があり、僕はスタンプとなりきりでゴリ押すことにした。
スタンプはハートや星みたいなマークもあれば、なかよしやナイスショットなどの言葉もある。最後にばっちりポーズを決めた写真にはナイスショットを3箇所貼り付けた。
ネコのようなポーズをさせられた写真にはなりきりからネコミミとヒゲの組み合わせを使用、配置が固定なのでイマイチ場所が合ってないが、練っている時間はない。首からヒゲが生えてても良いだろう。
要領を覚えてきた僕は、驚いたポーズの色調を白黒にし、星を浮かべ、ペンツールで『UFOそうぐう』と大きく書いた。途中で『何をしてるんだろう僕は』という気持ちになったが、こういうのは冷静になったら負けである。
最後はどこか芸術家にでもなったような気分で落書きプリクラという作品を完成させたのであった。
「廣瀬君、思ったより少なめだね」
「何!?」
朱里の挑発に踊らされ、彼女の作品に目を向けたが、2人の顔以外が文字やら絵やらで埋め尽くされていた。
「えっ、これが正解なの?」
「正解なんてないよ、プリクラだよ?」
自信満々に仰る朱里さんだが、んなもん知らんがなとガッツリ突っ込ませてくれ。




