11話 ローハイテンション
「悪いが梅雨、その疑問に行き着いた理由を聞いてもいいだろうか?」
中学3年生の女子に何を言わせているんだという罪悪感に駆られながらも、無罪を晴らすべく言葉を紡ぐ僕。念の為聞きたいんだけど、周りに人いないよね? 青八木家の中心でおっぱいと叫んでないよね?
『いいでしょう、確かに説明が足りていなかったかもしれません』
僕の意を汲んでくれたのか、コホンと喉を鳴らしてから梅雨は説明を始める。
『つい先程のことです。わたしが勉強の休憩がてら自室からリビングに向かっていると、恐ろしい現場に遭遇したんです』
青八木家ほどの強固なセキュリティを持つ場所で恐ろしいことなど起こりえるのだろうか。そんなことを思いながら梅雨の言葉の続きを待った。
『なんと、お兄ちゃんがウキウキしながらハミングしてたんです……!』
……ん?
感情昂ぶった梅雨の言葉は、文字情報としてしか入ってこなかったため、再度インストールを試みる。
青八木雨竜が、ウキウキしながら、ハミングをしている……?
「……なんて恐ろしい光景なんだ!」
『ですよね!? びっくりしちゃいますよね!?』
冷静になって考えてみると、この世の七不思議に数えられそうなくらい奇妙な出来事である。短い付き合いとはいえ、分かりやすくテンションが上がっている雨竜なんて見たことない。しかもハミングって、そんなポップな感情表現を彼奴ができたことに驚いている。そりゃ長い付き合いの妹でさえ驚いてしまうわけだ。
『だから聞いたんですよ、何か良いことでもあったのかって。そしたらお兄ちゃん、学園祭で雪矢さんと戦うことになったって嬉しそうに言ってまして』
「……成る程、オチが読めた」
『オチが何を指すか知りませんが、わたしはそれを聞いて思ったんです。これ、体育祭で見たことあるって』
どこかの通信教育のような言い回しを耳にし、梅雨が怒っていた理由をすんなり理解することができた。
『目立つのが嫌な雪矢さんが公共の場でお兄ちゃんと競う理由なんて1つしかありません。さあ雪矢さん、誰のおっぱいに誑かされたか吐いてください!』
どうやら梅雨は、僕が下心と引き替えに雨竜と戦うことを決めたのだと勘違いしているらしい。
「あのな梅雨、お前だって晴華から聞いてるんだろ? 変な要求はされてないって」
晴華の件で前科があるため、梅雨に疑われるのも仕方ない部分はあるが、実際ことを起こしていないのは彼女も知っている。雨竜がウキウキしていて視野が狭まったのかもしれないが、同じように疑われるのは心外である。
『それはそれ、これはこれです。雪矢さんはエッチなので油断なりません』
「僕がエッチならお前は何回乳揉まれてたんだろな」
『そうなんですよねぇ、実際は紳士で人たらしだから油断ならないんです』
結局僕は油断ならない人間のようだ。エッチと紳士なんて対義語も対義語なのに、どちらも油断ならないという締めになる。日本語って面白いね。
『じゃあ雪矢さんはどうしてお兄ちゃんと競うんですか? 目立つだけで旨みもないと思うんですが』
「まあちょっと考え方が変わったからな」
そう前置きしてから、僕は梅雨に雨竜と戦う理由を説明した。
自身の成長のため、いろんな経験を重ねたいこと。その中でも、雨竜との戦いが1番多くを得られるだろうこと。勝っても負けても、自分の成長に繋げられるだろうこと。
「負ける前提で挑むつもりはないが、自分のレベルアップ優先で動くことにしたんだ。それで目立つなら仕方ない、そもそも生徒会選挙で全校生徒に知れ渡ってるしな」
『……』
説明し終えると、梅雨はしばらく無言を貫いた。僕らしくないと思われるかもしれないが、これでおっぱいと関係ないことは理解してもらいたい。
『……えへへ』
少しして、梅雨が安堵したように笑った。
『雪矢さん、ますますカッコよくなっちゃいますね』
真正面からぶつけられ、僕は二の句が継げなくなった。
『いいと思います。雪矢さんは元々忍べるような器じゃないんですからガンガン動いてほしいです、お兄ちゃんも楽しそうだし』
「あのな、こう見えて僕は1年の1学期までは空気のように生きてたんだぞ?」
『それってお兄ちゃんと関わってないってだけですよね? 遅刻したり行事サボったりいろんな意味で目立ってたって言ってましたよ?』
「あいつ、余計なことをペラペラと……!」
『まあまあ。お兄ちゃんと競えそうな人なんて雪矢さんくらいしかいないですし、ぜひぜひ続けちゃってください!』
「そんな過大評価されても困るんだが」
雨竜と戦うのはレベルアップには良いと思うが、そう何度も挑んで負け続けるのは精神的にキツい。第二の佐伯少年となって茶道部に入部してしまいそうだ。
良い勝負だけなら出雲や晴華がやってくれるだろう、僕は地に足つけて成長させてもらう。
『良いなお兄ちゃんは、雪矢さんにかまってもらえて』
僕と雨竜のことを微笑ましげに語っていた梅雨だったが、いつの間にか拗ねたような声を出していた。
『お兄ちゃんと友情を育むのも良いですけど、わたしとも愛情育んでくださいよ』
雨竜とは勝負するだけで仲を深めてるつもりはないが、梅雨にはそう見えてないのだろう。僕からアクションを起こして梅雨と会うこともないし、彼女の不満も理解はできる。
「そうだな。来週どこかに出掛けるか」
そういうわけで、梅雨をデートに誘うことにした。元から決めていたことだし、ちょうどいい機会だった。
『…………えっ?』
素っ頓狂な声を出す梅雨。僕の言葉が理解できていないらしい。
「なんだ、行きたくないのか?」
『ちが! だ、だって、えっ? いつも受験生だからって相手してくれないのに……』
「言っとくがこれで受験落ちても一切責任負わないからな」
『〜〜〜〜〜〜っ!』
ついに状況を把握したらしい彼女は、言葉にならない音を発しながら喜びを表現していた。
『何なんですか今日の雪矢さんは!? どこまでカッコよくなる気ですか!? 今よりさらにわたしを惚れさせようって魂胆ですか、とっくに上限値ですから無意味ですよ!?』
青八木邸でなければ近所迷惑千万なテンションで捲し立ててくる梅雨。褒めてくれているんだろうが、彼女のテンションが高過ぎて呆気に取られている。
『お出掛け行きます! 行きたいです! もちろん2人きりですよね!?』
「ああ、そのつもりだ」
『やったー! 雪矢さんとデートだ! 2人でデートだ!』
「一応行き先は僕が……」
『沖縄に行きましょう! わたしも知ってるお得意先がいるんです、沖縄の海で秋の寒さを吹き飛ばしましょう!』
「初手沖縄!? 何個ステップを飛ばしてるんだお前は!?」
その後、梅雨さんを落ち着かせるのに沢山の時間を要したのは言うまでもない。




