42話 ただのスピーチ
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『続きまして、生徒会長立候補者、青八木雨竜君、よろしくお願いします』
お次は、散々好き放題言ってきた雨竜の番。
堂々とした振る舞いでステージを歩くと、一礼をしてからマイクを取った。
「ご紹介預かりました、2年B組の青八木雨竜です」
普段通り、台本がないのに緊張している様子もないまま話し始める雨竜。僕は自分が礼と自己紹介を忘れていたことに気付いたが、本番前に要らぬことを吹き込んできた雨竜が悪いので反省はしない。
「まさか推薦人にあそこまでなじられると思わなかったので、非常に話しづらいと思ってます」
苦笑気味に話す雨竜に同調するかの如く、生徒たちがクスクスと笑い始める。僕のスピーチを餌に聞きやすい空間を作ったのは流石の手腕である、ウザいけど。
「正直、元々話しづらくはありました。現生徒会長が非常に優秀な方なので、自分がどんな風に学校を支えれば良いか、あまり思い付いていないのが本当のところです」
現生徒会長、藤宮姫子を優秀と言ったのはお世辞ではないだろう。正しいあり方かは別として、学校行事ごとに生徒たちが盛り上がるようにイベントを企画したことを雨竜は知っており、自分にはない行動力だと言っていた。
「創造する力と言いますか、一から作り上げることが得意ではありません。1年生にはバレちゃってるかな、クラス回りをしてた時にどんな公約が良いか聞き回っていたくらいです」
ここで、雨竜のスピーチ内容が予定と違っていることに気付く。
1年生からもらったアイデアは具体的な公約として上げるようなことを雨竜は言っていた。生徒会選挙に興味を持ってもらうためだけでなく、それ以降の学校生活でも生徒会活動に興味を持ってもらうために。
だが、この話の流れだと、公約の発表に繋がらない。ワンクッション何かが挟まることになる。
「ですが、アイデアや課題に対して対応するのは得意だと自負しています。これまで自分が培ってきた知識を駆使して、皆さんが創造したものを形にしていけるはずです」
案の定、雨竜のスピーチは僕の預かり知らぬ方向へと進んでいた。
自分の強みを明確に示すのは選挙活動において重要なことだと思うが、不自然だ。確かにコイツならできてしまう期待感はあるが、青八木雨竜とはこうも無責任な発言をしてしまう男だっただろうか。
雨竜はいったい、何を主張しようというのか。
「ですので、自分が生徒会長になった暁には、目安箱を活用し、生徒の皆さんが抱える疑問や悩みを解消していきたいと思います」
目安箱とは、江戸時代に始まった制度の1つで、施政への意見や生活の不満などを庶民に募るのを目的としたものである。現代でも学校や会社などで匿名的に活用されることがあるものだ。
「実は陽嶺高校でも制度自体はあったようですが、現生徒会メンバーが優秀だったこともあり、ここ1年は活用されていなかったようです」
自分たちで思い付いてしまえばアイデアは不要。だから藤宮先輩たちには刺さらなかったのかもしれない。そもそも目安箱の存在を知っていたかという疑問があるが、ちなみに僕は知らなかった。
「だから自分は目安箱を復活させ、現生徒会とは違った角度から、学校生活を支えていきたいと思います」
雨竜の公約。あり期待といえばあり期待、シンプルなことに違いはないが、それ故に雨竜ならばやってくれるだろうと生徒たちも思うはず。
最初の予想とは違っていたが、蓋を開ければ普通のスピーチだ。僕が貢献したのも立ち上がりだけだし、わざわざ僕が立つ意味があったのだろうか。
「目安箱は単に学校を良くしたいといったアイデアを募るだけのものじゃありません」
そう思っていたが、雨竜のスピーチは終わらなかった。むしろここからが本番と言わんばかりに、声を少し低くする。
「学校生活での不平不満、それをぶつけるのにも使える制度です。記名して相談をしてもいいし、匿名で不満をぶつけてもいい。青八木雨竜ムカつく、でもいいです。そう思っている人がいるという事実を胸に刻んで活動に取り組みます。だからまず、何かあったら目安箱に思いをぶつけてほしいです。真っ先に青八木雨竜にぶつけてほしい」
そして一呼吸置いたかと思うと、雨竜の目線が鋭く光った。
「決して他の生徒へ不満をぶつけないでください。それだけは絶対許しません、その為の目安箱です」
ーー生徒会選挙という公的な場を借りて、青八木雨竜は酷く私的なことを口にした。
「生徒同士がぶつかったって楽しくないですからね。そういう気持ちは先生方にぶつけましょう、教育熱心な先生方なら温かく解決してくれることでしょうし」
そして次にはおちゃらけたように生徒たちへ笑いを誘う。自分の言いたいことは言えたのだと、スピーチを締めにかかる。
現状悪い意味で話題の中心である僕をステージに立たせた理由が分かった。生徒会選挙にかこつけて、スピーチの内容を変えてまで、青八木雨竜はただ1つを主張したかった。
『友達にこれ以上不満をぶつけるのは絶対に許さない』
「……キモすぎるだろ、ホントに」
回りくどく、本当に伝えたい奴らに伝わったか分からない雨竜のスピーチ。これがただの公約だと思われたら間抜けもいいところである。
だとしても、雨竜らしさを崩さないまま実行した王道を往くスタイルに、僕は笑わずにはいられないのであった。




