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モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい  作者: 梨本 和広
1章 桐田朱里と蘭童殿

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37話 保健室の精

名取真宵と別れてすぐ、僕はとある場所へと足を進めていた。

机の中に入っていた紙を見て、目的地を再度確認する。


(放課後)(保健室)(月影)


特に捻りのない分かりやすい暗号、この紙自体に大した意味などないのであろう。

相変わらず何を考えているかよく分からないと思いながら保健室の扉を開けると、正面の椅子に僕を呼びつけた女子が姿勢良く座っていた。


「雪矢君、こんにちは」


長く透き通るような黒髪の彼女は、優しく微笑みながら僕を見た。大衆的な魅力を伝播させる神代晴華と違い、どこか儚げで神秘的な雰囲気を醸し出している。


月影美晴、2年Dクラスの生徒である。


「こんにちはじゃねえよ、なんだこの紙」


月影美晴が書いたであろう紙をひらひらさせながら言うと、彼女は口元を緩めて目を細めた。


「面白かったでしょう?」

「こんな単純な暗号が面白いわけないだろ、精進しろ」

「そっか、見る角度を変えると三日月が満月に見えるんだけどな」

「マジ!?」


月影美晴の情報を受けて、その小さな紙にあらゆる角度から目を通す僕。しかしながら、未だ満月を発見できていない。これはなかなか熱いミッションだ、やりがいがある。


「まあ嘘なんだけどね」

「おい!」


反射的に紙を床へ叩きつけてしまう。だが紙が軽いため、空気の抵抗で思うように落下しなかったのが非常にモヤッとした。この女、満面の笑みで僕の純情を弄びやがったな。


「あはは、面白いね」

「お前だけな!」

「しょうがないよ、ちょっと意地悪したくなる理由がいっぱいあったし」

「馬鹿な、僕ほど清廉潔白な人間に意地悪していいわけないだろ」

「図に乗ってるね、さすが雪矢君」

「褒めてねえだろそれ」


相変わらず、微笑みながら容赦のない奴だな。笑っていれば何でも許されると思ってるな、愚かな男どもは籠絡できても僕はそうはいかんぞ。


「だって雪矢君、桐田さんの恋愛相談乗ってたでしょう?」

「もう終わったけど、なんで知ってるんだ?」

「あんなに堂々と教室で説教宣言されたら分かるよ、桐田さんすごく困ってたし」


そうか、月影美晴と桐田朱里は同じクラスなのか。それならば僕がDクラスへ行った際に恋愛相談の件がバレていてもおかしくはないが。


「ひどいよ雪矢君、私という者が居ながら他の女の子の相談に乗るなんて」

「お前が全然進展しないからだろ、寛大な僕もさすがに愛想尽かすわ」

「えー、そんなことないよ」


そう言って月影美晴は、自分の偉業を数えるように指を一本一本上げていく。


「まずは名前呼び。雨竜君のことを名前で呼んでる人って女の子にはなかなかいないでしょう?」

「神代晴華みたいな奴もいるだろ」

「晴華ちゃんと比べるのはなあ、ウルルンって意味分からないし」


神代晴華よ、お前のニックネームが穏やかな笑顔でぶった切られたぞ。評価してるのこの世に僕しかいないんじゃないかこれ。


「あと連絡先も知ってるし、まったくやり取りしないけど」

「知ってる意味がないな」

「雪矢君がスマホ持ってたらな、グループラインできたのに」

「いや、別に僕が居なくても2人でやり取りすればいいんだが」

「あはは、ないない」


僕の発言が間違ってると言わんばかりに右手を左右に振る月影美晴。この時点で、以前の会合で行った説教が効いていないことは理解できた。


「お昼も何度か一緒に食べたよ」

「5回な、ちゃんと覚えとけ」

「そっか5回だ、知ってる知ってる」

「ちなみに、ホントに5回で合ってるか?」

「合ってると思うけど、どうかした?」

「いや、僕が同伴した回数通りだと思って」

「そりゃそうだよ、2人でご飯食べたことないし」

「…………」

「……ん?」

「……続けてくれ」


頭を抱えたくなる現実から一旦目を逸らして月影美晴に続きを促す。彼女のこれまでの頑張りを讃える時間のはずなのに、まったく褒める気が起こらない。本人に自覚がなさそうなのが余計に腹立つ。


「そういえば一緒にお出かけしたよ、これは他の女の子よりリードしてるよね?」

「そうだな、お昼に入ったカフェがオシャレだったな」

「そうそう、パスタが美味しかったよね」

「月影さんや、そろそろおかしい点に気付きませんかね?」

「おかしい点? ああ、あのとき雪矢君パスタ喉に詰まらせてたね、傑作だったなぁ」

「そこじゃないだろ! てかそんなことあったっけ!?」


我慢の限界だった。あまりに自信満々に語るものだから僕の知らないところで進んでいるのかと思いきや、ご覧の有様である。


「お昼もお出かけも、僕同伴の経験しかないじゃないか!? どうしてそれで一歩リードしたと思えるんだ!?」


確かに月影美晴は、雨竜と一緒に食事もしているし、デートだって行ったことがある。その情報だけを聞けば雨竜の恋人に最も近いのは彼女だと言えなくもない。


だが現実は、全てにおいて僕が同伴しているという奇妙な光景でお送りしている。昼食に至っては神代晴華や御園出雲が合流し、ただの集まりになったこともある。雨竜が保護者同伴がなければと揶揄する気持ちは大変よく分かる。これでは友達になれても恋人にはなれないだろう。


だからこその喝である。僕を呼びつけて恋に発展させたいと願う以上、僕は月影美晴を導いてやらなければならない。


「こんなことでは他の女子に遅れを取るぞ!? 世は恋愛戦国時代、雨竜という天下に恋人が居ない以上、いろんなピラニアが群がってくるからな!?」


僕は心を鬼にして月影美晴に言い聞かせる。ぽかーんとしている彼女に僕の言葉が届いているか甚だ疑問だが言わなければ伝わらない。


どうだ月影美晴よ、師の熱い言葉は身に染みたか!?



「雪矢君どーどー、保健室では静かにね?」



ああああああああああああああああああああああああああああああああ伝わらなあああああああああああああい!!!

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