23話 夜のブランコ
「ユッキーと帰るの久々だなぁ、ホーリーたちとお茶して以来かな?」
放課後、生徒会活動を手伝ってから、晴華と待ち合わせて一緒に帰っている。
夕暮れも過ぎ、辺りは照明に頼らないと暗くなる明るさだが、晴華の楽しげな表情は容易に感じ取れた。
「時間も遅いし喫茶店なんかは寄れないぞ?」
「分かってるって。でも公園には付き合ってほしいかな」
晴華が言ってる公園とは、体育祭の種目だった二人三脚を練習する際に訪れた場所だろう。今泉先輩とのデートに失敗した時も足を運んだし、僕にとっても馴染みのある公園だ。
「まあそれくらいなら」
「やった! 一緒にブランコ乗ろうよ!」
「一緒に? 並んで乗るってことか?」
「ちーがーう、一緒に乗るの!」
晴華の言ってる意味がよく分からなかったが、行けば分かるだろうと深くは考えなかった。
デート、晴華を家まで送るという簡単なものだが、ただの下校ではない。お互いデートだと思っているのだからデート、定義なんてそんなものだと思う。
「今朝の話、サラッと流しちゃった部分があったんだけどさ」
歩きながら、朝の話を振り返る晴華。
「何のことだ?」
「女子たちと交流を重ねるって言ってたけど、梅雨ちゃん以外にユッキーを好いてる子がいるんだね?」
隠していたわけではなかったが、言葉尻からしっかり読み取ったらしい。確かに、晴華視点だとライバルは梅雨しかいないからな。
「詳しくは何も言えないぞ?」
「大丈夫、やっぱりユッキーはモテるんだなって再認識しただけ!」
「僕、モテてるか?」
「ひどーい! あたしや梅雨ちゃんの心を奪っておきながら!」
「2人だろ、モテてるって言わなくないか?」
「あたしの知らない女の子たち合わせたら3人か4人でしょ、充分モテモテだと思うけど」
晴華からはそう言われるが、青八木雨竜やそれこそ彼女を見ていると、自分がモテモテという認識はない。母数の違いは大きいと思う。
「というかユッキー、もっといろんな子に好かれてると思うよ?」
「いやいや、全然身に覚えがないんだが」
「そりゃあたしがあれだけアピールしてたら声はかけづらいでしょ?」
「成る程、横槍を入れづらいというやつか」
「それを狙ってたわけじゃないけどね、あたしがしたいようにしてただけだから」
雨竜からお前はモテるみたいなことを言われた割に特別なイベントが起きた認識はなかったが、晴華の存在がブレーキになっている可能性があるのか。
だとしたら晴華に感謝しなくてはならない、今の僕にこれ以上女子たちとやり取りするキャパシティはない。まあそもそも僕がモテるという点が怪しいところではあるのだが。
「ユッキー、ブランコ行こ!」
「分かったから引っ張るな!」
しばらくして公園に着くと、晴華は僕の手を取ってブランコの方へ走り出す。1日の4分の3が経過したというのに本当に元気なやつだ。
「ユッキーは座ってね」
カバンをブランコの柵に引っ掛けてブランコに座る。ここからどう2人乗りをするのかと考えていると、
「よいしょ!」
後方から晴華の声が聞こえ、ブランコが大きく動き出す。晴華はブランコの両端の足を置き、立ち乗りをしているようだった。
「おい、危ないぞ!」
「大丈夫、あたし慣れてるから!」
「いや、それだけじゃなくて!」
後頭部から背中にかけて、晴華の脚とスカートの感触がする。ブランコに勢いがつけば、決して長くないスカートが暴れそうな気がするんだが。
「ショーツならユッキーから見えないって、まあ見えてもいいんだけどさ」
「女子が堂々とショーツとか言うな、っておお!?」
「スピード上げるよ!」
晴華は身体を折るようにしてブランコのスピードを上げていく。僕は地面に足をつけないよう意識的に浮かせていた。
僕の役割、随分と楽だがこれでいいんだろうか。
「あたしさ、中学過ぎてから男の子に生まれたかったって思うこと何度もあったんだよねー」
スピードが安定してくると、晴華が身の上を語り始める。
「運動で1番になれなくなったし、胸も邪魔だし、友人関係もギクシャクしてさ。自分が男の子だったらもっと楽しく過ごせたのかなって、沈んじゃうことがあって」
「……」
「高校生になってウルルンに会ってからはそんな簡単な話じゃないのは理解できたけど、そのウルルンには絶対勝てないって分からされたから、やっぱり男の子だったらなあって思うことはあった」
体育祭の時、晴華は雨竜に勝ちたがっていた。性差による身体能力の差はあれど、勝てる方法を模索していた。
しかしながら、本当は男女混合に頼らなければいけない状況に辟易していたのだろう。男子になれたらというのがその思いを如実に表していた。
「でもね、今は女の子に生まれて良かったって思ってるんだ」
上から聞こえてくる声に、嘘偽りの色合いは感じなかった。
「ユッキーに恋してる今がすっごく楽しくて、ユッキーのこと考えてる時間はあっという間に過ぎちゃうし、一緒に過ごしてる時間は何より幸せ。ユッキーがいたから、自分は女の子で良かったんだって思えたんだよ」
照れ臭いながらも、とても光栄なことだと思えた。
自分の性別に悩んでいた女の子が恋をすることで問題を解消していく。物語のような美しい流れに自分が貢献できていたかと思うと、僕だって悪い気はしない。自分の好きなように動いていただけという罪悪感のようなものはあるのだが。
「だからねユッキー、お願いがあるんだ」
今度は少しだけ切なげな声だった。辺りの暗さやブランコの錆びた金属音も相まって余計にそう感じた。
「仮にね、ユッキーに好きな人ができてお付き合いしても、あたしの想いが消えるまでは、ユッキーを好きなままでいいかな?」
それが、このデートで晴華が1番伝えたかったことなんだと分かった。
「ユッキーを諦めたわけじゃないよ!? ユッキーが誰かとお付き合いしても諦めるつもりはないの! でも、ユッキーの邪魔をしたいわけじゃないからさ、自分の初恋に区切りをつける必要もあるのかなって。そういうこと考えてたら頭がぐちゃぐちゃになって大変だったんだけど、1つだけ確かなことはあってね」
そう前置きして、晴華は僕に告げる。
「今の楽しい時間が続いて欲しい、それが1番だった。だから、ユッキーにとっては面倒かもしれないけど、あたしが切り替えられるようになるまでは、いつもみたいに付き合ってほしいなって」
晴華が言いづらそうにしていた理由が分かる。晴華が言いたいことは、『僕に彼女ができても自分の気持ちが落ち着くまでは今まで通り仲良くしてね』ということだ。彼女からしても、図々しいお願いだと自覚があるのだろう。
ただ、晴華が僕を好きでいるかなんて彼女の勝手だし、わざわざ確認を取ることではない。今までのやり取りだって友達の範疇になる部分なら僕が望むところなのだ。
勿論、今までのようにむやみやたらにくっつくことは容認できないし、今日のような2人きりで出かけることもできないだろう。
ルールさえ決めてしまえば、晴華が気にやむことはない。僕はそれを自信満々に断言することができた。
「いつもみたいにってことは友達としてってことだろ?」
「う、うん!」
「だったら断る理由がないだろ。改まって言うから何事かと思いきや、僕のことなんてうまく利用してくれていいんだよ。友達なんだから」
「……っ!」
何を勘違いしているか知らないが、晴華は恋人候補にならないというだけで、大切な友人には変わりない。状況次第では、恋人より優先することがあるかもしれないんだ。
こんなことでいちいち心配そうにしないでほしい、それこそいつもみたいにわがままをぶつけてくればいいんだ。
「……はあ。あたし、一生結婚できないかもしれない」
「えっ? 何か言ったか?」
晴華が何かを呟いたような気がしたが、風に掻き消されて僕の耳には届かなかった。
やがて晴華は満足したのか、ブランコの勢いが止み、ブランコから降りて座っている僕を見下ろしている。
瞳が潤んでいるように見えたが、逆光で表情が分かりづらかった。何か声をかけようと立ちあがろうとしたところで、晴華はそれを制止するかのごとく突っ込んできた。
「むぐっ!?」
中腰気味で僕を抱きしめると、彼女は僕の顔に胸を押し付けていた。
「あたしが勝つにはユッキーが間違いを起こすしかない! キセイジジツ?を作るんだ!」
胸だけでなく、全身で晴華が攻勢を仕掛けてきている。呆気に取られて数秒固まったが、普通に呼吸が苦しくなった。
「おバカ! とんでもおバカ! 友達はこういうことしないって何度言えば分かるんだ!?」
首を横に向けて何とか喋ることに成功したが、胸の柔らかさに意識が回らないくらい、密着具合が尋常じゃないことになっている。鋼の理性を持つ僕でなかったら公園が子どもの遊び場じゃなくなっているところだ。
「分かんないよ? 友達同士でもイチャイチャする人だっているかも、日本広いし!」
「そんな無法者たちに合わせるな! お前だって身体目当てだって思われたくないだろ!?」
「ユッキーならいいかな、それでユッキーと付き合えるなら!」
「諦めるな! お前ならまだ戦える!」
「でもそんな時間なさそうだしなあ。ユッキーに彼女がいないタイミングってことは、攻めるなら今しかないでしょ!?」
「今もやっちゃいけないんだよ!?」
まったく聞く耳を持ってくれない神代さん家の晴華さん。
……もしや僕は、晴華の開いてはいけない扉を開けてしまったんじゃないだろうな?




