15話 夏休み、ハレハレ7
「よーし、じゃあこれ買ってくるね!」
通りの中頃にあるクレープ屋で各々好きなものを堪能した後、僕たちは外装が華やかな雑貨屋を訪れた。
内装も明るい色で彩られていたが、女性向けのお店というわけではなく、老若男女全体に向けて商品を取り扱っているお店のようだった。1人でアクセサリーを見る女性もいれば、楽しげな声を上げる同世代らしきカップルもいる。
早速ミッションを終わらせて帰宅したいところだったが、ここからがとにかく長かった。
晴華が持ってきたものを否定することなく評価しているのに、「やっぱりやめた!」と何度も振り出しに戻るのである。そりゃ数分でプレゼントを選べとは言わないが、せめて僕に見せるのは最終段階にしてほしい。こちらがゴーを出しているのに引っ込められたら、さすがに気分が上がらないというものだ。
結局晴華が選んだのは南の島を連想させるようなデザインが施されたマグカップだった。選んでいたものの中では実用性もあるし見てくれも悪くない。その上時間まで掛けて決定したのだ、これが喜ばれないんじゃ僕がいたところでどうにもならないだろうな。
「雪矢君、お疲れ様」
晴華の会計を待っている間、美晴が労いの言葉を掛けてきた。
「ったく、本当に疲れたぞ」
「しょうがないよ、好きな人への誕生日プレゼントなんてしっかり選びたいだろうし」
「……そうかもな」
そういうことなら、僕としても余計な口を挟むつもりはない。僕の知らないところで前に進んでいるんだと都合良く解釈するだけだ。
「雪矢君、晴華ちゃんの選んだもの、全然否定しなかったね」
「なんだ、美晴は不満でもあったのか?」
「そうじゃなくて。雪矢君のことだから、もうちょっと厳しく査定するかと思ってて」
「僕は業者か。最初に言ったろ、よっぽど変なものでもない限り否定するつもりはないって。本人が選んだものでなきゃ意味がないんだから」
そこまで不自然なことを言ったつもりはなかったが、美晴はいつもより目を見開いて僕を見た。そして、いつものように慣れ親しんだ笑みを浮かべる。
「雪矢君さ、やっぱり変わったよね」
店内のBGMが2人の間をすり抜けていく。人の声やレジの電子音、普段は意識しないような物音がクリアに耳に入ってきた。
きっとそれは、美晴の問いかけが的を射ていたからだろう。先程まで慌ただしかった状況が一変して、時間がゆっくり動いているような錯覚に陥る。彼女と話すと、こういうことがよくあった。
「今までだったら、こういうの付き合ってくれてなかったよね?」
「あー」
美晴の言う通り、少し前までの僕なら買い物の手伝いなんて一も二もなく断っていた。そんなものに意味を見出してなかったし、見出すつもりなかった。せいぜい雨竜に絡んでいる案件だろう、僕が動いていたのは。
「……まあ、1回くらい付き合ってもいいって思っただけだ」
「友だちだもんね、私たち」
「っ……」
敢えて言葉を濁したというのに、からかうような口調で語りかけてくる美晴。洞察力が凄いのか、相変わらず全てを見透かしたかのように隙を突いてくる。
それがそこまで嫌じゃないのだから、月影美晴という人物は不思議だ。
「初めて名前で呼んでくれたとき、びっくりした。ずっとフルネームで呼ばれてたから」
「そうは見えなかったけどな」
期末試験が終わってから終業式までに、何人かを名前で呼んだことがある。皆が皆それなりに分かりやすい反応を示していたが、美晴は普通の受け答えだった。普段から落ち着きに落ち着いている彼女だから、それを不自然だとは思わなかったが。
「顔に出さないようにしてたからね、気付かなくても無理ないよ」
「いや、素直に驚いてもいいと思うんだが」
「それじゃダメだよ私は。ただでさえ弱っちいのに、表情まで丸わかりだったら生きていけないもの」
たかが表情の話、されど極端な表現だとは決して思わなかった。
彼女は生まれつき、人生の楽しみの半分を奪われている。人が当たり前として享受している『運動』というカテゴリを放棄せざるを得ない。さぞ生きづらく、苦しい思いをしてきたことだろう。
その結果としてここまで優雅に振る舞っているのだとしたら、賞賛はあれど否定することはない。その洞察力も褒めて然るべきものだ。
ただ、僕をからかうのに使用するのは止めて欲しいものだが。
「まあ、顔に出す必要はないか。ちゃんと心で感じてるなら」
「雪矢君、けっこう恥ずかしいこと言ってる自覚ある?」
「うっさいわ、詩的な僕もカッコいいだろうが」
「そうだね、雪矢君はカッコいい」
「……本音だな、オウムじゃないな?」
顔に出す必要はないと思ったが、こうまで徹底されると本当に何を考えているか分からない。10年後にギャンブルの世界で大活躍しててもまったく違和感ないな、ミステリアスな雰囲気も醸し出してるし。
「……あのね」
美晴が自分より一回りは大きい男共を手玉に取っているところを想像していると、彼女は俯いたまま呟く。
「……今回はさ、晴華ちゃんのお願い事だったけど、私がお願いしても付き合ってくれる?」
いつも眼を見て話す美晴にしては珍しく、1度もこちらを見ることなくそう言った。
そこまで言いづらい内容だっただろうか。僕が晴華の買い物に付き合っている時点で、答えは決まっているというのに。
「お前が本気で困ってたらな。あんまりアテにされてもこっちが困る」
素直に言うのが照れ臭くて、素っ気ない言い方になってしまった。自分の悪癖であることは分かっているが、これが僕なのだから仕方がない。周りが勝手に慣れてくれることを祈るばかりだ。
「――――そっか」
しかしながら、僕の不安など一瞬で洗い流すように、美晴の横顔は輝いていた。先程までとは違い、喜んでくれていることを容易に判断できた。
まったく、年相応の反応を見られて安心するって何なんだ。隙を見せたくないのは分かるが、少しは自分に優しくしても罰なんて当たらないだろうに。
「良かった。これで心置きなく頼れるよ」
「僕の話聞いてたか? 本気で困ってる時限定だぞ?」
「大丈夫。私が本気って言ったら雪矢君信じてくれそうだし」
よし、喧嘩を売ってるのは簡単に分かった。僕の最強武器、右手のチョップを麦わら帽子越しにお見舞いすると、美晴は頭を押さえながら笑った。
「あはは、冗談なのに容赦ないね」
「それなら冗談と分かる表情をしろ、ニコニコ楽しそうにしやがって」
「楽しいもん、雪矢君と話してるの」
「こっちは精神攻撃を受けてるんだが?」
その場で大きく溜息をつく。美晴と話していると、いつも謎の敗北感に包まれる。穏やかオーラに攻撃を防がれ、余裕を持って対応される。10年くらい経験値に差があるんじゃないかと疑ってしまうな。
「お待たせ~、買い物終わったよ!」
そのタイミングで、オシャレな紙袋を持った晴華が会計から戻ってきた。
「何の話してたの?」
「うん、チョップされちゃった」
「はしょりすぎだろ!?」
そもそも晴華への答えになってないし!? 『何の話してた』に対して『チョップされた』って、完全に僕を貶めるための発言じゃないか。
「ちょっとユッキー! ミハちゃんにチョップしていいのはあたしだけなんだから!」
「何言ってるんだお前は……」
美晴にくっつきながら意味不明な言語を並べる晴華。コイツ、今のセリフをどういう感情で言ってるんだろう。
だがまあ、陽嶺高校が誇る美少女2人が仲睦まじくくっついている姿を見るのはいいものだ。写真に撮って保存したらプレミアがつきそうだ。
性格が真逆なのに、よくここまで仲良くなったものだ。もしかしたら、性格が違うからこそ、というやつなのかもしれないが。
「さて、次どこいこっか?」
「はっ!? 帰るんじゃないのか!?」
晴華の用件は無事終わった。原宿に用などないはずなのに、晴華はご立腹だった。
「何言ってるの!? 原宿の昼はまだまだこれからだよ!」
「知らんわそんなん! 僕はこんな人混み嫌だ!」
「ふふふ、ユッキーがそういうのなんて想定済みだもんね!」
不敵な笑みを浮かべたかと思うと、晴華は僕に接近して僕の右腕をガッチリホールドした。
「なっ!?」
突然のアクションに動揺していると、いつの間にやら美晴も僕の左腕を確保している。
「ゴメンね雪矢君、女同士の約束なの」
「えっへっへ、少なくともプリクラには付き合ってもらうから!」
「ちょっちょっやめろ! 逃げないから離せ!」
「ダメです! ミハちゃん、このまま連行するからね!」
「了解です」
「了解すんな!」
そうして僕らは、多くの人の視線に晒されながら雑貨屋さんを飛び出す。
両手に花という言葉を前向きなニュアンスで語った人間は今すぐ僕に謝罪しろ、羞恥心で死ぬわ。
ハレハレ編、次回でラストです。




