43話 モテすぎる悪友
生徒会選挙が終わり投票が終わると、生徒たちは解散、現生徒会役員と僕と雨竜はステージを片付けていた。
僕はさっさと戻りたかったが、雨竜が付き合えとうるさかったので仕方なく手伝う。今日も今日とて僕の寛容さが光る1日である。
「2人ともあんがとー! 開票とかはこっちでやるから戻っていいよ!」
藤宮先輩の言葉を受け、僕と雨竜は体育館を出る。真っ直ぐ教室に戻るのかと思いきや、雨竜が飲み物を奢ってくれるとのことで、体育館前の自販機へ寄り道することになった。
「お疲れさん」
「ホントに疲れたぞ」
雨竜からホットのカフェオレを受け取り、僕は一口飲んだ。
スピーチ自体は大した疲労ではなかったが、生徒たちによる投票時間が地獄と化していた。
1年生から順に投票し、終わった人から教室に戻る流れなのだが、僕らは投票箱の横に立たされ、投票する前の生徒へ一声かけなくてはいけなかった。
これが対立候補のいる選挙ならともかく、信任投票でやる必要があるのか甚だ疑問である。
結果、爽やか笑顔の次期生徒会長さまの前で佇む女生徒が爆増し、進行に滞りが起きたとかなんとか。その流れで僕にも声を掛ける生徒がいたものだから時間は余計に掛かっていたことだろう。あらためて青八木雨竜の人気に呆れ返ることとなった。
「満足したか、僕をステージに立たせて」
「大満足だね。信任投票なんてつまらないイベントで笑えたんだから」
ちょっと人には聞かせられない毒を吐きながら、雨竜は壁にもたれかかってコーヒーを飲む。雑誌の表紙を飾れそうな画角でなんか腹が立つ。
「言っとくが、お前のスピーチ普通過ぎて伝わったか分からないぞ?」
雨竜が僕をステージに立たせてやりたかったのは、あの事件の再発を防ぐよう楔を打つこと。ただ、選挙のスピーチとしてあまりに違和感のないものだったため、当事者に伝わったか確証はない。
まあ僕には理解できたわけだし、アイツらにも伝わっているとは思うが。
「大丈夫。投票前に容疑者をひと睨みしたが、気まずそうに目を逸らしてきた。間違いなく伝わってるだろ」
わーお。あれだけ女子たちとキャッキャウフフを堪能していたのに、やることはちゃんとやっていたとは。青八木雨竜、恐ろしい男よの。
「それに、お前をステージに立たせたのはそれだけが理由じゃない」
「何?」
コーヒーを一飲みすると、雨竜は僕をステージに立たせたもう1つの理由を話した。
「『あの青八木雨竜が推薦人に立たせてるってことは、廣瀬雪矢の貼り紙はデマだったんだ』と思わせたくてな。馬鹿正直にお前を引っ提げたらアレを認めているようなもの、だからゴリ押しでもお前に話して欲しかったんだよ」
とんでもない過保護っぷりに、僕は大きな溜息が漏れた。言ってることは理解できるが、この前提には、学校全体が青八木雨竜を信頼しなければ成り立たないのだ。青八木雨竜が信じる廣瀬雪矢を信じる、言葉で言うほど簡単なことではない。
「……大した自信だな」
「それに見合う学校生活をしてきたつもりだからな」
何一つ異論はない。強いて言うなら、1年前から僕とつるんでいたことがマイナスに捉えられている可能性はあるが、きっと瑣末なことなのだろう。
「まっ、これでお前の学校生活に懸念はなし。余計な遠慮は無用ってことだ」
「元々そんなに心配はしてなかったけどな、晴華たちはいつも通りなわけだし」
学校を欠席してしばらく経ったが、学校生活に大きな変化はない。そりゃある程度視線を感じるようにはなったが、雨竜と一緒にクラスを回ったんだから当たり前なわけであって。
「いやいや、ここから変わってくれないと俺が困るんだよ」
「はっ?」
コーヒーを飲み終えた雨竜は、自販機横のゴミ箱に缶を捨てると、僕を見てニヤリと笑った。
「体育祭の騎馬戦に今回の生徒会選挙、言わずもがなお前の知名度は上がってる」
「全く以って不本意だがな」
「見てくれも悪くないしコミカルなのは選挙前の挨拶で披露できた。頭が良いのもそのうち伝わっていくだろ」
「? 何の話だ?」
「神代さんに好かれてるのが知れ渡ってるのもちょうどいい。それだけで目に見えない魅力があるだろうことは分かるしな」
僕の質疑に耳を貸さずに、つらつらと情報を分析するように並べる雨竜。
急に何が言いたくなったかが分からなくなったが、それを察したように雨竜は僕に言い放つ。
「雪矢、お前一気にモテ始めるぞ」
僕の顔があからさまに歪んだのを自分でも実感した。この男は一体何を言い出しているのやら。
「びっくりするくらい顰めっ面だな」
「当たり前だろ。僕がモテる? 寝言は寝て言ってくれ」
「既に3人を侍らせている男の台詞とは思えんな」
「……人聞きの悪いことを言うな」
雨竜の指摘に心臓が飛び跳ねるが、だからと言って僕がモテるなんて全く想像できない。ついこの間まで友達だっていなかったというのに。
「お前がどう認識してるか知らないが、時間が経てば経つほどお前の良さに気付く人間が増えてくる。お前を想う人間が増えてくる」
「……」
「前に言ってたよな、相手を振るようなこと、何度も体験したくないって。このまま雪矢がフリーなままだと、結構体験する機会増えちゃうんじゃないかなぁ?」
「……そういうことかい」
何を楽しそうに話しているかと思いきや、そりゃ楽しくなるわけだと悟る僕。
僕を助けたかった気持ちに嘘はないだろうが、恋愛事で慌てる僕を見たいというのが本音か。というかあの事件が無かったら僕を助ける必要がなかったわけで、最初から雨竜の狙いは僕を大衆に晒すことだったわけだ。
「ゲスいなお前」
割とセンシティブなことをネタにされ、僕もただ呆れるわけにはいかない。どういうつもりなのか問い質そうとしたところで、雨竜が真面目な顔で返答した。
「悪いがこっちにも事情があるんでな。お前にはサクッと彼女を作ってもらうぞ」
これ以上は伝えるつもりはないのだろう、雨竜は詮索させないよう、再度口元を緩めておちゃらける。
何を抱えているか知らないが、雨竜の言うように僕がモテる保証はどこにもない。僕の恋愛の進行に影響はないかもしれないが、刺激にはなった。
「早くできれば相手が梅雨じゃなくていいんだな?」
「それは困る。3年後でいいから梅雨を選んでくれ」
「お前が焦らせるせいで冷静な判断ができないかもしれないが?」
「心配するな、お前はモテない」
今までの熱弁を帳消しにする手のひら返し男の発言に、何度目かの溜息をついた。梅雨が絡むとホントに不細工になるなこのお兄ちゃんは。
とはいえ、ただでさえ3人相手に苦労しているにも関わらず、雨竜が言うように、これ以上人が増えてもらっても困る。自分のレベルアップに時間を割く必要もあるのだ、不器用な僕では気が回らなくなってしまう。それは僕の望むところではない。
人との繋がりは素晴らしい。僕は身を以てそれを感じている。友情を恋愛感情へ昇華できるというなら、僕にとっても良いことなのは間違いない。
だからこそ、レベルアップをする。経験値を積んで、より良い自分を形成する。その為にしたいこと、するべきことがある。
ーーーーデートをする。僕の為に、彼女たちの為に、僕はデートを経験するべきだ。
「雨竜、そろそろ教室行くぞ」
「そうだな。それとお前はモテない」
「うっせえわ」
アホになった雨竜にチョップを躱されながらも、教室へ向かう僕ら。
中間試験、生徒会選挙を終え、陽嶺高校は学園祭を迎えようとしていた。
大変長くなりましたが、5章完結です。ずっと待ち続け、ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
番外編を経て6章へ向かいますが、スタートは少し遅れます。温かい目で見守っていただけますと幸いです。




