12話 シリアスブレイカー
「……はあ」
梅雨の暴走を沈静化させ、来週の日曜に出かけることだけを決めて電話を切った。
僕がプランを提案すると言っているのに、梅雨がなかなか聞き入れないため、随分悪戦苦闘させられた。確かにお互いの意見を取り入れた方がより良いものができるとは思うが、今回は僕なりに試行錯誤してプランを固めたかったので、早めに折れてほしいところだった。
デートを楽しみにいろいろ提案してくれること自体は嬉しい。だが今じゃないのである。
イレギュラーとはいえ梅雨を誘うことができたので、もう一方にも声を掛けることにする。遅い時間だったので『今通話できるか?』と連絡すると、少ししてから『大丈夫!』と返信がきた。
そういうわけで通話に切り替えると、コール音が鳴る間もなく相手が出てくれたようだ。
『もしもしもし!』
もしの数さえ忘れてしまった忘却狼狽ガールこと桐田朱里である。これが通常営業かもしれない点が彼女の恐ろしいところなのだが。
「悪いな遅くに、今少しいいか?」
『うん! 大丈夫!』
なんとなく、勢いよく首を上下に振っているのがイメージできる。通話自体あまりしないからな、さすがに緊張させちゃったか。
「急でなんだが、来週の土曜日って空いてるか?」
というわけで早々に本題に入る。夜分だしあまり長く続けるのも良くないだろう。
『来週の土曜日? えっと、うん、今のところは空いてるよ』
「そうか。もしよかったら、2人で出かけないか?」
『……えっ?』
朱里の口から、随分濁った疑問符が出てきた。そんなにおかしい提案だっただろうか。
『廣瀬君知ってる? 土曜日って休日なんだよ?』
なんだこの乙女、僕を馬鹿にしてるのか。世が平成の初期なら土曜日は勉学に励んでいたことすら把握しているんだが。
『つまりね、2人で会うには学校のついでとはいかなくて、前もって予定を組んでーー』
「ごちゃごちゃうるさい。行ってくれるのかどうなんだ?」
『行きます行きます! 現実が受け止められなくて遠回しに事実確認してただけです!』
どうやらいつもの朱里ワールドが展開されていただけのようだ。応答に時間を要したが、彼女からも前向きな答えが得られて安心する。
「行く場所はこっちで決めるから、詳細が決まったらまた連絡する」
『う、うん。分かった』
朱里の返答で、必要なやり取りが完了した。うん、スムーズにいけば時間なんて掛からないよな。青八木家のお嬢さんが少々特殊なだけで。
『廣瀬君、聞きたいことがあるんだけど』
「ん、なんだ?」
『動きやすい服装で行った方がいいかな?』
「あー」
朱里の質疑に頭を動かす僕。成る程、向かう場所によっては服装に注文を入れなければならないのか、盲点だった。
「そうだな、今のところは想定しなくていい。変わりそうならまた連絡するが」
『了解。恋するシュリちゃんリターンズはまた今度ってことだね』
えっ、何その面白そうな企画、いつの間に練られてたの。確かに合宿では途中のまま終わって完成はしていなかったから、リターンがあるなら是非ともリベンジさせてほしいものだ。
「他、何か聞きたいことはあるか?」
恋するシュリちゃんの魔力に絆されかけたが、なんとか本題へ戻ってくる。
『えっと、それじゃあ根本的なところなんだけど』
「なんだ?」
『どうしてお出掛けに誘ってくれたの?』
確かにそれは、誘われた側からすれば重要な話だった。
『嫌ってわけじゃないよ勿論! ただ、今までそういう素振りもなかったから、深読みしていいものなのかなって』
僕に告白している朱里からすれば、2人で出かける誘いなんて単純には受け止めづらいだろう。本人にも言われたように、今までこちらから誘ったことはないのだ、気になってしまうのも無理はない。
「このままお前の気持ちに向き合わないで過ごすのが良くないって思ってるからだな」
だから僕も伝えることにした。どうして朱里と出かけようとしているのか。
「今の関係性だって楽しいし、ずっと浸っていたいと思う。でも、それに甘えたままじゃお互いに停滞して先に進めない。最終判断しきれない僕の感情に喝を入れるには、これしかないって思った」
そう言えば聞こえはいいが、結局全部自分のためである。気持ちに向き合うのだって、愛想尽かされる前に想いをぶつけたいというだけだ。決して褒められるものではない。
『……ありがとう、教えてくれて。廣瀬君がそんな風に考えてくれてるなら、言うことは何もないかな』
ただ、綺麗な言い方をしたおかげで、朱里は嬉しそうに気持ちを伝えてくれる。本当にありがたいことだ。僕を好いてくれている皆には、中途半端な気持ちで相手を決めないということをしっかり誓わせてもらいたい。
『後は私の努力次第ってことだよね、頑張らないと!』
「お前だけじゃない。僕だって頑張らせてもらう」
そのためのレベルアップだし、明日は別のトレーニングが控えている。僕だって相手を楽しませるために動きたいのだ。
『廣瀬君とお出掛け……………………オエ』
「ちょっと待て、何故えずいた?」
結構しっとりとした気持ちになっていたのに、一瞬で俗世に引き摺り込まれたような気分だった。オエってあんた。
『違うんです! 廣瀬君とのお出掛け、失敗できないと思って服装やらいろいろ考え巡らせたら、急に悪寒が』
どうやら僕と出掛けることが嫌でえずいたわけではないらしい、だとしてもタイミングが最悪である。
よく考えたらこの女子、雨竜に服装を褒められて逃げ出した前科持ちだった。プレッシャーに弱いのは過去の奇行から理解していたつもりだったが、まさかここまでだったとは。
『安心してください! お出掛けの日までにはさまざまな受け答えを想定して、パンクしないよう努めます! 廣瀬君もびっくりなパーフェクトコミュニケーションしちゃいます!』
うむ、この時点で不安になってくるのは僕だけだろうか。既に語彙が怪しいし。
「朱里さんや、もう少しリラックスしよう。緊張と緩和、大切なのはメリハリをつけることだ」
『メリハリ……メリーハリケーン?』
そうだね、もう夜遅いしちゃんと寝ようね。




