5話 マイペースお嬢さま
雨竜との会話を終わらせ、ミラーボールと少し戯れてから、僕は美晴と連絡を取ることにした。
生徒会役員に選んであげられなかったことを謝罪するためである。
わざわざ伝える必要があるのかと思わなくもないが、役員に蘭童殿と真宵がいれば僕の介入に美晴なら気付くはず。後から愚痴られる前に先手必勝するのである。
実際、優先順位を下げたことを悪く思ってはいるし。
ラインを送ってみると、『保健室にいるよ』と返信が来たので向かうことにした。謝罪の品として温かいお茶を購入をしてから保健室へ行くと、中から会話が聞こえてきた。
「これでおしまい。私なりにできることはしたけど、ちゃんと病院で診てもらってね」
「は、はい! ありがとうございます!」
中を覗くと、美晴が目の前に座る男子生徒とやり取りをしていた。どうやら足を怪我したらしい男子生徒の応急処置をしていたらしい。
「寒くなると身体が縮こまっちゃうからね、部活前にしっかりストレッチをしてくださいね?」
「は、はいいい! ありがとうございましたああ!!」
美晴が笑みを向けると、男子生徒は勢いよく立ち上がり、そのまま保健室を後にした。あいつ、足を怪我してたんじゃなかったのか。凄まじいスピードだったんだが。
「こんにちは、雪矢君」
美晴は僕に気付くと、いつものように笑みを浮かべて僕を迎えた。先程までの対応を見ていたせいで、教会にでも迷い込んだのかと錯覚しそうだ。
「美晴が保健委員として働いてるの初めて見た」
「そうだね、雪矢君に見られるのは初めてかも。こう見えて評判は良いんだよ?」
「どう見たって良い評判しかないだろ」
保健室に行ったら現代の大和撫子が生息していて、甲斐甲斐しく自分の怪我を治療したり体調を気遣ったりしてくれる。お金を払わなければ罰が当たりそうな状況だ。神様かな?
「学園祭の準備は良いのか?」
いつものように保健室にいる美晴だが、クラスによっては部活動を犠牲にして学園祭の出し物について話し合っている時間である。Bクラスは出雲の手腕で方針を決めて詳細は後日としたが、Dクラスはどうなったのか。
「大丈夫、ウチのクラスはだいたい決まってるし」
「何するんだ?」
「去年のBクラスと似てるけど、和装喫茶だよ」
「成る程」
去年のウチのクラスはコスプレ喫茶を行ったが、Dクラスは和装に拘ったようだ。美晴を中心にするなら間違ってはないだろう。
「1回1回私に許可を求めるから時間が掛かっちゃったけど、みんなの熱意も凄いし良いものができるんじゃないかな」
うむ、Dクラスの会議状況が目に浮かぶようだ。美晴に断られたら企画が破綻するからな、そりゃ進め方にも気を配るだろう。
「他人事みたいな言い回しだが、お前だって楽しみなんだろ?」
「勿論。運動と違ってみんなのお手伝いができるからね」
「お手伝いって、謙遜が過ぎるだろ」
美晴の能力をゲームのステータスで表現するなら、運動能力が最低値の代わりに、それ以外の能力がカンストしているような化け物である。
去年の学園祭でも衣装の製作やメニューの考案を携わりながら、接客側としての練習も欠かさなかった。アグレッシブな晴華の方が目立つ傾向にあるが、裏方にも回れる器用さや創造力はハレハレの片翼に相応しいと言えるだろう。
「そういえば、雪矢君の用事は?」
学園祭の話に区切りがついたところで、美晴から話を振られた。
楽しげな話の後にするのは多少申し訳ないが、引っ張っていても仕方ないのでズバッといこう。
「悪い。生徒会役員の席、他のメンツにあげた」
「……ん? 話がよく見えないんだけど」
不思議そうに首を傾げる美晴に、僕は1から説明することにする。
生徒会役員の人選について、先程まで雨竜と話していたこと。3枠要望を出していたが、雨竜からは書記と会計の枠しかもらえなかったこと。僕の独断により、蘭童殿と真宵を推していること。それらを全て伝えた。
「いいんじゃないかな、雨竜君もいい感じに困りそう」
僕はズッコケそうになった。このお嬢さんは、どの視点でものを語っているのかな。
「お前な、もう少し悔しそうにとかできない?」
「あーあ、雪矢君のせいでまた2人にリードされちゃったなぁ」
「うっ……!」
あからさまに僕が狼狽えると、美晴の笑顔の輝きが3割増した。そりゃ想定していたフレーズなわけだけど、そんなに嬉しそうに言う事ある? 言葉と表情合ってなくない?
「ふふ、冗談だってば」
「だったらもう少し冗談っぽく言ってくれ」
「それは雪矢君の受け取り方が悪いんじゃないかな?」
「どう受け取るのが正解なんだよ」
「そうだね、『よーし、じゃあみんなに負けないように僕がバックアップしなくっちゃ!』かな?」
「なんて聖人な男なんだ」
「ありがとう雪矢君」
「先にお礼を言うな」
美晴の空気感に巻き込まれ、僕は思わず溜息をついた。ここまで主導権を握れず会話が進むのは同級生だと美晴くらいのものだ。
「気にしないで大丈夫だよ。3枠あったところで私は辞退してるし」
すると美晴は、本心からなのか、僕の罪悪感を薄めたかったからなのか、そもそも生徒会には入らない旨を僕に伝えた。
「なんでだよ、僕なりのお膳立てだぞ?」
「雪矢君こそ酷いなぁ、私は雨竜君と一対一で話せないって知ってるのに」
「いやいや、前は普通に話せてただろ。晴華と4人でご飯食べた後に会話したとき」
「あれは雪矢君がいてくれたでしょ? それなら大丈夫だから」
「それを卒業しないとステップアップできないじゃないか。別に僕じゃない誰かでも間に入ってればいいんだろ?」
「ううん、雪矢君じゃないとダメだけど?」
「なんでやねん」
「あたっ」
美晴に軽くチョップすると、美晴は頭を押さえて苦笑した。苦笑したいのはこちらの方なのだが、それを言っても彼女の様子は変化しないだろう。
「まったく、宝の持ち腐れじゃないか」
これだけ優れた容姿を持っていて、成績も優秀、おまけに家事全般に精通しているという圧倒的なスペックを持ちながら、よく分からないところで足踏みをしている。勿体ないお化けも裸足で全力疾走するレベルだ。
「会話に重きを置かなくていいんじゃないかな? 私は楽しそうな姿を見られるだけで満足だよ?」
「だからそうやって消極的な方向に進むな! 栄光を掴みたいなら手を伸ばすんだ!」
「雪矢君、ハイタッチ」
「物理的な話じゃねえよ!」
……もうやだこの子。名前に晴の付く奴らはマイペースしかいないのか。




