0話 1年前の出来事
遅くなりました。
6章スタートです。
「はいはーい、さっさと席につけー」
中間テスト、生徒会選挙を終えた翌日、いつものように朝礼を開始する1年Bクラス。
「中間テストお疲れさん。あんまりできなかったやつはちゃんと復習しておけよ、物理と化学だけでいいから」
「それが担任の言葉ですか」
担任である長谷川の教師らしくない発言にすかさずツッコミを入れる御園出雲。もはやお馴染みの光景である。
「それと、今日から学園祭の準備が始まるから簡単にその説明をするな」
学園祭というキーワードに、教室内が少し騒がしくなる。中間テストという勉強期間から解放されたこともあり、楽しげなイベントに心を躍らせていた。
「学園祭、一応ウチでは学校名から『陽嶺祭』と言われているが、2日間に渡って行われる生徒主体のイベントだ。クラスは勿論、部活や有志毎で催しに参加することができる。各々何をするか決めて、教室や体育館、許可が出れば中庭や校舎前で披露することができる。クラスイベントに関しては予算が出るし、一定額までなら実費で投資を認められている」
「すごーい! けっこういろんなことできそうだね!」
長谷川の説明に声を上げたのは、ポニーテールが特徴的な神代晴華。学校でもトップクラスの美少女である。
「予算は全部使わなくたっていい。飲食ならともかく、展示やイベント系は使い込まないことが多いしな」
「それってメリットあるんですか? 節約できるに越したことはないですが」
「2日間の売上から使った予算を引いた金額でランキングを競うことになるからな、予算を残せるだけ残した方が有利になる。上位に入ると学食の無料チケットなり食品券なりがもらえるぞ」
「おお! 勝負事いいね!」
学園祭の概要が見えてきて、さらに沸き立ってくるクラス一同。ランキングという形で結果が出るということもあり、一部の生徒は既に臨戦体制だった。
「クラスイベントは3年を除き全員参加。部活動や有志による出し物は立候補制で、体育館のステージで披露する感じだな。教師陣の判定で優秀だったものは部費に繋がるから良いアイデアがあるなら是非参加してみてくれ」
「有志の出し物が優秀賞取ったらどうなるんですか?」
「知らん。先生に聞いてみてくれ」
「あなたも先生なんですが」
相変わらずの長谷川と出雲のやり取りに笑いが生まれる。学園祭で漫才を披露したら一定数はウケそうだ。
「とまあ、各自学園祭にはいろんな関わり方ができる。生徒会でも企画を用意しているようだしな。準備期間は短いが、それも含めて堪能してくれ。あからさまにサボるような真似はするなよ、特に廣瀬」
名指しを受けたのは、沸き立つ周りとは対照的に頬杖をつきながら退屈そうにしている男子生徒、廣瀬雪矢だった。
クラスの視線を集め、面倒くさそうに後頭部を掻く。
「まったく、何を根拠に言ってるやら。こっちは名誉毀損で訴えてもいいんですよ?」
「俺の授業に8回遅刻している実績からだが?」
「適当なこと言わないでください、9回です。これは被害詐称で訴えられても文句言えないですね」
「先生が悪かった、この通りだ」
「ふん。分かればいいんですよ」
「いやいや、なんで立場逆転してるんですか?」
何故か長谷川が雪矢に謝る展開となり、出雲慌てて2人の会話に割って入る。
「あれ、確かに。てか回数増えてね?」
「ちっ。臆病委員長の分際で邪魔しやがって」
「聞こえてるわよ。ふらふらするのは勝手だけど、クラスに茶々入れたら許さないから」
「言われなくても関わらねえよ」
長谷川とは別の意味で名物な2人を見て、狼狽えたのは出雲の近くに座る晴華。
「ちょっとズーちん! 作戦失敗しちゃうから!」
「作戦?」
「ハッセン続き! 続き早く!」
「あっ、はいはい」
雪矢に悟られないよう晴華は小声で長谷川を諭す。彼も思い出したかのように言葉を紡いだ。
「なあ廣瀬、今回はクラスの輪に入ってイベント盛り上げないか。お前いっつも不参加だろ、たまにはクラスメートと青春しようぜ?」
「とんだ世迷言ですね。僕に何のメリットがあるのやら。そういう慈善事業はこのアホがやればいいんですよ」
そう言って雪矢は、親指で隣の席に座る男子生徒、この学校きっての有名人である青八木雨竜を差した。
「だそうだ青八木。お前実行委員やるか?」
「俺は廣瀬君がやるのがいいと思いまーす」
「テメエ、心にもないこと言ってんじゃねえよ」
「誰かさん対策の恋愛相談に乗ってるんだろ、俺より慈善事業に向いてると思うが?」
「コ・ノ・ヤ・ロ・ウ、誰のせいだと思ってんだ!」
「自業自得としか言いようがないな」
「カッチーンきた。法廷で戦う準備はできてんだろうな」
「はいはい落ち着け。どうどうどう」
会話が別の方向にヒートアップしそうになったので、長谷川はすかさず軌道修正する。雨竜のおかげで何人かの生徒が雪矢と接するようになってくれているが、塩対応は相変わらずである。
「廣瀬、先生だって馬鹿じゃない。何にもご褒美無しにお前を頑張らせる気はないぞ」
「ご褒美?」
「そうだ。廣瀬が仕切った出し物でランキング1位を取れたら、焼肉奢ってやるよ」
「はっ、焼肉って。今時小学生だって釣れませんけど」
「ただの焼肉じゃない、JOJO苑だ」
「JOJO苑ですと?」
先程までずっと不機嫌そうにしていた雪矢の表情が変わる。
JOJO苑とは外食をほとんどしない雪矢でさえ知っている高級焼肉チェーン店である。ブルジョワたちが訪れる自分には縁がない場所だと思っていただけに、この提案は魅力的に思えた。
「その話、本当でしょうね?」
「俺の教師魂にかけて誓おうじゃないか」
「御園出雲に頭が上がらない教師魂にですか?」
「……成人した大人として誓わせてもらう」
「なんでそこで日和るんですか……」
出雲は呆れてものも言えなかったが、向き合う2人の表情は真剣そのものだった。
「ちなみに達成できなかった場合は?」
「何もなし。ノーリスクだ」
「……いいでしょう、交渉成立です。ただしクラスの連中が僕に従わなかったらすぐにやめますが」
「はっ? あんたの言いなりになれって言ってんの?」
耐えきれず口を挟んだのは、金髪のロングヘアーを携えた女生徒、名取真宵だった。雪矢に向けて厳しい視線を向けるが、雪矢はまったく怯まない。
「当たり前だろ。言うこと聞かない従業員抱えてどうやってノルマクリアしろっていうんだ」
「そんな態度で人がついてくると思ってるわけ?」
「名取さん、雪矢には無茶苦茶させないから今は様子見してもらっていいかな?」
「…………ふん」
雪矢と真宵の言い合いに雨竜が申し訳なさげに割って入ると、真宵は渋々といった感じで推し黙った。
「よーし、これでまとまったか? なら朝礼は終わりーー」
「長谷川先生」
学園祭の話を締めにかかった長谷川を制止したのは、美しい所作で手を挙げながら微笑む美少女、月影美晴である。
「ん? 何か質問か?」
「質問というか、気になったんですが」
「何が?」
「雪矢君だけご褒美ってズルくないですか? 私たちみんなで頑張る学園祭なのに」
「えっ?」
「そうそう! ミハちゃん良いこと言った! せっかくだからクラス全員にご馳走してくださいよ!」
「アホか! そんなことしたら破産するわ!」
「へえ、教師って特定の生徒だけ奢るなんてことしていいんですね、へえ」
「ちょっと待て、こんな話だっけ? さすがに40人分奢るってのは」
「先生、スタートからクラスのモチベーション下がったら話にならないんですが」
美晴から始まり、晴華、出雲、雪矢の猛攻により、腕を組みながら宙を見上げる長谷川。
「う、うう〜!」
自分の懐事情と生徒たちのモチベーションを天秤にかけ、
「……分かった。お前たちがランキング1位になったら、全員JOJO苑奢ってやる」
震える唇から、子どもの財力なら到底言い放てないことを言ってのけた。
瞬間、朝にして今日一の盛り上がりを見せる1年Bクラス。
「言っとくが学園祭の売上は全部ここに充てるからな! その上で足りない分だけだぞ!?」
長谷川の泣き言はクラスの喧騒に掻き消され、誰に耳にも届かない。「ちゃんと言ったからな」と釘を刺し、そそくさと教室から出ていった。
「雪矢、あっさり受けたが勝算あるのか? 2年生と比べたら経験値的に不利だろ」
「アホか。こんなに有利に進められるイベントが他にあるかってくらいイージーモードだよ」
そう言って、雪矢は『戦力』となるクラスメートたちに目を向ける。
こうして、1年Bクラスの学園祭が始まったのであった。
学園祭の説明をしたかっただけで本編ではありません。




