19話 不遇役職
散々な言われようだった僕の存在は華麗にスルーされ、各役職毎に引継ぎを行うことになった。
引継ぎと言っても書記と会計だけである。生徒会の業務を知っている楠木伊緒には引継ぎはいらないし蘭童殿への引継ぎがある。雨竜は事前に年間スケジュールを把握して大方の流れは把握できているから問題ないそうだ。もう全部お前が引き受ければいい。
「藤宮先輩。雪矢から聞きましたが、生徒会の出し物は先輩に任せていいんですか?」
そういうわけで、2人の引継ぎが終わるまで、僕と雨竜、藤宮先輩、木田さんの4人で雑談にしけ込んでいた。先輩たち、用がないなら帰れば良いのでは。
「任せて任せて! 2人にとって最高の舞台を用意してあげるから!」
どうやら自信があるようで、藤宮先輩は力強く自身の胸を叩いていた。
「ん? 何の話?」
事情が分からない話に食いつく木田さん。役員業務が終えた後にも関わらず元同僚が手伝うとなれば気にもなるだろう。
「青八木君と廣瀬君が生徒会の出し物で勝負するんだよ! それであたしが企画を考えるってわけ!」
「へー、ご愁傷様だ廣瀬」
「判断が早すぎる」
南無南無と手を合わせる木田さんに男女平等チョップを喰らわせそうになったが、よくよく考えたら至極真っ当な反応だった。生きる伝説青八木雨竜に一般市民が立ち向かうなんて無理ゲーにも程がある。
「まったく、木田君は何も分かってないね。そんな分かり切った勝負なら体育祭の騎馬戦はあそこまで盛り上がってないから」
「成る程、確かにアレは盛り上がったな。でも今回はあくまで一対一想定なんだろ? 青八木が負けるとは思えないが」
「バトファミなら戦う前から負けを認めますけど」
「初めから勝敗が決まってる種目で戦うわけないだろ」
今回は成績や運動神経が露骨に反映されない種目で勝負するのが主旨である。それでも雨竜に分があると思っているが、大事なのは経験値を積むこと。勝敗も大事だが、得るものはしっかり吸収させてもらう。
「そこら辺も任せてちょうだい、何で戦うかはとっくに決めてあるから」
そしてその種目は、すでに藤宮先輩の手で決められているらしい。
「流石に青八木君が有利な気もするけど、ちゃんと争える種目だから心配は無用だよ!」
「早いですね、今週一杯くらいは時間がかかると思ってましたが」
「週末真面目に考えてたからね。とはいえ準備が大変だから役員はちょこちょこ借りることになると思うけど」
「それは任せます。必要でしたら学園祭実行委員からも招集してください」
「ありがとね。できるだけ青八木君には内密に進めたいところだけど、当日のプログラム整理する頃には伝えとかなきゃいけないかな」
「ですね。そうなったら雪矢にも種目を伝える、それでいいか?」
「問題なしだ」
藤宮先輩が動き出して、具体的な出し物の内容が少しずつ詰まっていく。僕と雨竜の勝負だが、土台を作っているのは僕らじゃない。自分のためだけじゃなく、動いてくれてる人のためにもボロ負けだけは避けたいところだ。
「廣瀬! ちょいちょい!」
生徒会出し物について区切りがついた頃、堂島先輩から引継ぎを受けているはずの真宵から手招きされた。
表情から察するに困っているのだろうが、わざわざ僕を呼ぶことなのだろうか。
「どうしたんだ?」
「どうしたじゃないわよ! 現代にスパルタ教育が蘇ったのよ!」
「はっ?」
「スパルタではありません。純然たる引継ぎです」
「そんなわけあるか! 廣瀬、ちょっとこれ見なさい!」
そう言って、真宵がメモしただろう手帳を見せられる。
そこには大項目として、『学園祭予算』、『部活動予算』、『生徒会予算』の3つが挙げられており、部活動予算までの枠がびっしりと書き込まれていた。
「我々は生徒と先生を繋ぐ役割を担っています。特に学園祭と部活動では金銭的な絡みが多い。学園祭では各クラスの要請金額の管理、その上で教員への報告、念のため販売品の金額設定も把握しておく必要があります。予算に対する実際の経費についても、レシート含めて確認しなくてはいけません」
「ね? 日本語じゃないでしょ?」
「とっても日本語だ」
とはいえ真宵が愚痴をこぼしたくなる気持ちも分かる。学園祭だけでこれだけ確認、管理することがあり、教師陣とも連携していかなければいけない。引継ぎを受けていきなり実行するなんて土台無理な話だ。
「これって生徒会だけで整理しなくちゃいけないんですか?」
「勿論学園祭実行委員が先行して確認してくれますが、二重チェックの意味でも生徒会が関与する必要はあります。そもそも実行委員は実行委員で開催準備の予算を管理する必要があります、彼らに頼りきりになるわけにはいきません」
引き継ぐわけじゃない僕が溜息を吐きそうになった。学生のやる会計業務なんてたかが知れていると思っていたが、一歩間違えるとトラブルの原因になるレベルでシビアだ。
雨竜や楠木伊緒も当然フォローはするだろうが、率先して請け負うのは真宵。これは実際の業務以前に覚えること自体が大変である。
「学園祭の業務だけでフリーズしてもらっては困ります。2月には来年度の予算を巡って各部活とやり取りをしなければなりません。要望をまとめるのは書記ですが、全体でどれだけの費用がかかるか管理し、そのまま通せるのか、昨年の実績から削る必要があるかなど整理するのは会計です」
「……部活なんてみんな廃部でいいわよ」
不穏なことを仰る真宵さんの頭から煙がモクモク吹き出していた。これ、本当に生徒会だけでまとめるのか。教師陣は生徒会のまとめたものをチェックするだけというならかなり楽な仕事だぞ。
「参考までになんですが、堂島先輩はこれを1人で?」
「私に割り振られた業務は漏れなくこなしています。勿論周りのフォローもありましたが、各資料の完成形は全て私が作ってます」
涼しい顔してとんでもないことを言ってのける堂島先輩。生徒会とは縁の下の力持ちが居てこそ輝けるのだと改めて理解させられた。
果たして、この金髪お嬢さんは縁の下の力持ちになれるのだろうか。
「ふん、あたしだってやってやるわよ。廣瀬を酷使してね!」
「貴女の方がスパルタでは?」
自分、この場から去っていいっすか?




