6話 新たな居場所
「私のことはほどほどに気にかけてくれればいいから。雪矢君の好きにしてね」
そんな言葉を背に受け保健室を後にする僕。相も変わらぬポンコツ具合に、再度溜息が出そうになった。
僕を翻弄できるスペックを持っているのに、それを雨竜に活かせないのは本当にもどかしい。しかしながら、本人があんな調子なのでどうにも火の付け方が分からない。雨竜が誰かに奪われそうな状況になれば気合いが入るのかもしれないが、ここ1年でそんな事態に陥っていないのが現実である。
そういうわけで、僕は部活中の体育館に向かうことにした。雨竜の恋人になろうと励む目的の人物たちがそこにいるからだ。部活が終わってからでも良かったが、善は急げと僕の細胞たちが告げていたので従うことにした。
体育館の扉を開くと、秋にも関わらず熱気がすごく、生徒たちの声が空間内を反響していた。
学園祭の準備が始まった初日なのに部活に来ている連中だ、その熱の入れようは一入だろう。これもまたレベルアップの形だろうと、1人勝手に納得していた。
「廣瀬先輩?」
皆の邪魔にならないよう隅っこで練習風景を眺めていると、小柄な背丈の女の子がバインダー片手に声を掛けてきた。
僕の探し人の1人である、蘭童殿だ。
体操服に身を包んだ彼女は、男子バスケ部のマネージャーとして声掛けしたり記録を取ったりしながら部に貢献しているようだった。
「おっす蘭童殿、精が出るな」
「ありがとうございます。廣瀬先輩はどうしてこちらに? 青八木先輩なら居ませんが」
「どうして僕が雨竜に会いに来るんだ……」
「それはまあ、お2人仲が良いですし。……私が妬くくらいには」
蘭童殿の瞳がギロリと光る。おかしいな、こんな厳しい視線を向けられるなんて、出会ってすぐの頃を思い出してしまうじゃないか。僕と蘭童殿はマブとダチ、睨まれる理由なんてないはずだが。
「生徒会選挙、すっごく仲良さそうでしたもんね。準備期間からスピーチまで」
すみません、心当たりしかありませんでした。中間テスト期間とはいえ、僕が雨竜を占領していたせいで蘭童殿は雨竜と接する機会をなくしてしまったのかもしれない。
とはいえ言い訳の一つでも言いたいところ、奴隷である僕に拒否権はなかったんです。雨竜のことは嫌いになっても、僕のことは嫌いにならないでください。うん、あまりに困難な願望だった。
「青八木先輩のカッコいいところが見られたのは良かったですが、ますます遠くへ行ってしまいました……」
蘭童殿への謝罪の弁を考えていると、彼女の表情に陰が差しているのが分かった。
今日の部活動、雨竜は参加していない。先程までやり取りしていた僕は知っているが、生徒会長として学園祭に絡む資料を読み込んでいるため欠席している。あいつは部活に拘りがあるタイプでもないし、生徒会役員としての仕事を優先してしまうことが今後も増えてくることだろう。
「ただでさえ学年が違って不利なのに、部活動までいらっしゃらなくなったら、少ししんどいかもです」
そのことをなんとなく察したのか、蘭童殿らしからぬ弱きな発言が出てしまっている。
彼女はいつも自分で道を切り開いてきた。雨竜と会う機会がなければ同じ部活に入り、それで足りなければ教室にだって突撃してくる。デートの誘いだって臆せずできる彼女の積極性を僕は尊敬しているのだ。
そんな蘭童殿が、物理的な距離を感じてまいっている。デートが失敗したときのように、僕に不安を吐露してくれている。
良かった。蘭童殿の相談に乗れていないことが多い僕だが、勝手に動いていた準備は全く無駄にならないのだと悟ることができた。
「蘭童殿、今日は蘭童殿に会いに来たんだ」
「私に、ですか?」
そう前置きし、僕は塞ぎ込む蘭童殿へ提案した。
「生徒会役員に興味はないか?」
「えっーー」
蘭童殿の目が見開いた。まだうまく、僕の言葉を呑み込めていないのかもしれない。
「今日から動き出した学園祭やらのフォローだったり、学校のために動く部隊だな。偉そうに言ってるが僕もあまり内容は把握していない」
「学校の代表、それに私が?」
「問題なくできるだろ。部活のマネージャーとして勤しんでる蘭童殿なら」
「で、でも、生徒会役員になるには会長である青八木先輩の承認が」
「それも問題ない。生徒会書記と会計の枠は、僕が決めていいと雨竜と交渉済みだからな」
ここでようやく、蘭童殿は僕の提案の意味を理解したようだった。僕を通じて、生徒会役員になる資格があるということを。
「後は蘭童殿の気持ちの問題だ」
「私の、気持ち……」
「生徒会役員の仕事は楽ではない。勉強に部活と合わせて取り組んでいくもので、時間が足りないと嘆くときが出るかもしれない」
「……」
「それでも、部活動以上に堂々と雨竜と一緒に居られる場だ。役員として頑張る姿を見せられる場でもある。どれだけ大変だったとしても、それに見合うリターンはあると思ってる」
そう言い終えて、僕は蘭童殿を見やる。彼女の前向きさを知っているからこそ余計な心配はしていなかったが。
「……まったく、廣瀬先輩は過保護が過ぎますよ」
案の定、彼女はすでに復活していた。瞳には力強さが戻っており、口角も少し上がっていた。
「廣瀬先輩の立場なら、自分が生徒会役員として有用であるようアピールしてこいって言うべきでは?」
「成る程、それも確かにアリだ。今後の参考にしよう」
「……まあ、そういう優しい先輩だから全幅の信頼を置かせてもらってるわけですが。私もあいちゃんも」
そう言って、蘭童殿は決心したように自身の胸元に手を置いた。
「不肖蘭童空、生徒会役員としてがむしゃらに働かせてもらいます! せっかく廣瀬先輩からいただいた機会、絶対にモノにしてみせます!」
「うむ、いい覚悟だ」
蘭童殿の熱い思いを聞いて、僕の表情も少し綻んだ。
そうそう、蘭童殿はこれでいい。周りの目なんて気にせず、これからも自分の気持ちに正直に突っ走ってほしいものだ。




