47話 体育祭12
昼休みの特訓を終えて黄団のテントへ戻ると、陽嶺高校の体育祭の目玉とされる応援合戦が始まった。
学校のお偉方がいるテントの周りには、父兄や生徒たちが集まっている。純粋に運動能力や技術を競い合う他の競技とは異なり、3分間に詰められた創造力や構成力を披露するこの種目の注目度は高い。
「よろしくお願いします!」
そして2番手が黄団、団長である木田先輩が大きくお辞儀をしてから手を上げると、時間を計るためのピストル音が校庭内に響き渡る。美晴の叩く太鼓の音と共に選抜メンバーがテントの前へ移動した。
生徒用のテントからは少し見えづらいが、大胆なアクションを起こす役割が数名、細かい動きを統一して行う役割がその他という構成になっている。統一された動きに狂いはなく、どれだけ練習してきたかが容易に想像できた。
全体の統制が取れているからこそ、個の動きがより映えてくる。テントにより近い位置で嵐の如くスピーディに動くのは団長と晴華。各々の身体能力を活かし少しずつギアを上げていき、最後にはクロスするようにロンダートからバク宙を披露していた。太鼓の音もあるというのに、離れているお偉方の驚く声が聞こえてきた。ミスらしいミスもなかったし、これは高得点が期待できるのではないだろうか。
「ありがとうございました!」
応援合戦部隊がテントに戻ってきて団長が手を上げたところで、黄団の発表は終了。ピストル音の後、拍手が鳴り響く。1番手より拍手が大きく聞こえたのは、同じ団である僕の贔屓目だけではないだろう。
「ユッキー! どうだった!?」
応援合戦部隊で労い合った後、学ランを身につけた晴華が僕に感想を求めてきた。
「すげえ格好良かった。何を食ったらあれだけ自在に動けるんだか」
「えへへ、もっとそういうの頂戴!」
「調子に乗るな。ただ、やってきたこと全部出せて良かったな」
「……うん」
晴華が切なげに微笑む。この後はやってきたことが出せなくなった競技が始まってしまう、そういう意味でも全力を出せたのは良いことだ。
「晴華ちゃん、足大丈夫?」
そう言ったのは、太鼓から戻ってきた美晴である。ここへ来て最初に言うことがそれとは、ずっと心配してたんだな。
「あはは、実はすっごく痛い。でも足に負担が掛かりそうなのは最後の選抜リレーくらいだし、なんとか乗り切れそう」
「そっか」
美晴が安堵の息を漏らす。なかなか口を割らない親友が正直に現状を語った上で大丈夫と言っているからな、さすがに安心できたのだろう。少し前までの晴華なら間違いなくごまかそうとしてくるだろうし。
「それよりミハちゃん、太鼓すごかったよ!」
そう言いながら美晴に抱きつく晴華。ある程度見慣れた光景であるが、何度見ても色あせない素晴らしい絵面である。
「特に最後の盛り上がりにかけての勢いとか! そのおかげであたしも気持ちよく動けたし!」
「それを言うなら逆かな、晴華ちゃんたちの頑張りがあったから私も頑張ろうってなったんだし」
「もうもう! 親友がこんなに褒めてるんだから素直に受け取って!」
「ありがとう。でも晴華ちゃん、何でも褒めてくれるし」
「そりゃミハちゃんには褒める要素しかないもん、しょうがないよ」
うん、尊いな。実に尊い。
こんなのさ、男同士でやろうものなら暑苦しくて見てられないが、美少女同士でやったら世界を平和にする新しいマイナスイオンが発散されるわけ。そりゃもっとやれって思う連中がいたっておかしくないわな、だって世界が平和になるんだもの。
「……先輩、これって生放送されてていいんですか? 編集でカットできないですよ」
僕の後ろに座っていた佐伯少年が意味不明なことを言っている。ハレハレの尊さに当てられたのだろうが、言ってることがマジで分からん。編集でカットってなんだ。
「佐伯よ、問題はそこじゃない。これが無料で放映されていることだぞ」
表情はいつも通りなのに、佐伯少年ばりに何を言っているか分からない豪林寺先輩。冗談で言っているのか本気で言ってるのかも分からない。豪林寺先輩ったら、ホントミステリアス。
「ダメだダメだ、僕には涼岡さんという人が……!」
そして翔輝は、身体を震わせながら目の前の光景を見ないようにしていた。コイツにはいったい何が見えているというのだろうか、少なくとも涼岡希歩に謝るようなことは何もない。
「晴華が言うように太鼓も良かったと思うぞ」
2人から人をダメにするフェロモンも出ているように感じたため、急遽割って入ることにした。世界が平和になるのはいいけど、人をダメにしちゃいけないんです。
「ほらほら! ユッキーもこう言ってるし!」
「雪矢君が教えてくれたおかげでもあるかな」
「僕が関わったのは最初だけ、後はお前の力なんだから堂々と誇れ」
「……うん、そうするね。太鼓に誘ってくれてありがとう、おかげで晴華ちゃんと一緒に競技に参加できたし」
「そうそう! ちょうどその話をミハちゃんとしてたんだ!」
「そ、そうか」
2人の嬉しそうな表情を見て罪悪感が募る僕。
どうしよう、豪林寺先輩に褒められたかっただけだなんて口が裂けても言えないなこれ。うむ、この真実は墓場まで持っていこう、世の中には知らしめる必要のない真実があるのだ。いたいけな少女たちの笑顔を守ったと考えれば何も問題ない、今日も陽嶺高校は平和です。
と、自分の中で言い訳を並べた直後。
「次は、雪矢君たちの番だね」
どこまでも穏やかに、それでも熱の籠もった想いを美晴は述べた。
「雨竜君に勝てるだなんて簡単に言えることじゃないけど、それでも雪矢君なら何とかしちゃうって思ってるよ」
僕は思わず苦笑する。僕を信頼してこその弁なのだろうが、笑顔でさらっとプレッシャーかけてくる。その『何とか』のためにどれだけ試行錯誤を重ねてきたか。
「あたしもチームの一員だけど、実働はユッキーたちだからね。全力で応援するよ!」
美晴のように裏を匂わせない混じりけのない本音。自身で雨竜と決着を付けられなくなったことを随分憂いていたが、今の彼女からそんな想いは感じられない。この瞬間、全てを僕らに託してくれたのだ。
「声が枯れるまで頼む。僕も、戦う以上は雨竜相手だろうが負けるつもりはない」
再度、覚悟を決めて僕は言う。運動神経で雨竜に挑むのは愚の骨頂だが、1対1の戦いではない。僕には頼りになる仲間がいるのだ、彼らのためにも無様に負けるような真似は絶対にしない。
少し前の僕ならこんな考え方は絶対しないだろうなとおかしくなるが、あくまでそれは少し前の僕。
今の僕にできる全力を以て、青八木雨竜を負かすだけだ。
『つづきまして、全学年男子選抜による騎馬戦です』
運命のアナウンスが、いま始まった。




