8話 髪の色
「あんたら、隅っこだからってイチャついてるんじゃないわよ」
晴華からの攻勢を甘んじて受け入れていると、上から呆れたような声が降り注いできた。
顔だけ向けると、美しい金髪を一つにまとめた体操服姿の美少女がいた。今日の目的の人物の1人である、名取真宵だった。
「ふざけるな、どこがイチャついてるんだよ?」
「あんた、その体勢でよく疑問をぶつけられたわね」
あらぬ誤解を解こうと凄んでみたが、真宵から真顔で返されてしまう。だらしなく項垂れる僕にくっつく晴華、あらぬ誤解など存在しなかった。
「晴華、そろそろ10秒経っただろ!」
「はいはーい、離れますよーだ」
僕の訴えを受け、ようやく名残惜しそうに離れる晴華。彼女がなりふり構わないと凶悪になることを肌で体感させていただきました。今後の学校生活の為にも、対策は必須でしょう。
「神代、あんた堂々とくっつき過ぎ。廣瀬じゃなきゃ襲われたって文句言えないわよ」
「ユッキーだから問題ないもん! というかユッキーなら別にいいんだけど」
「廣瀬にそんな甲斐性ないでしょ」
「だよねー」
おい。本人目の前に悪口を言うな。後晴華、サラッと恐ろしいことを口にするな。
「マヨねえこそもっと積極的にいったら? ウルルンびっくりさせようよ!」
「あのね、そういうのは本来恋人関係にでもなってなきゃやっちゃダメなの。あんた、好きでもない男に抱きつかれたら最悪でしょ?」
「それは、うん、背筋がゾッとするね」
あれ、真宵さんもしかして僕のアシストしてくれてる? 暴走列車の晴華が真宵の弁を受け入れてくれれば過度な接触は避けられるかも。いけ、いくのだ真宵さん!
「でもユッキーはいいよね!? 1週間に1分ならいいって言ったもん!」
「所詮は男子高校生の皮を被った獣ってことね。いいんじゃない、廣瀬なんてどうせEDだろうし」
「良かったぁ、ユッキーがED? で!」
ちょっと待って、男の尊厳を破壊するな。それとEDを連呼するな、本当だと思われたらどうするんだ。晴華は意味も分からず喜ぶな、とても深刻な悩みだぞ。いや、僕はEDじゃないけど。
「それで、ED廣瀬」
「DJみたいに言うな、名誉毀損で訴えるぞ」
「さっきちびっことも話してたみたいだけど、体育館に何しに来たの?」
僕の発言は無視され、聞きたいことだけ聞いてくる真宵。僕の周りにはマイペースな女子しかいないのだろうか、振り回される身にもなってくれ。
「そういえば、ラソラソとは何話してたの?」
「この際お前のニックネームセンスは置いとくとして、生徒会に誘ってたんだ。雨竜から2枠は自由にしていいって言われたからな」
「成る程、生徒会も使ってウルルンをカンラクさせようってことか!」
晴華は納得していたようだったが、意外だったのは今の話を聞いても真宵が何も言ってこなかったことだ。
彼女なら蘭童殿に対抗して、「あたしの枠は空いてるんでしょうね?」くらい言ってくると思っていた。
しかしながら、真宵は何も発することなく口元に手を当てて思案している。ただのノリだけで喋ってはいけない、それをこちらに訴えかけるように。
「僕はできれば真宵にも入ってほしいと思ってるんだが」
とはいえ黙っているわけにもいかず、僕は真宵にそう伝えた。
先程の会話の流れで想定していたのだろう、真宵は特に驚く様子は見せず、再度考え込み、
「廣瀬、帰りちょっと付き合いなさいよ」
こちらに目線を合わせてそう告げるのであった。
ー※ー
「待たせたわね」
「いや、大丈夫だ」
部活動の終了及び真宵の着替えが終わるのを待ち、一緒に並んで帰る。辺りはすっかり暗くなっており、街灯がなければ真っ直ぐ歩けないだろう。
話を聞いていた晴華が着いてきたがっていたが、真宵が嫌がったので今は2人。街頭に照らされた真宵の髪が美しく映えていた。
「あのさ」
駅に向かう途中、真宵が呟く。こちらに目を向けないまま、小さな声で。
「あたしに生徒会役員なんて務まると思う?」
「務まる」
「……即答ね、真面目に言ってる?」
「僕が嘘をつくと思ってるのか?」
「……思わないけど」
会話をしながら呆気に取られる僕。ここまで自信のなさそうな真宵を見たのは初めてかもしれない。
「だってさ、あたし勉強もできないしそもそも素行悪いし。役に立つどころか足を引っ張るとしか」
「そんなのは関係ない。大切なのはやる気があるかだけだ」
「やる気……」
「学力絡みなんて雨竜を頼ればいい、真宵が担う必要ないだろ。素行の悪さなんてむしろプラスだ、いい子ちゃんだけが揃った集まりじゃ意見が偏るからな」
「……」
「だから僕は、お前が生徒会役員にいようが不思議に思わない。やる気がある奴なら誰がやったっていいんだ」
真宵の足が止まる。長い髪に阻まれ表情は窺えないが、何か葛藤しているように見えた。
「あたしを任命して、青八木の株落ちない?」
「成る程、お前らしくないと思ってたらそんなこと気にしてたのか」
「普通するでしょ、金髪の不良がいる生徒会なんてあるわけないし」
「そんなこと言ったら青八木雨竜の存在こそ今世紀最大のイレギュラーだよ」
「……確かに」
真面目な顔して納得する真宵を見て吹き出しそうになった。冗談めかして言ったつもりだったが間に受けられるとは思わなかった。
「心配しなくてもお前の存在が雨竜の評価を下げるなんてあり得ない。不良少女を更生する生徒会長さまとして持ち上げられることはあってもな」
「それならいいんだけど」
「というかお前って不良なのか? 部活出てるし中間テスト勉強も真面目にしてただろ」
「まああんたと一悶着あってからは普通に生活してると思うけど、ちびっこにバカやった連れも改心させたし」
聞けば聞くほど、今の真宵に不良要素が感じられない。そりゃ当初の悪いイメージを払拭するのは簡単ではないが、学校態度や成績を見れば彼女が変わったことなど一目瞭然だと思う。
……あれ、なんか真宵より僕の方がよっぽど不良じゃない? 遅刻に授業態度(長谷川先生の授業のみ)、部活サボりに放送室ジャック、見事に役満だった。冷静にならなきゃ良かった。
「そんな内面的なことはいいのよ。どれだけいい子ちゃんしてようが、この金髪がイメージを下げるのに変わりはないんだから」
真宵はどこか諦めムードだった。中身を変えても見た目が変わらなきゃ評価は変わらないと言いたげだった。
うーむ、金髪がそんなにダメなのだろうか。浮いているのは間違いないが、本当にダメなら教師陣から徹底した指導が入ってるわけで、1年半続けられているこの髪は好意的でないにしろ受け入れられているのではないだろうか。
そもそもの話。
「どうして金髪に染めたんだ?」
僕は根本的な部分が気になって質問した。




