19話 蟻博士
「おっす、2日続けて早いな」
「黙れ、僕は読書中だ。話しかけるな」
桐田朱里への手助けを止めた翌日の朝。優雅に読書を楽しむ僕に、世界が幸せになれない元凶が馴れ馴れしく声を掛けてきた。
「おっ、珍しいな。何読んでるんだ?」
僕の言葉など右から左と言わんばかりに会話を始めるイケメン星代表青八木雨竜。
率直な疑問なんだけどなんでそんなにグイグイこれるの? パーソナルスペースって知ってる?
「日本産アリ類図鑑って、またマニアックなものを」
「何を読もうが僕の勝手だろうが」
「そりゃそうだけどさ」
一昨日の桐田朱里とのデートで蟻について語って以来、彼らに対する興味が尽きないでいた。
あんなに小柄なのに獰猛で、時には自分の身体の何倍もの生き物を補食する。その猛々しさには僕もそれなりの刺激を受けているのだ。
「でもよ、日本産より世界のアリの方が見てて面白くないか?」
「……ほう」
この男、よりによって現在知識が豊富な僕に蟻でマウントを取りに来るとは。身の程が知らないにも程がある。
僕が日本産アリ類図鑑を読んでるのはな、世界の方を先に熟知したからなんだよ!
「ならば雨竜よ、お前はどのアリを推すというのだ?」
「そりゃ南米に生息するパラポネラだろ、クロオオアリの2.5倍の体躯を誇る上に最強の蟻とか男心くすぐるしな」
えっ? お前何普通に答えられてんの? にわかはにわからしくヒアリとか言っておけばいいんだぞ?
「でも今はディノポネラってのがいて、最強の称号をまさに奪わんとしてるんだよ。南米ってすごいよな、アリという小さな種族さえも生存競争で鎬を削ってるんだもんな」
しかし雨竜は止まらない。水を得た魚のように、嬉々として蟻について語り出す。
ちょっと待て、僕の頭の中の検索が追いついていないんだが。
「でもそれで終わらないのがアリの世界でさ、最強とか言われてる奴らが軍隊アリの多勢にはやっぱり勝てないわけよ。単体では弱い奴らも役割分担して戦えば最強に勝てる、ロマンあるよな」
すげえよコイツ。遠い目して哀愁漂わせながらロマン語っちゃったよ。蟻でロマンを語れるお前は一体何者なんだよ。
「そういえばさ! 地球上にいるアリの体重と全人類の体重っておおよそ一緒なんだぜ? 知ってた?」
もういいよ! お前の勝ちでいいよ!! なんでそんなに蟻に詳しいんだよ!!




