43話 体育祭8
「神代、ちょっと待ちなさい」
雪矢と一緒に黄団のテントに戻ろうとしていた晴華だったが、真宵に声を掛けられ歩みを止める。雪矢にはもう少し真宵と話していく旨を伝え、先に戻ってもらった。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。二人三脚の件、どうなってるわけ?」
雨竜が口を挟んだことで納得したような口ぶりをしていた真宵だが、本心では理由を知りたくて仕方がなかったらしい。
「廣瀬もあんたもやると決めたことは絶対やるタイプでしょ? それが戦いもせずに棄権って、嘘でも良いから理由を言ってから帰りなさい」
「あはは、マヨねえは強引だなぁ」
「マヨねえって言うな!」
「そうだね、庇ってくれたユッキーには悪いけどちゃんと話すよ」
そうして晴華は、自分が足を怪我してしまったことを真宵に伝えた。それを知った雪矢が自分に無理をさせないために棄権を提案したこと、代案として雨竜と騎馬戦で戦うことにしたこと、それらも合わせて。
「ユッキーには本当に悪いことした、ウルルンと戦うために放送室までジャックしたのに。振り回すだけ振り回して全部パーにしちゃった」
雪矢との会話の中で払拭したつもりだったが、こうして第三者に話すと自分の身勝手さが露呈してきて気落ちしてしまう。自分だけの問題ならいざ知らず、友だちを巻き込んでいたのだから尚更だった。
「まあそれはいいんじゃないの?」
しかしながら、真宵から思いがけない返答が来て目を丸くする。反省している自分がおかしいという口ぶりだった。
「廣瀬の奴、別にあんたのせいにしてたわけじゃないし。気にしてないでしょ?」
「でも、ユッキーだって内心ではどう思ってるか」
「内心って、あいつなら思ってること全て口にするでしょ。それであんたへの文句がないなら不満はないってこと、腑に落ちた?」
「……」
真宵の言っていることは、雪矢を知っている者なら充分に納得のいくものであり、晴華も反論できなかった。確かに、甘いことを言う自分に厳しい言葉を向けてはいたが、参加できなかったことをぐちぐち言うようなことはなかった。彼の目線は、常に先のことへ向けられていた。そのおかげで、自分はそこまで塞ぎ込まずに済んでいる。
「……ズルいよねユッキーって、普段は全然構ってくれないのに、本気で困ってる時は絶対手を差し伸べてくれるんだもん」
1週間前の、兄とのやり取りを思い出す。男子に対する偏見を決して改めなかった兄に一考させるにいたったこと、晴華は本当に感謝していた。二人三脚を棄権するしかなくて絶望に暮れそうになったときもすぐさまフォローを入れるように声をかける。ここ数日で、雪矢に感情が揺さぶられる事柄が多すぎた。
「あら、もしかしてあいつに惚れちゃったわけ?」
「えっ?」
真宵の言葉を脳で理解するまで時間を要した。それくらい、自分に向けられた言葉とは思えなかった。
「何よ、そこまで惚けなくてもいいでしょうに」
「だって、マヨねえ変なこと言い出すから」
「変ねえ、あんたの廣瀬を見る目が乙女チックに見えたんだけど気のせいだったかしら」
そう言われてもピンとこない、自分としてはいつも通りに雪矢とやり取りしていたはずだ。
「それにあんた、最近彼氏と別れたんでしょ? そういう時は他に好きなやつができたっていうのがこの世の摂理なのよ」
「ずいぶん大きく出たね」
恋人であった今泉と別れた理由は別だったが、確かにそういう見方をする人がいてもおかしくはない。近しい友人たちと話したときも触れられた話題ではある。
「あーあつまんない、あんたが廣瀬に惚れてたら面白かったのに」
「マヨねえやけにユッキー推すね」
「そりゃ青八木いなかったら付き合ってもいいってくらいには好感度あるし」
「ええ!?」
ミラクル爆弾発言だった。それをさらっと言うあたり肝の座り方が尋常ではない。
「そんなに驚くこと? あんたあいつ嫌いなの?」
「そんなわけないじゃん! ただ、1年の頃のマヨねえはユッキー嫌ってるように見えたから」
「だってあいつ、どう考えても仲良いくせに青八木のこと友達じゃないって言い張るからイライラしちゃって。こちとらまったく進展ないってのに」
「ああ……」
そう言われると納得するものはある。雨竜に恋する人が嫉妬してしまう程度には雪矢と雨竜はよく一緒にいた。雨竜から雪矢に絡むことが多いのも真宵をイラつかせた1つの要因だろう。
「でもまあ、今の廣瀬は話してて楽しいし相談事とか意外に聞いてくれるからね。付き合ったらもっとよくしてくれるのかなとか思わなくもないわね、まっ青八木いるからたらればの話だけど」
真宵の雪矢への思いは、自分に通じるものがあった。それが付き合ってもいいという気持ちに繋がっていることだけは不思議だったが、それほど否定的な感情が湧いているわけでもない。
少し前から、自分の中で形容しがたい感情が渦巻いていることは理解している。それが本当に、この方向に繋がっているのだろうか。
「引き止めて悪かったわね、今回はしょうがないけどまた別の機会で勝負しましょうね」
「う、うん」
嬉しいはずの真宵の誘い文句に曖昧な返答になってしまったのは、別なことに頭が埋め尽くされていたからに違いなかった。
ー※ー
午前のプログラムを終えて雨竜と合流した僕は、愛すべき父さんと合流すべく歩みを進めていた。
「お前、ご飯はどうするんだ?」
「梅雨が準備してるらしい」
「中途半端だな、なんだらしいって」
「普段料理してるわけじゃないからな、マトモなものが出てくるか自信ない」
梅雨、この兄何気に酷いこと言ってるぞ? ちゃんと保護者として説教した方がいいんじゃないのか?
「まあ誰かさんに惚れてから少しはやるようになったし、食べられるものは出ると思うけどな」
梅雨、お前の兄が非常に返しづらい言葉をニヤつきながら言ってくるんだが? 保護者として絶対に説教してください。
「あっ、雪矢さーん!」
雨竜の際どい発言を無視しながら目的地に向かっていると、先に僕らを見つけた梅雨が手を振りながらこちらに笑みを向けていた。ちょっと落ち着いて、周りの目線集めてるから。いっぱい集めてるから。
しかし、その場所に近付くにつれ、大きな違和感を覚えるようになる。
梅雨の隣で微笑んでいるのは我が自慢の父である。アラフォーだが、持ち前のコミュ力でウチの女子生徒くらい余裕で籠絡できそうだ。現に中学3年生と仲良くしているわけだし。
という2名が僕らを待っているものだと思っていた。
だがしかし、父さんの隣には僕らと同じ体操服に身を包んだ待ち人がいるような気がする。
「ぷっ!」
正体に気づいた雨竜が、笑いを堪えるように口元に手を当てる。
残念ながら僕に笑えるような楽しいイメージはできていない、頭に残るのは無数のハテナマークのみ。
渦中の人物は、どこか遠慮がちに手を挙げてぎこちなく笑った。
「こ、こんにちは、です」
どうしてこちらに朱里さんまでいらっしゃるんですかねぇ。




