40話 雨竜の考え
ブランク解消のため読み返しをしてたんですが、この作品けっこう面白いですね(つまり遅れて申し訳ありません)
「あんなに人呼ぶな」
「呼んでない」
「呼んでない?」
「勝手にきた」
「赤の他人?」
「友達」
「あんなに人呼ぶな」
「呼んでない」
「呼んでない?」
「勝手にきた」
「赤の他人?」
「友達」
「あんなに人呼ぶな」
「呼んでない」
「まあまあ2人とも」
学校での事件とは裏腹に、玄関に大量の靴があるだけで家にも入れない母親と無限ループしそうな会話をした翌日、僕はいつも通り学校へ向かった。
己の不甲斐なさを僕のせいにしたかったらしいが、僕より友達付き合いが少ない経験値のなさを呪った方がいいと思います。まあ母さんじゃ玄関を友達の靴で埋めるなんてできないけどね。同じことしたきゃ、ですわババアに靴を9足買ってもらうことですな。展示会かな。
電車で移動しながら昨日のことを思い出す。
友達に恵まれたのは本当にありがたい話ではあるが、周りから奇怪な眼で見られるのは避けられないだろう。彼らが僕のように気にしないでいられるか、正直心配である。
とはいえ僕が何を言ったところで聞く耳など持たないだろう、頑固な奴らばっかりだからな。
だったら僕にできることは一つ、これ以上のことが起こらないよう気を張ること。根源を断つ気はないが誰かは分かっているんだ、それほど難しいことではない。
それに、あの犯行ですら監視カメラに映るポカをやらかしているんだ。奴らもあれ以上に危ない橋は渡らないだろう。まあこれは願望も入っているが。
学校へ着くと、チラッと視線を送られることはあるものの、特段変わったことはなかった。靴箱やロッカーにいたずらされることもなく、机に落書きされることもない。
そんなあからさまな行為をされる想定はなかったが、こうも普通だと流石に拍子抜けである。昨日も休む必要はなかったんじゃないか。
「まあお前が問題児なのは今に始まったことじゃないしな」
登校してきた雨竜からそんな言葉をかけられてしまうが、さすがに問題児と犯罪者ではグレードが違いすぎるだろ。
まあいいや。僕を警戒して有象無象が声を掛けてこなくなるなら悪くない、最近は晴華の件もあって周りが鬱陶しかったからな。僕は自分のレベルアップに忙しいのだ、試験期間に追われる学生よろしく勉強させてもらおう。
と、鷹を括っていたのも一瞬であり。
「廣瀬君、一緒に昼ご飯食べよう!」
「まだ2限終わりだが?」
「ユッキー勉強! 勉強教えて!」
「数学を僕に聞くな!」
「廣瀬、結局青八木って不能なのかしら?」
「お前は勉強しろ!」
僕を心配しているらしい連中が休み時間や終礼後を見計らって訪れるため、学校に自分の時間などないに等しかった。
うん、あれだな。事件前後で何も変わってないな。というか周りじゃなくて身内が酷くなってるな。
僕の家であったシリアスな会合は一体なんだったのか、そう思うくらいに日常は勝手に進み、試験期間を迎えるのであった。
ー※ー
中間試験最終日、最後の試験を終えてクラスがザワザワと色めき立つ。結果を嘆く者もいれば新しく買ったゲームの話へ移行する者もいる。いずれも、試験からの開放感を早速満喫しているようだ。
「雪矢、行くぞ」
「へいへい」
だが、僕と雨竜にはもう一仕事残っている。生徒会選挙のスピーチ、今回は信任投票だから気は楽なものだが、面倒なことには変わりない。
「試験、どうだったよ?」
他の連中より一足先に体育館へ向かっていると、暇つぶしか雨竜からそんな質問が飛んでくる。
「あのな、お前と比べたら誰だって偏差値50以下だよ」
「物化の話に決まってるだろ」
「満点は無理だな」
「珍しいな、ケアレスミスか?」
「いや、単純に練度不足だ」
2科目やると決めたはいいが、細かいところまで知識が行き渡らなかったようだ。どちらも95点は堅いと思うが、満点は取れていないと思う。まあいい勉強にはなったよ、これからは配分も考えて取り組まないとな。
そうこう話しているうちに体育館へ到着。舞台袖に向かうと、既に生徒会メンバーが準備に取り掛かっているようだった。
「おーっすお2人さーん」
その中で1人、椅子に座ってサボっている生徒会長様に声を掛けられる。他の方々がテキパキ働いているのにこの堂々たる振舞い、積極的に見習っていこう。
「いやあ、信任投票だってのにクラス周りしてて偉いよねー。青八木君が落っこちるわけないんだからぶっちゃけ無駄だと思うけど」
すごいなこの人。後輩の数日の努力を無駄で片付けちゃったよ。できればその助言、実施する前に教えていただきたかったところですが。
「サボってる上になんてこと言ってるんですか」
「ギャギャアアア!!」
どこから聴いていたのか、いつもの数倍仏頂面で幼馴染の椅子を揺らしまくる堂島先輩。
「すみません2人とも。姫子さん、信任投票で面白くないからとずっとこんな感じでして。私のお仕置きに免じて許してあげてください」
「酔った……椅子の上で酔ったよぉ!」
「自業自得です。とにかく時間ないんですから働いてください」
「待って茉莉ちゃん、このまま動いたら絶対吐く……!」
「いいじゃないですか。ステージで吐く生徒会長、とっても愉快だと思います」
「そんな面白さ求めてないけど!?」
首根っこを掴まれ連行される生徒会長。雨竜はこの人の後を継がなきゃいけないのかと思うと可哀想になった。雨竜がどう足掻いたところで存在の面白さというジャンルでは惨敗してしまうことだろう。藤宮姫子、恐ろしい先輩である。
「俺たちも手伝った方がいいのか?」
「別にいいだろ」
僕らが先に待機させられているのは、スピーチする心の準備をしておけという意図だろうから、手伝いを申し出たところで遠慮されるに決まっている。
とはいえ僕は原稿など準備していないし雨竜の手元にもない、ぶっちゃけてしまうと暇だった。
「なあ雨竜」
「どうした」
「推薦スピーチ、降りた方が良くないか」
やることも無かったため、あらためて思ったことを口にする。
例の事件から数日が経ったものの、驚くほど変わらない日常に安堵させられたが、僕が大々的に登場して馬鹿どもを刺激しないか心配だった。
逆に僕が出ていかなければ、雨竜を手伝っていたはずの僕が今回の件で行動を自粛したようにも見えて、馬鹿どもの溜飲を下げることに繋がるかもしれない。
僕にしては消極的なアイデアだが、僕の周りに被害がいく可能性まで考慮するなら、やはり出過ぎたことはできない。事件の規模はどうあれ、僕個人にやり返されたこと自体はもうどうでもいいしな。
「ダメだ。お前がやれ」
しかしながら、雨竜の考えは僕の家に来た時から変わらなかった。雨竜とて僕が壇上に立つリスクなど分かっているだろうに、何をそんなに拘っているんだ。
「お前じゃなきゃ意味がない。お前が話して俺が話すから意味がある。だからお前がスピーチしろ」
どうやら雨竜には考えていることがあるらしい。僕の存在を知らしめた上で語りたいことがあるということなのだろうが、外面完璧男がこんな公的な場で何をしようと言うのだろうか。
「お前、何するつもりだ?」
「別に、生徒会長になるためのスピーチをするだけさ。そういう場だろ?」
心なしか、いつもと変わらない雨竜の声に怒気が孕んでるように感じた。
間違いない、コイツは何かやる気だ。生徒会選挙にかこつけて、何かを。
「やっぱり俺手伝ってくるわ、どうせ暇だし」
やはり手持ち無沙汰なようで、木田さん達の元へ駆けていく雨竜。
「ったく、何を考えているやら」
残された僕はその背中を見ながら天才様の考えを読み取ろうと思ったが、今の段階ではその何かを想像することはできないでいた。




