44話 乙女たちの語らい11
「大変由々しき問題にございます」
生徒会選挙を終え、久しぶりの部活動に精を出した後、とある少女の連絡により緊急収集することになった5人。
神代晴華は、馴染みの喫茶店でいちごミルクを啜ると、仰々しく本題に入った。
「ユッキーとウルルンの仲が良すぎると思いませんか!?」
それを受け、2人の少女が怪訝そうな表情を浮かべる。もう1人は頭に?を浮かべ、最後の1人はいつものようにニコニコしていた。
「……いつも通りじゃないの?」
首を捻っていた桐田朱里は、晴華の強い物言いに疑問を呈していた。彼らの仲が良いのは端から見れば当たり前のことであり、今更主張することではないと思うのだが。
「甘いよシュリリン。いつも通りだって言うなら、今日の生徒会スピーチをどう説明するの?」
「ど、どうって」
「ユッキーの落として上げるスピーチ、ウルルンのイージスの盾スピーチ。どう見たって相思相愛だったよ!」
「晴華ちゃん、イージスの盾なんてよく知ってるね」
「えへへ、最近覚えたんだー」
晴華の真剣な面持ちを一瞬で蕩けさせる美晴。これ以上はスムーズに進行しないと感じた出雲が、軽く息を吐いてから舵を取る。
「晴華の言うことも分からなくはないわ」
「だ、だよね! なんか1つの壁取っ払っちゃってるよね!?」
「だとして、由々しき問題って何よ? 結構なことじゃない、友達同士が仲睦まじいなんて」
「はあ、ズーちんまで事の重大さが分かってないなんて」
今度は晴華が、呆れるように溜息をついた。
そして、両肘を着き指を絡め、その上に顎を置いて瞳を輝かせた。
「……ユッキー、このままウルルンとくっつくんじゃないかと危惧しております」
「はあ?」
突飛すぎる晴華の言葉に思わず声が漏れた出雲。
ここにいる誰より普段の2人を見ている自信のある彼女だが、漫才のように息が合うことはあれ、とてもお互いを性的に見ているとは思えなかった。
「成る程、なくはない考察だわ」
これまでだんまりを決め込んでいた真宵だったが、自身の経験も踏まえ、晴華を肯定する立場へ着いた。
「あの2人、男子高校生とは思えないほど女子に対する関心が薄いもの。その理由が同性へ向かっているというなら納得がいくというもの」
「ええ? 納得いくかなぁ」
真宵の主張に懐疑的な姿勢を見せる朱里。確かに2人が女子に対する関心が高くないと思うときもあるが、あくまで都度都度の優先順位の話で、恋愛対象は女子だと思っている。
少なくとも雪矢は自分を恋愛の対象と見てくれようとしてくれていた、この場では口が裂けても言えないが。
「雨竜君はともかく、雪矢君は違うんじゃないかな? じゃなきゃ、梅雨ちゃんへの返答を保留にしないんじゃない?」
朱里の心を読み取ったかのように、綺麗な反論を述べる美晴。
「違うのミハちゃん、あたしだってそれは分かってる。ただ今回の生徒会選挙でただならぬ予感を覚えてしまったの!」
だが晴華は、親友の発言さえも一蹴してしまう状況だった。
「ただならぬって、具体的に何なのよ?」
「分かんない! あくまでスピーチを聴いた感想! 2人の絆が強固になって隙がないんだよ!」
「そうかな、元々2人の仲って私たちが入れないくらい良かったと思うけど」
「月影、あんたが喋ると悲しくなるから黙ってなさい」
「ええ……」
いつぞやの勉強合宿よろしく、真宵に口を封じられる美晴。「せっかく呼ばれたのに……」と零す彼女の様子はさながら叱られた子供のようだった。
「なんかライバルが梅雨ちゃんだけじゃなくてウルルンも増えるとなると気が気じゃなくてさ、こうしてお呼びたてした次第でございますよ」
「ったく、どうして異性がライバル候補になるわけ?」
「そんなのあたしが知りたいんだけど! しかも最強のライバル候補なんだけど!」
状況は、現状に不安を感じる晴華と真宵、未だ現状を飲み込めていない朱里と出雲、「多様性の時代だねー」と小さく呟く美晴の3勢力に分かれた。
「それで、妙案があれば授かりたいところなんだけど」
不安げに眉を顰める晴華に、最初に応えたのは出雲。
「普通に聞いたらいいんじゃない、青八木君か雪矢にお互いをどう想ってるか」
「バッテン不採用です! それで肯定的な返答きたら心折れちゃうんだけど!?」
晴華が激しく意見を否定するが、肯定的な返答が来るわけないと思ってる出雲からすれば判定は不服だった。
「神代の乳に手を当てさせて、揉んだら問題ないってどうかしら? ちなみにこの案は『揉んだ』と『問題』が掛かってて」
「意味分かんないし解説もいらないから! あたしが恥ずかしいだけじゃん!」
「ちっ。意見求めといてあっさり捨てるんじゃないわよ」
「じゃあマヨねーがやればいいじゃん!」
「それで揉まれなかったら女として生きていけないじゃないの!?」
「そんな案あたしに提案しないでくれる!?」
あまり幼い子供には聞かせられない討論を繰り広げる晴華と真宵に対し、他人のふりをしたいと思う3人。
そもそもの話、出雲の意見が反対された段階で、どう足掻いても確信を得ることはできないのである。皆が納得のいく着地点を見つけるのは非常に難しいと言わざるを得ない。
「ちょっと月影、こういう時に意見を言うのがあんたの役目でしょうが!」
「ええ……」
晴華との言い合いで疲弊したらしい真宵は、大層な理不尽と無茶振りを美晴にぶつける。
とはいえ驚いていたのは最初の一瞬だけで、元々思い付いていたように美晴は皆に向けて言った。
「雨竜君から雪矢君に、好きな異性のタイプを聞いてもらうのはどうかな」
「好きな異性のタイプ?」
「うん。梅雨ちゃんを応援したい雨竜君にとっても嫌なことじゃないし、雪矢君がスムーズに応えるなら疑念も解消されるでしょ?」
「成る程! さすがミハちゃん!」
「ちょっと待ちなさいよ、それじゃあ青八木の疑念が晴れないじゃない」
「それも大丈夫じゃないかな。雨竜君から聞かれたこと、雨竜君に彼女を作ってもらいたい雪矢君なら同じように聞き返すと思うし」
「それは、確かにそうね」
「雨竜君に頼んでスマホを通話中にしてもらえば、リアルタイムで情報を得られると思う」
「疑念を晴らせる上にユッキーの好きなタイプまで聞けるなんて、ミハちゃんはやっぱり天才だよ!」
「上手くいく保証はどこにもないけどね」
さっきまでのバカ騒ぎが嘘のように収まり、晴華から始まったどこか素っ頓狂な疑念の解消方法が、何とか美晴の手によってまとめられていく。
「……さすが」
いつもと変わらない笑みを浮かべる美晴を見て、素直に感嘆の声を漏らす出雲。
勉強としての知識であれば、文理別とはいえ出雲も美晴に負けないと思っているが、こういった日常生活の知恵的な部分ではとても敵うとは思えなかった。
「よーし、じゃあ早速明日ウルルンを突撃してみるね!」
晴華の締めによってこの場は解散する少女たち。
こうして、廣瀬雪矢と青八木雨竜の同性愛疑惑の解消に努めるべく、少女たちは動き出すのであった。




