17話 似合わない男
フードコートで昼食を摂りながら休憩を挟んだ後、僕たちは道玄坂の方を探索した。
渋谷ならばどこでも人が多いものだと思っていたが、さすがに本命は人通りが別格だった。密度でいうなら原宿の方がすごいのだろうが、単純に人の数が多いのだ。男女比でいうなら3:7といったところか、象徴する建物の影響かもしれないが。
しかしながら、少し誤算だったのが、駅に近いところだとあまり入りやすいと感じる店がなかったことだ。
僕の感覚は間違っていないようで、雨竜や出雲も似たような感想だった。場所によっては臭いがキツいところもあり、歩くコースとしては避けたい部分もあったくらいだ。
僕らのリサーチが足りていないだけと言われればそれまでだが、若者の街というフレーズで渋谷を選んだのは失敗だったかもしれない。
「今日は助かった。後は僕1人で回ってみる」
おやつの時間を過ぎた頃合いで、僕は雨竜と出雲に探索の終了を告げた。
「まだ時間あるし付き合うぞ?」
「そうよ、なんでこんな中途半端な時間に解散?」
だがしかし、お優しい2人には僕の意図が伝わらなかったらしい。いや、雨竜には伝わらなくていいんだが、出雲は普通に察して欲しかった。
「もらいたい情報はもらえたし店選びの感覚も共有できたしな、後は自分で考えさせてくれ」
朱里に関してはそれなりに固められたと思う。だからこそ1人で探索して納得のいくものにしたい。
問題なのは梅雨の方で、正直何が最善か分からないままここまで来てしまった。
これに関しては雨竜が悪いというわけではなく、梅雨の浅く広く好きな性格が災いしてると言える。確かに梅雨なら何だって好きだと言いそうだし、逆に深入りするほどのハマっていそうなものも思いつかない。
強いて言うなら体育祭で朱里とも勝負した料理だが、まさか一緒に料理教室へ行くわけにもいかないだろう。それなら父さんに学んだ方が100倍建設的だ。
というわけで1人で探索しながら2人のデートコースを整理したいというのが名目である。
「とはいえ中途半端な時間なのは事実。まだ余裕があるなら2人でいろいろ見回ったらどうだ?」
「えっ!?」
裏テーマは勿論雨竜と出雲のデートだ。ところどころで2人にする機会は作ったが、僕の影がチラつく以上踏み込んだ話はできていないだろう。
だからこそ僕は撤収を選択する。出雲には今日のお礼も兼ねてといったところか、雨竜は僕のふくらはぎをいじめたから知らん。
「俺はまだ大丈夫だけど、御園さんは?」
「わ、私も大丈夫……!」
出雲の反応が少し怪しいが、無事2次会は開催されるらしい。となれば邪魔者はサクッと消え失せようではないか。
「それじゃあな、ホテル街は向こうらしいぞ」
「ばっ! 変なこと言うな!」
小粋なジョークで場を乱してから撤収する。このまま優等生トークで終わられても意味がないからな、出雲には気まずいくらいが丁度いい。このまま本当にホテルで大人の運動会を開催するようなことがあれば、僕1人で豪林寺先輩を胴上げしてみせよう。
とりあえず、雨竜たちとは再会しないよう気をつけて渋谷を回る。こうして1人で歩いてみると、テンポよく街を見回られていると実感する。雨竜と出雲から意見をもらいながらの探索だったからな、これくらいの差は当然か。
意外だったのは道玄坂というだけあって高低差が地味に激しいところである。表通りはまだしも、裏道の坂は間違いなく自転車を漕がせる気がない。当然デートには不向きな地形であり、面白要素を求める以外で進行ルートに入れない方がいいだろう。
そんなふうに渋谷の情報をアップロードしながら探索を進めるのであった。
ー※ー
「ただいま」
渋谷でのミッションを無事完了させてから僕は家に帰った。
「おかえりゆーくん」
リビングに入ると、笑顔で僕を迎えてくれる最愛の父と、その父を座椅子か何かと勘違いしている母の姿があった。当然母親が声をかけてくることはない、ゲームに夢中である。
「お友達と探索は楽しかった?」
「うん、地図を開拓してる気分だった」
「そっかそっか」
母さんに座椅子を強いられようとも愚痴一つ溢さず僕の休日に興味を持ってくれる父さん。僕が勇者なら愛の力を以て魔王から解放してあげるところだが、父さんは魔王の呪いに一生苛まれてしまうためどうにもならないのが現実である。
「雪矢」
気を取り直して今日の情報を自室でまとめようかと思っていたら、聞き漏らしそうなボリュームで名前を呼ばれた。
何かと思ったら、母さんがゲームを一度中断してこちらを見ていた。
「……今日ノノと会ったの?」
どうやらですわババアが今日の邂逅を母さんに伝えていたらしい。嬉々として連絡している姿が目に浮かんだ。
「そうだけど」
「……ふーん」
返答したが、特に話を広げるでもなく頷かれただけだった。知ってたけどね、母がまともに会話してるところなんて見たことないからね。
「雪矢」
「いちいちなんだよ」
満足したのかと思いきや、再び真顔のまま声をかけてくる我が母親。
あのな、僕だって暇じゃないんだ。これでつまらない用件なら僕の友人たちと鍛え上げた友情のチョップを炸裂させるのもやぶさかではないぞ。
母さんは僕を凝視してから、やがて興味をなくしたかのようにゲーム画面へと視線を戻す。
「……渋谷全然似合わないよ」
「テメェに言われたくねえんじゃアルティメット出不精が!!」
この後めちゃくちゃバトファミした。負けて自室に引き篭もった。




