26話 夏休み、茶道部10
いつの間にかブックマークの数が4000を超えてました、本当に感謝です。
執筆作業、頑張ります。ポケモンは程々にします。
「逆に聞くけどさ、廣瀬君にとって面白い話って何?」
頑張って披露した持ちネタがスベったせいか、口を尖らせて質問してくる朱里。このタイミングだと何を言ってもつまらないと言われそうだが、そもそも時間潰しの会話程度で愉快さに特化する必要はない。
「状況を考えれば、僕の興味を引けそうな話題なんていくらでもあるんだがな」
「状況?」
「僕たちは今からどこに行くんだって話だよ」
「……ああ」
そこまで言って、ようやく朱里は得心したようだった。
これから行う茶道部の合宿。朱里たちと違って初めて体験する僕にとっては、全てのものが新鮮に映ってくる。何をするのか、どこでするのか、誰とどんなふうにするのか、そういった内容をキャッチボールしていけば話題なんて尽きることはないと思う。
くくく、これぞ父さんと会話を続けるために鍛えてきたトーク技術。他人に対して披露する機会が訪れるとは思わなかったが、役に立つならそれもまあ悪くない。
「うーん、それでもちょっと難しいかなぁ」
しかしながら、朱里は人差し指を顎に当てながら何かを思考する。ここまで悩むようなことを言ったつもりはないのだが、何をそんなに苦悩しているのだろうか。
「いや、何でもいいんだぞホントに」
「そうなんだけど、できれば廣瀬君のこと驚かせたいなあと思うからさ」
「ほお」
それすなわち、茶道部の合宿が始まれば僕が驚くような出来事が待ち受けているということ。
良いじゃないか、ようやく少しは合宿が楽しみになってきた。
「つまり、僕は期待してていいんだな?」
「廣瀬君の感性おかしいし、きっと喜んでくれると思うよ」
あれ、なんか僕に向けて刃突き刺してない? とても評価をしてくれる表現ではなかったような気がするのだが。
まあいい。そこまで言うなら期待して待っていようじゃないか。謎に包まれた茶道部の合宿内容が明かされる、その瞬間まで!
「ちなみに私は、そんなに好きじゃないけどね」
「……」
こういった爆弾発言は取り扱っておりませんので、全力でスルーさせていただきます。
-*-
それからだいたい30分、朱里にカエルのオーケストラについて聞かれたのでその神秘的な魅力を語らっていると、バスが目的地に着いたようだった。
「それでは皆さん、荷物を持って降車してください」
戸村先生の誘導の元、バスから降り一箇所に固まる茶道部員一同。
アスファルトコンクリートの上に佇むものの、目と鼻の先には鬱蒼とした木々がゆらゆらと揺れ動いていた。
その一部に階段があり、頂上が見えないほど長く続いている。どうやらこの上に向かって進んでいくらしい、合宿を始める前から疲労で燃え尽きそうだなこれ。
「……ここ、登るの?」
僕だけじゃなく、1年生諸君も驚きを隠せないご様子。そりゃそうだ、コンクリートジャングルから本物のジャングルに入り込むとは思わないだろう。合宿とは聞こえの良い表現で、これから山奥でサバイバルが始まると言われてもおかしくない。
「皆さん、早く行きますよ?」
足が重そうな生徒たちに声を掛け、先頭に立って進む戸村先生。あまりに野生染みた妄想してしまったが、この人がいてそんな展開は考えられないだろう。長すぎる階段に面を食らったが、しっかり舗装されているし手すりもある。朱里の言い回しのせいで大袈裟に考えすぎたが、いくら何でも非現実過ぎた。
部外者の僕は、茶道部が全員階段を登り始めてから一番最後にゆっくり上がっていく。序盤はテンポ良く進んでいた皆の衆だが、少しずつ速度が遅くなっていく。
「みんな、焦らずゆっくり行こう。合宿前に無理する必要はないんだし」
佐伯少年が同級生たちに優しく声を掛けている。3ヶ月程度とはいえ彼は運動部で身体を慣らしたクチ、そう簡単にへこたれることはないだろう。
もっとも、女子生徒たちに良いところを見せたいだけかもしれないが。
「あなたは、はぁ、平気、そうね……」
階段を7割ほど上がってきたところで、後方の生徒たちの様子を見に来た出雲。その表情は引きつっており、肩で息をしている。
「まあこれくらいならな」
「これくらいって、ぜぇ、けっこうな傾斜だと思う、んだけど」
「部活はサボっても四股は踏み続けてきたからな、お前もやってみたらどうだ?」
「遠慮、しとく。私はそこまで、根性ないし」
四股を踏むのに根性って。そりゃ当初は絶対続けられないと思っていたが、やり続ければ意外と習慣化されるものだ。
「しかしお前は随分しんどそうだな」
「こちとら、文化部一筋なものでね」
「だったらわざわざ降りてくるなよ、余計に階段登ることになるだろ」
「私は部長よ、はぁ、部員の様子を確認するのなんて、当然の仕事だわ」
我がクラス自慢の委員長さまは、茶道部の部長としてもその責任感を発揮していた。トップのこういう姿を見ると、部下は従いたくなるんだよな。
「大したものだが、それで倒れたら不要な迷惑を掛けるからな」
「うっ……」
「まっ、本気でキツかったら肩ぐらい貸してやる」
そう言うと、出雲は少しばかり呆けた表情で僕を見た。
……なんだ、その信じられないものを見るような目は。
「あなたって、ホント真顔でとんでもないこと言うわね」
「はあ? 別に普通のことだろ?」
そんなに変なこと言ったか? だ、だって、僕らその、友だちだろう? 助け合うことくらいあっても不思議ではないと思うんだが。
「そういうのは朱里に言ってあげなさいよ、あの子だって体力ある方じゃないんだし」
「そもそも言うつもりがなかったんだが、どこかの部長が危なっかしくなければな」
「うっ……」
本日2度目の唸り。他人へ迷惑が掛かることにはとことん弱いやつだ。
「ったく、こんなに登ってつまんなかったら僕は怒るぞ」
「なに、朱里から何も聞いてないわけ?」
「僕を驚かせたいとかなんとかで教えてくれなかった」
「驚く? 驚くようなものってあったかしら?」
「……」
おい朱里。お前の意見と親友さんの意見が真逆なんだが。ここで頂上まで登ってきた特典が『頑張って階段を登ってきたその軌跡』とか言われたら全力で暴れてやる。過程の善し悪しを語っていいのは経験した本人だけだ、しっかり脳みそに叩き込んでおけ。
「まあ運動部がやるような合宿とはまったく違うから、そういう意味では驚くかもね」
「お前まで勿体つけやがって、いい加減に……」
「ほら、見えてきた」
出雲と話しながら登るところ数分。後輩たちの背中で見えづらかったが、ついに階段の先の光景を目にすることができた。
「おお……」
視線の先にあったのは、青々とした木々ではなかった。
石畳の道が真っ直ぐと伸びており、その途中には通路を挟むように石の台に置かれた2匹の動物。
そして、朱く染まった大きな山門と伝統的な和様を遵守した瓦屋根の美しい仏堂。
成る程。ここが茶道部の合宿場だと言うなら、朱里が嬉々として口を割らなかった理由も分からなくない。
茶道部と共に僕が訪れたのは、普段は馴染みのない寺院であった。




