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モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい  作者: 梨本 和広
6章上 学園祭と決断

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26話 温もり

「そうだな、繋いでみるか」

「えっ、ええええ!?」


僕が頷くと、朱里はとても信じられないといったように奇声を上げた。


「い、いいの? 手を繋ぐんだよ? 恋人同士でやる特別なことなんだよ?」

「そうとは限らないだろ、親子でも友達同士でもやる奴はやる」

「そ、そうかもしれないけど」


提案したのは朱里なのに、こちらが戸惑うほど乗り気じゃない。


「なんだ、繋ぐ気がないなら別にいいが」

「そうじゃなくて! 廣瀬君、友達とか恋人とかそういう線引きをしっかりしてるイメージがあるから、いいって言ってくれたことをどう捉えたらいいのかなって」

「成る程……」


朱里からすれば恋人同士で行うことを僕が了承したからどういう意図か知りたいといった感じか。そうなると朱里はダメ元でお願いしたということになるのか、本当に今日は攻めてきているな。


僕が手繋ぎを良いと思ったのは、ちょうど晴華の件で考えさせられていたからだ。


彼女のアプローチを全て正面から受けているわけにはいかない。友達として許せる範囲を前提に考えた時、手を繋ぐのはその中に入ると僕が思ったのだ。


まあ露骨なボディタッチを省いたら偶然残ったと言えなくもないが、少なくとも僕視点では恋人でないとしてはいけないという枠には入らない。


それに、今回に関してはそんな消去法的な考えだけではない。


「勿論、恋人として繋ごうって思ったわけじゃない」

「う、うん」

「でも、繋いでみて何か変わるならそれもいいって思えるくらいには前向きな気持ちだ」


恋愛感情がどこで目覚めるか分からない。それなら、やれることはやってみたいというのが僕の本心だ。


少なくとも朱里には望まれる行動なんだ、男の僕が日和りたくはない。


「そ、そういうことなら……」


僕の意見で納得してくれたのか、朱里は恥ずかしそうに左手で口元を隠しながら、再度右手を僕の方へ向ける。


ここまで緊張されると僕も慎重に行動せざるを得なくなる。雨竜ならばもっとスマートに行動できるのだろうか、できちゃうだろうなあいつなら。


脳内に登場してくるニヤニヤ雨竜を吹き飛ばしてから朱里の右手に目を向ける。落ち着け僕、ただ手を繋いで歩き回るだけだ。相手と一緒に緊張してたらしょうがないだろ、男らしく僕がリードしてやらねば。


「……ん?」


覚悟を決めたところで朱里の手の甲に僕の手を添えると、彼女の手のひらが少し黒ずんでいることに気付いた。


なんだろう、マジックか何かで書かれたような、文字のように見えるそれを遠目ながら理解する。



『ダメ!』



「……?」


否定的な一言が添えられており、面食らってしまう僕。何これ、手を繋ごうとしたら右手に否定されるドッキリ? こんな体験初めてでどう処理をすればいいか分からないんだが。


「どうしたの廣瀬君?」

「いや、お前の手こそどうしたんだ?」

「えっーーーーーーわあああ! これは違うんです!」


僕の戸惑いを理解したのか、先程とは別の意味で顔を赤らめる朱里。


「これはその、自分への戒めと言いますか、その場に踏み留まれるよう決意を込めたと言いますか!」


そう言いながら、朱里は左の手のひらも僕に見えるよう開いた。


そこには、『逃亡』の2文字が書かれていた。両手合わせて、『逃亡ダメ!』


これはかつて雨竜とデートした際に開始早々逃げてしまったことに対しての対策なのだろう、手を見れば思い出せるしすんでのところで踏み留まれるかもしれない。


ただ、なんというか。


「手を繋ぎたいのにそれを手に書くのはどうなんだ?」

「うう……!」


彼女の意志は素晴らしいが、手を繋いでマジックの汚れが僕の手に移るかもしれないことは完全に頭から抜けていたらしい。噴火しそうなほど顔を紅潮させる朱里を見たらそれは明らかだった。


僕はなんだかホッとする。押せ押せ気味の彼女に呆気を取られていたが、こうして抜けているところを見るとやっぱり朱里なんだと安心した。


「ごめんなさい、初っ端からダメダメで」

「そんなことないぞ、面白いから全然アリだ」

「フォローになってないよ……!」


どうやら面白いでは彼女の気落ちは治せないらしい。僕としては高い評価なのだが、そこを理解する余裕はなさそうだ。


まあいいか、こういう時は本題に戻ればいい。


「それじゃあ手を繋ぐか」


僕は半ば強引に自分の左手で朱里の右手を握った。


「えっ、ええ!?」

「何の驚きだよ、さっき繋ぐって言っただろ」

「だ、だって、手が汚れちゃうし!」

「そしたら洗えばいいだろ、マジックの汚れくらいいちいち気にするな」


さっさと手を繋いだのは正解だった、じゃなきゃ手が汚れる汚れないの問答でさらに時間を食っていただろう。


「まあ朱里が繋ぎたくないなら放してもいいが」

「……そういう言い方は意地悪だよ」

「放したいのか?」

「放さない!」


朱里は少し頬を膨らませて繋いでに力を込める。僕の挑発的な言い方に発破をかけられたのか、どうやら彼女も覚悟を決めたらしい。


「じゃあ行くか、とりあえず僕が決めたように歩いていいか?」

「……うん」


2人の影が重なりながら、渋谷の街を歩き始める。繋がった手が弾むように前後に揺れる。


手を繋ぐと、ただ隣で歩くより歩調や移動に気を遣うようになる。その不都合さが、いくつもの心配りを生み出すからこそ、特別な相手と行うものなのだと思った。


今の段階では、この手の温もりをそこまで特別には感じられないけど。



「……へへ」



隣を歩く朱里が嬉しそうにしていたから、今はそれでいいと思った。

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