16話 母の友人
電気マッサージという名の地獄筋トレを終えた後、疲れた足を引き摺りながら公園にできた商業施設に入る。
1店舗1店舗見ては雨竜と出雲にコメントをもらう。お高いアパレルの店もあるため全てが活きるわけではないが、僕の知識は蓄えられたと思う。
傾向が分かれば今日訪れた場所に拘る必要はないからな、最悪明日も使って自分一人で探索すれば良いし。
1階から屋上の公園まで見て回り、その後フードコートでお昼を摂ることになった。
「貴様ら2人で僕のご飯も買ってこい、僕は大変お疲れだ」
「俺たちがゲストのはずなんだが」
「お前の愉悦に付き合って足が死んでる、責任をとれ」
「へいへい」
「私は関係ないと思うんだけど」
「僕の不幸をバカ笑いしてただろ、同罪だ」
「……まあいいけどさ」
通路側の4人席を確保して、雨竜と出雲を解き放つ。自分の目的を果たしつつ、2人きりの機会をしっかり設ける。あれ、もしかして僕ってできる男? 分かってはいたけど再認識しちゃったね。これで雨竜に彼女ができたらもっと認識できるんだけどね、エベレストより高い壁なんだよね。
1学期の期末テストが終わってからは、出雲も雨竜と普通に話せているし、この2人がサラッとくっついても何らおかしくない。アプローチできているのは間違いなく蘭童殿や真宵だが、目線が合ってるのは出雲って感じだ。美晴さんは特別枠になります。
「ん?」
フードコートの店を見ながら物思いに耽っていると、急に辺りが暗くなった。通路側からの光が途絶え影が差していた。
急にどうしたことだろうと通路側を見た瞬間、僕はギョッとする。
フードコートと通路を隔てるガラスに、女性が張り付いていた。特徴的な縦ロールにラグジュアリーな装い。見知った人間で僕はゲンナリしていたが、対照的に女性は嬉しそうに頬を綻ばせて移動する。
扉を経由して所狭しと並ぶテーブルを避けながら僕のところまでやってくると、
「雪矢ちゃん!!」
「ぎゃああ!!」
僕の隣に座っていきなり抱きついてきた。しかも頬擦りしながら。
「くっつくなババア! あんたに羞恥心はないのか!?」
「そんなもの、雪矢ちゃんを目にした瞬間消え去りましたわ!」
「そうだろうね! じゃなきゃいい大人がガラスに顔くっつけないだろうよ!」
「仕方ないですわね。まさか雪矢ちゃんと街中で出会うとは!」
「雪矢ちゃんって呼ぶな! もう僕高校生だぞ!?」
「私のことはお母さんみたいにノノと呼んでくださいまし」
「人の話聞いてる!?」
僕の言葉などまったく耳に入らないこの自分の欲望全開ババアは、母のたった1人の友人である『ですわババア』だ。
毎年お正月に家族でこのおばさんに会いに行っているが、正直言って僕はこやつが嫌いである。
ですわババアは母さんを友だちの枠を超えてるんじゃないかレベルで好いているが、その愛情を何故か僕にも向けてくる。おそらく母さんに容姿が似ているからだろう、僕からしたら迷惑極まりない。
何より嫌なのは、ですわババアが僕を『可愛い』と評価する点である。1億歩譲って幼少期までは許容できたとして、今もなおそのスタンスでこられるのは不愉快である。父さんの血を宿した男前に対して可愛いって、脳みそ湧いてるんじゃないだろうか。
「ところで雪矢ちゃんはどうしてこちらへ?」
「どうしてって、普通に友だちと出かけてるだけだ」
「お友だち!? 雪矢ちゃんに!?」
「そんな驚くことじゃないだろ!?」
「ウチの隆ちゃんしか仲良くできる相手はいないと思ってましたのに。これは千雪さんも大喜び間違いないですわ!」
「そんな母さんを一度でも見たことあるか!?」
もう嫌だ。ホントに疲れる。なんでこの人こんなにテンション高いの? 母さんに表情筋分けてあげたら?
「そういえば隆雄のやつ平気なのか、フラれたって聞いたけど」
隆雄というのはですわババアの1人息子である。多少は交流があるし、名前が出たので一応聞いてみた。
「ふふふ、雪矢ちゃんったら素っ気ないフリしていつもお優しいんですから」
「そんなんじゃない! いつまでもウジウジしてるようなら説教してやろうと思っただけだ」
「それでしたら心配ご無用ですわよ。今日も想いを吹っ切るかのごとく部活に邁進してますから」
「へー」
今日は学校自体は休みだろうに部活動には参加しているのか。プライドの高いお子ちゃまという感じだったが、中学に上がってから視座が上がったか。なかなか良い傾向じゃないか。
「おっといけない! あまり道草している余裕がないんでした!」
ですわババアは唐突に立ち上がると、軽く身支度を整え始める。
「今日は雪矢ちゃんに会えて本当に僥倖でした。たまにはお正月以外にもお会いしてくださいましね」
「気が向いたらな」
「相変わらずつれないですわね。まあそんな雪矢ちゃんも可愛いんですが!」
「可愛い言うな!!」
僕の言葉など意に介さず、軽く手を振ってからこの場を去っていくですわババア。
何が僥倖だよ、僕からしたらアンラッキーそのものだ。あの強烈なキャラで母さんと同い年だなんて信じられない。まあウチの母さんも年齢詐欺な見た目をしているが。類が友を呼びすぎだろ。
「なんか絡まれてたな」
そして入れ替わるように、買い物に行っていた雨竜と出雲が戻ってきた。
「おせーよ馬鹿ちんどもが」
「仕方ないでしょ、混んでるんだから」
「知り合いか?」
「一応な、母さんの友だちだ」
「へえ、すごい煌びやかな感じの人だったわね」
「実家が太い、というか普通に社長だからな、大企業の」
詳しくは知らないが、なんかの事情で急遽会社を継ぐことになって、婿養子と一緒にかなり苦労しながら経営していたらしい。僕をスカウトしてきたときにそんなことを言っていたが、当時中学生だったガキを当然のようにスカウトするなと言いたい。
「……」
「どうした雨竜?」
未だ座らずにフードコートの扉に目を向ける雨竜。まさかああいう女がタイプだなんて言い出さないよな、蘭童殿が泡吹くぞ。
「あの人、どこかで見たような気がするんだよな……」
突如放たれた雨竜の世迷言に、僕は首を捻らざるを得ない。何を宣ってるんだコイツは。
「お前な、何がどうしたらあの縦ロールを忘れられるんだよ?」
「そうだよな、あの縦ロールを忘れるわけないんだよな」
「青八木君まで雪矢みたいに、あの人に失礼でしょ?」
委員長さまからお叱りを受けるが心配ご無用、確実にあのおばさんの方が失礼だから。ごっそり精神力削られた後だから。
ですわババア、3章下にて名前登場しております。




