38話 雨竜のお願い
「ユッキー!! もう1戦!もう1戦!」
「ヤダよ! いい加減諦めろ!」
生意気な少女たちに現実の厳しさを伝えることに成功した僕だったが、悪夢か何かと勘違いしたのか、出雲たちは現実を直視できないまま再戦を申し込んできたのである。
そこから2戦、容赦することなく敗北の味を教えてやったのだが、負けず嫌いの晴華さんがまったく引こうとしないのである。弱いものイジメは趣味じゃないと言っているのに。
「だいたい何その動き!? なんで3回触られただけで落下しちゃうの!? 絶対ズルしてるでしょ!?」
「馬鹿たれ! 人のプレイを批判する暇あったら自分のプレイを磨かんか!」
こちとらこれだけ同級生をボコボコにしたところで、敗北の数の方が多いのだからやってられない。それもこれも年齢を重ねているくせに一向に実力が衰退しないウチのロリババアのせいである。
「ゆーくん、ちょっといい?」
僕が使っていたコントローラを真宵に渡したところで、2階にいてくれた父さんがリビングへと入ってきた。
「あっ、もしかして夕食の準備?」
「ううん、それはもう終わってるから大丈夫」
「そうなの? じゃあ何?」
「ちょっとお母さん迎えに行ってくるから家を出るって言いに来たんだ」
「はい?」
今までの日常生活で一度もなかった状況である。母さんは勝手に帰ってくるし、そもそも父さんが家にいないと嫌がる人間だ。迎えに来いなんて言ってきたことはなかったはずなのだが。
「実はさっき玄関まで入ってきたらしいんだけど、靴がいっぱいあってびっくりしちゃったんだって。公園にいるから迎えに来てほしいって連絡があったよ」
……少しでも緊急事態かと思った僕に謝罪をして欲しい。自分ちの玄関でびっくりして外に出るって、アラフォーの取る行動じゃないだろ。驚いたところで自室に行けばいいのに、離れて父さんを呼ぶ辺り哀しいまでに我が母親の行動だ。
「雪矢のお母さん、ちゃんと挨拶したいところだけど」
「ゴメンね、ちょっと人見知りだからまたの機会でね」
出雲の言葉に父さんが申し訳なさげに謝るが、父さんが頭を下げる必要はないと思う。悪いのは大体常識皆無の母さんだ。
とはいえ、キリが良かったかもしれない。ゲームも盛り上がって止め時が分からなかったところだったし、てか息抜きとはいえ試験期間中に熱中し過ぎな気がするが。
「解散だな、ゲームの続きはまた今度だ」
友人たちの廣瀬家訪問は、一旦終わりを告げるのであった。
―*―
「今日は大勢でお邪魔して悪かったわね」
「何かあったら気軽に声掛けてね」
「リベンジしにまた来るからね!」
「はいはい、いい時間だしさっさと帰れ」
各々の別れの言葉を聞きながら彼女たちを玄関の外へと誘導していく僕。朝からとんでもなく濃い一日だった、皆を帰して夕食を食べたら今日は早めに眠りたい。
「雪矢」
忘れ物チェックをしていたせいか、一番最後に出てきた雨竜が声を掛けてくる。
「何だよ」
「1つ頼み事があるんだが」
「……」
嫌だと即答したいのを堪え、続けろと目線で雨竜に促した。生徒会のスピーチ以外で何かを言われる心当たりはないのだが。
「さっきの言葉、梅雨にも伝えてくれないか?」
それは、言われてみれば雨竜が言いそうな頼み事だった。
「念のため聞くが、さっきの言葉って」
「俺たちが大切ってやつだよ。まさか梅雨だけそう思ってないなんてことないよな?」
「それはそうだが、わざわざ伝えろって言うのか?」
「当たり前だろ、ただでさえ梅雨を仲間はずれにしてる状況なのに」
妹を褒めるのは下手くそな兄だが、妹が不平等な状況になるのは許せないらしい。そりゃ学校の出来事となれば中学生の梅雨は蚊帳の外になりがちなのだが。
しかしながら、そこまで思考を巡らせて不可解な点が1つあった。
「今日のこと、梅雨には何も言ってないのか?」
僕に関することだと、すぐに梅雨へ共有するのが妹想いの雨竜だ。日常のつまらない話ですら共有していることが多いくせに、今日のような大事が梅雨の耳にいっていないというのは意外な話である。
「そうだな、梅雨には言ってない」
僕からの質問に、首を搔きながら返す雨竜。口ごもる様子からも、普段と状況が違うのを理解しているらしい。
「こんなお前の一大事、真っ先に梅雨へ伝えるべきだったんだと思う。あいつなら良い意味で空気読まずに、今回のこともさらっと解決してくれそうだしな」
「だったら……」
「でも、それはズルいと思った」
雨竜は、真剣な眼差しをこちらへ向けていた。
「今回の件、何とかしたいと思ったのは俺だって同じだ、難題なら尚更。それを梅雨に話して解決させるっていうのは絶対に違うと思った。万が一梅雨に解決させたら、悔しい気持ちでいっぱいになると思った。自分で解決したかったから、梅雨には話せなかった」
どうやらこの兄は、難しそうに思える問題を、妹に丸投げするようなことをしたくなかったようだ。自分で解決したいから、頼りになる妹へ連絡するという選択肢を絶った。
……はあ。自分でこんなこと思いたくないが、相手を大切に思っているのは僕だけじゃないらしい。そうでなきゃ、他人様の家に大勢引き連れてくるようなことなんてないだろう。
「だから梅雨には連絡を入れてくれ。こんな大事件、後から梅雨の耳に入ったら何を言われるか分からん。俺を救うと思ってよろしく頼む」
「何だそりゃ」
青八木雨竜の情けない手合わせに思わず吹き出した。梅雨を仲間はずれにしたくないのか自分を守りたいのか、一体本音はどちらにあるのやら。
「分かった、梅雨にはこの後連絡を入れる」
「頼んだ、俺が助かる道はそれしかない」
「ただし、今日あった事件や僕の過去を能動的に話すつもりはない。梅雨が踏み込んできたら話しても良いが、わざわざ伝えることでもないだろ。お前が最初に言った通り、伝えるのはさっきの言葉だけだ」
「それでいい、大事なのはお前から連絡があることだからな」
満足したのか、雨竜は少し安堵した表情を見せてから玄関から外へ出て行った。
僕は玄関から顔を出し、連中に軽く手を振ってから扉を閉める。
父さんが母さんを連れてくる数分の間、しょうがないからお転婆天然ガールの相手をすることにしようか。




