3話 心理テスト
「おっす」
藤宮先輩と別れ、朝の時間を自学に費やしていると、遂に評判だけでなく陽嶺高校事実上のトップとなってしまった男、青八木キングダムこと青八木雨竜が声を掛けてきた。
「……」
先程まで前生徒会長と話していたこともあり、出かかった返答が途中で止まる。
……生徒会室の鍵、コイツに返した方が良いんだろうか?
存在してはいけないかもしれない金属片を軽く握り、頭を左右に振る。
いや、ダメだ。下手したらミラーボールを救出する前に鍵を奪われるかもしれない。彼の安全を確保するまでは秘匿にしておくべきだろう。
「……なんだよ」
挨拶も返さずぼんやり見つめていると、訝しげにこちらの様子を窺う雨竜。おはようと返せば良かったのだが、タイミングを失ってしまった。
「……」
ふと、こういう時雨竜はどうするのだろうと思った。コミュ力天元突破をしている此奴が、現状のような気まずい雰囲気をどう攻略するのか気になってしまう。いつも通り容易に解決してしまうのか、それとも見つめ合うと素直にお喋りできないのか、どう出る青八木雨竜!?
「ははーん、また心理テストか?」
第三の選択肢だった。雨竜は得意気に口角を上げるが、いい加減僕が何か企むと心理テストだと思う病気を治していただけないだろうか。
「お前には散々心理テストを仕掛けられたからな、俺も少しは勉強したぞ?」
一応弁明させてもらうが、僕から雨竜に心理テストをしたことは一度もない。全てコイツの思い違いである。
「今でこそ占いみたいなイメージが根付いてるけど、元々は個人の知能や性格を測定するために開発されたもので、戦争の軍隊編成や教育現場での活用なんかに応用されてたんだとさ」
そしてお得意の知識語り。今回にいたっては僕から何も仕掛けていないのに勝手に劇場が上演している。この状況、雨竜のファンなら1000円で買ってくれないだろうか。今なら学割きいてます。
「就職活動の性格診断なんかまさに古き良き心理テストだからな、一般的な知識だけじゃなくて適性で優秀な人材かを判断するってのが面白いんだ。俺が人事だったら、知識0でも適性100の人間を迎え入れたいしな」
久しぶりに、花言葉のリベンジといわんばかりに雨竜を制圧できるテーマをぶつけようと思ったが、目の前が真っ暗になりそうだった。まさか戦う前から戦意喪失に追い込まれるとは。2年Bクラスの皆さん、早く登校して雨竜君と心理テストの話をしてあげて、僕はもうダメポ。
「あっ、ちなみに心理テストと心理検査は違うからな? それくらいはお前でも知ってると思うが」
僕は学園祭でコイツに挑もうとしているのかと、今更ながら戦々恐々とするのであった。
ー※ー
「へーい、席につけよー」
雨竜の心理テスト地獄に付き合わされてそろそろ限界が来た頃、ミスター白衣たる長谷川先生が救世主のごとく登場した。
ちなみにクラスの連中は出雲含めて誰一人雨竜の暴走を止めてくれなかった。酷いクラスだった。
「中間テストお疲れは昨日言ったからいいとして、青八木は生徒会長就任おめでとう」
「ありがとうございます」
「信任とはいえ選挙は選挙だからな、廣瀬も推薦人お疲れさん」
「ホントに疲れましたよ」
一区切りついていろいろ思い起こすが、僕は雨竜の奴隷のように働かされていた。時にはスピーチの台本を3分以内で考えさせられ、時には雨竜台本に従って頭をしばかれ。
そしてこの原因を作ったのは雨竜を推薦した長谷川先生である。本来なら抹茶の1杯でも奢ってもらいたいところだが、雨竜に諸々要求したいことがあるのでそれで手打ちとしよう。
「青八木は来週頭には生徒会役員を誰にしたいかまとめとけよ。学園祭準備がすぐ始まるしな」
そう、これだ。僕が要求したい事柄1つ目は生徒会役員の人選である。ここにねじ込めればここから1年間、雨竜と生徒会を通じて距離を縮めることができる。
というわけで、ここは是が非でも僕の意見を通させてもらう。どうせ雨竜1人いれば回る組織だ、僕のわがままを通したところで大きな問題はないだろう。
「それで皆さんお待ちかね、学園祭だ。詳細は分かってると思うから省くが、開催は1ヶ月後だ。クラスの出し物と部活や有志の出し物があるから役割分担はしっかりな、御園がいるからその辺りは心配してないが」
「クラスの出し物って来週水曜日が締切で合ってますよね?」
長谷川先生の声掛けで早速動き出したのは、我らが委員長である御園出雲だ。こういう時、率先して動いてくれる存在というのはクラスにとっても有難いだろう。
「そうだな。例年通り授業の一部が学園祭準備に充てられるが、基本は放課後を使うもんだと考えてくれ」
「分かりました。そしたら早速今日の終礼後に時間取ります。みんなもそれでいい?」
出雲に声を掛けられ、各々が前向きな返答する。どうやら滑り出しは悪くないらしい。
「じゃあ朝礼は終了。これから学園祭準備が主体になるが、部活や受験勉強に比重を置きたい人もいるだろうし、メリハリをつけて取り組んでくれ」
長谷川先生にしてはまともな朝礼(失礼)を終えると、クラスは賑わいを見せ始めた。
学園祭は体育祭に並ぶ陽嶺高校の大型イベントで、その準備期間を踏まえると、慌ただしさは随一とも言える。体育祭は特定の競技に参加していない生徒にとっては開始を待つだけの催しだからな。
そこへいくとクラスメートが浮き足だってしまうのも無理はない、勉強以外の非日常要素など楽しみでしょうがないのだろう。中間テストの後となれば尚更だ。
「長谷川先生、お前に何も振ってこなかったな」
どこか俯瞰気味でクラスの様子を見ていると、心理テスター雨竜がニヤニヤしながら声をかけてきた。
「去年の実績だけ見れば真っ先に何か言ってきそうなものだが」
「あのな、こっちは生徒会選挙でお前のお守りさせられたんだぞ。何度も当てにされてたまるか」
確かに去年、1年Bクラスは僕の指導のもと、コスプレ喫茶を開き、2位と圧倒的な差をつけて首位を獲得したが、あれは長谷川先生が1位になったら高級焼肉店を奢ってくれると言ったからである。
それに面子も申し分なかった。雨竜は勿論、晴華、美晴、出雲、真宵が揃って接客をやらせているのだ、こんなの僕が仕切らずとも1位は取れる。
まあ、終盤で真宵がサボったせいで大変だったし、僕も結局焼肉には行ってないんだけどな。
「そりゃ残念。お前の女装姿はもう拝めないのか」
「そもそも去年も披露する予定なかったわ! 人手が足りないからって僕が駆り出されたと思ったらあんな……!」
「くく! あんなに違和感ない女装は初めてだったな」
「忘れろ! 紛うことなく僕の黒歴史だ!」
畜生、実績だけを考えればこの上ないイベントだったのに、2日目の約1時間のせいで思い出したくない記憶となってしまっている。父さんが来たのが1日目でホントに良かった。
「雪矢、ちょっといい?」
机の上で頭を抱えていると、学園祭を任された出雲がこちらの席に近寄ってきた。
「女装ならしないからな!?」
「……なんで私があなたに女装を頼むのよ」
出雲は怪訝そうにこちらを見るが僕は騙されない。去年の学園祭で美晴と協力して僕の衣装を準備していたのはこの女である。僕のダンディズムを輝かせるなら雨竜同様燕尾服で良かったというのに。
「じゃあ何の用だよ」
「どれだけ警戒してるのよ、普通にクラス出し物の相談をしたいだけだって」
僕が猫のように目を光らせていたせいか、出雲は呆れたように苦笑していた。
「それなら雨竜に頼めばいいだろ。見てみろこのアホ面、心理テストのことしか考えてないぞ」
「酷い言われようだな」
「青八木君は生徒会の仕事があるでしょ。暇なあなたが手伝いなさい」
ちょっと待って、僕ってそんな暇そうに見えるの? 生徒会選挙とか結構な仕事してたよ?
というか他のクラスメートがもっと頑張れよ、僕を働かせすぎだろ。体感のクラスメートが10人いないんだが。
「おい雨竜、お前なら生徒会活動しながらクラスもまとめられるだろ」
「悪いな。今の俺は心理テストでいっぱいいっぱいだ」
心理テストでいっぱいいっぱいなんて状況、存在しません!




