10話 鋭利な疑問
怒涛すぎる1日を終えて帰宅した僕は、父さんのご飯と入浴にて英気を養い、自室へと向かった。
朝は藤宮先輩、昼は雨竜、放課後はなんかいっぱい、息つく暇もなかった。これが続いたら血圧が上がり過ぎて早死にするんじゃないだろうか。
蘭童殿と真宵を生徒会役員にするというミッションをクリアできたのは良かったが、真宵の命令が残っている。雨竜の奴隷生活を抜け出したかと思いきや、次は真宵による最長1年間のスパルタである。彼女を助けるのはやぶさかではないが、せめて1ヶ月に短縮してくれ。僕だってやりたいことはあるのだ。
それは勿論、自分自身の恋愛についてである。他が忙しいからと蔑ろにするつもりはない。
僕は今一度、自分がどういう人間であるか思い返してみた。それをもとに、どういった相手と交際したいか考えた。
まずは、僕が友人として好いていること。つまるところいつものメンバーだ。今の友人たちを差し置いて、これから新しく仲良くなる相手と交際するイメージが湧かない。彼女たち相手に恋心を芽生えさせるのが、目下の僕の目標となる。
次に、僕を好いてくれていること。本来恋愛であるなら、僕が好意を持った相手にアプローチをするという流れも発生するが、僕は自分を好いてくれている相手に想いを返したいと考えている。自分なりにアプローチをしてくれる彼女たちに報いたいのだ。
ここまでは前提で、問題はこの先。僕がどういった相手と交際したいかを改めて考える。
将来的なことを見据えたとき、真っ先に思いついたのは父さんのことだった。
僕は父さんが大好きで、父さんに甘えっぱなしだった。本質的に母さんと変わらないのが大変遺憾ではあるが、紛れもない事実である。
だから、好きな相手と結ばれたとき、関係が続いて父さんから離れたとき、僕は相手に甘えたくなると思う。なんだかんだで、今の両親のような関係を望むのだと思う。
そこへいくと、梅雨も朱里も一応晴華も、甘えたい相手からは少しズレているように感じる。梅雨や晴華なんかはむしろ自分が甘えたいスタンスだろう。それ自体は悪くないのだが、だからこそ恋愛的に見るとしっくりきていないのかもしれない。
それに、違和感もあるのだ。自分なりに自己分析をして、相手に甘えたいという結論を出したが、それに絞ってしまうことに抵抗を感じてしまう。だが、その理由が分からない。そもそもの話、感情に理由をつけようというのが間違っている可能性さえある。
であるからして、僕は彼女たちとデートをするのである。考えるだけでは今のように混乱するだけ、行動を起こして自分の気持ちに整理をつける。結局のところこれしかない。
もういい加減彼女たちを待たせるのはやめだ、僕は全力で彼女たちにぶつかっていくのだ。
そんな決意を固めたところで、スマホが震えていることに気付いた。
手に取ると、画面には『青八木梅雨』の文字。雨竜の妹で、僕を好いてくれている相手の1人である。
「もしもし」
『夜分遅くにごめんなさい』
電話に出ると、真っ先に違和感を抱く。梅雨の声が低く小さい。僕と電話するときは初っ端から明るいため、さすがに心配になった。
『ですが、しょうがないと思うんです。文章だけではわたしの気持ちなんて伝わらないでしょうし、これは致し方ない電話なんです』
つらつら話す梅雨の声を聞いて僕は心配をやめた。
このお嬢さん、お怒りである。
何を怒っているか分からないが、声のトーンで心境だけは理解できた。これは愚痴を聞かされるやつだろうか、雨竜が何かやったに違いない。
『雪矢さん、わたしに何か隠してることはないですか?』
「はっ?」
思いがけない問いかけに、素っ頓狂な声を出す僕。残念ながら、やらかしたのは僕らしい。
だがしかし、思い当たる節がない。梅雨とのやり取りは最近ラインだけだったし、怒らせるようなメッセージを送った記憶もないのだ。
となれば陽嶺高校内の出来事を雨竜に聞いて電話を掛けていることになるが、梅雨の怒りに触れそうなことなんて…………
『後10秒、ユッキー成分チャージだ!』
ないことはないんですよね、これが。
成る程、晴華とのやり取りを耳にして連絡を入れてきたということか。公衆の面前に晒していいものじゃないしな、愚痴の1つでも零したくなったのだろう。
……あれ、でも雨竜は生徒会で体育館には来ていなかったはずだが。部活後の片付けを周りがしているときも姿は見なかったし。
となると晴華が自分から言った可能性があるが、梅雨は晴華と仲が良いはずだし、2人の間で解消されていると思う。僕にわざわざ電話で言ってくるほどではないはず。
うむ、そうなると本当に心当たりがないな。真面目をモットーに生きている身だしな、当然と当然なのだが。
『……だんまりですか。黙秘権の行使ですか。残念ながら民事訴訟に黙秘権はありません、諦めてください』
「いつの間に訴訟されてたんだ僕は……」
しかしながら、梅雨の発言で考えを改める。
まさか法を交えるレベルでお怒りだったとは、僕は一体何をしてしまったというんだ。
『もういいです。そこまでシラを切るというならわたしからはっきり質問させてもらいます。本当は雪矢さんの口から聞きたかったのに、残念でなりません』
電話口で梅雨が溜息を漏らす。僕が自白しなかったことを憂いているようだが、心当たりがないのだからどうしようもない。むしろ僕が何をやらかしたか早く聞きたいくらいだ。
「仕方ない、質問されたなら逃げも隠れもせず答えようじゃないか」
というわけで梅雨が質問しやすいよう促しておく。ここまできたなら正々堂々戦おうじゃないか。
そして梅雨は、『では遠慮なく』と前置きしてから怒りの原因を発声した。
『……雪矢さん、今度は誰のおっぱいを触ろうというんですか?』
ほらね? 心当たりなかったでしょ?




