19話 密室の顔合わせ
御園出雲の弟君たちに腕を引かれながら階段を上がる。こうして片腕ずつ引かれていると連行されているみたいでちょっと嫌だが、さすがにそこに文句は言うまい。
2階に到着して向かったのは1番奥の左側の部屋。木製のドアには、『いずもの部屋』という札が掛けられていた。どうやら目的地に到着したようだ。
「姉ちゃん! お部屋入っていい?」
「入っていい!?」
陸斗と海斗が、部屋の中にいるであろう御園出雲に声を掛ける。さっきの話だと眠らず勉強しているとのことだったが。
「ちょっと、お姉ちゃん勉強するって言ったでしょ? どうかしたの?」
扉の向こうから、思いの外元気そうな声が聞こえてきた。それでいて優しいトーン、自分に懐いている弟たちが可愛くて仕方がないのかもしれない。
ただ、身内に傷を見せぬよう、空元気にしている可能性もある。声の調子だけで様子を決めつけるわけにはいかない。僕にとって都合の良い考えは今ここで捨てるべきだ。
「お客さん来たから連れてきたよー」
「えっ、お客さん?」
「じゃあ入るね~」
「ちょ……!」
明らかに『お客さん』というワードに動揺している御園出雲を無視して部屋のドアを開けるブラザーズ。
便乗して中に入ると、ベッドの上で座りながら英語の教科書を持っている御園出雲と目が合った。
「えっ、えっ!?」
僕の存在に気付くと、彼女は急いでベッドにある布団に身を包み、顔を真っ赤にしてこちらを睨んだ。家族だけの空間で気が緩んでいたのだろう、申し訳ないが寝間着姿はバッチリこの目で収めてしまった。
「な、なんであなたがここに!?」
今度は眠っていたせいで癖になっている髪を手櫛で何とかしようと必死に動いている。どういう心境で動いているのか分からないが、僕はまったく気にしないんだが。病人なんだから楽にしてくれていいのに。
「いや、そんなに焦らなくても……」
「焦るわよ! ああもう、今日はお風呂にも入ってないのに……!」
髪の次は自分の体臭を気にし始める御園出雲。そりゃ風邪引いて熱でも出せば汗も搔く、この時期なら尚更。とはいえ風呂に入って熱をぶり返そうものなら元も子もないししょうがないと思うんだが、そういう問題じゃないんだろうな。
「あはは、姉ちゃん顔真っ赤!」
「真っ赤~」
「うるさい! あなたたちはもう出て行きなさい!」
「わー怒った!」
「姉ちゃん怒った!」
注意された弟たちは、怒る姉から逃げるように御園出雲の部屋を出て行った。
あっと言う間に2人きりの空間、静寂が部屋の中を支配する。御園出雲からは警戒するような視線が飛んできて、僕は肩をすくめるしかない状況である。
「……僕も出ていった方がいいか?」
「別にいいわよ、用があって来たんでしょ?」
「そりゃそうだが」
「あっでもそれ以上近付くの禁止、この距離で話して」
「念のため言うが臭くないぞ?」
「こ・の・距・離・で・は・な・せ」
何が何でも接近は防ぎたいらしい。その強い意志も感じられたので、僕は御園出雲の居るベッドから少し離れたところに座ることにした。
飾り気のない、本棚の参考書がやけに目に付く部屋。下の段にはボードゲームやトランプなどが置いてあり、これで弟たちと遊んでいるのかと勝手に思ってしまう。
「というかあなた、学校はどうしたのよ」
「サボった」
「……まったく、開いた口が塞がらないわね」
「うるさい、お前の弟たちだってサボってるじゃないか」
「どこと張り合ってるのよ。だいたいウチの子たちは職員会議で13時には下校してるから」
「ああ、そういうのあったな」
小学生の時は、何か理由ができて帰りが早くなることがよくあった。当時は喜んでいたけど、今思うと職員会議で早く帰宅って教師の怠慢もいいとこだよな。両働きの家族にとっては結構大変だっただろうし、もっと遅い時間にやればいいのに。
「で、何の用なわけ?」
現代の教育のあり方を少しばかり嘆いていると、御園出雲は僕が部屋に入った時同様に質問する。
御園出雲の疑問は尤もだろう。体調不良とはいえ、大して仲良くもないクラスメートが学校をサボってまで家を訪ねてきたら驚きもする。
だからまず、質問に答える前に僕の質問を投げることにした。
「体調は、そんなに悪くないのか?」
御園出雲の顔は少し上気しているようにも見えるが、大きな声も出てるし、そこまで調子を崩しているようには見えなかった。
「ああ、少し熱はあるけど大丈夫よ。こんな時期だし、風邪移したくないから学校休んだだけで」
学内屈指の委員長様は、体調が悪くとも委員長全開だった。学校に行かない理由が試験前のクラスメートに風邪を移したくないだなんて普通の高校生の思考回路ではないだろう。
御園出雲の考え方に驚かせられたが、気を取り直す。体調が悪くないなら、今の内に説明してしまった方がいい。
僕は持ってきた通学カバンからノートを4冊取り出した。
「これ、今日の1限から4限の授業内容だ」
「へっ?」
「午前の授業までは試験範囲だからな、明日以降に備えてくれ」
取り出したノートを重ねてベッドの近くに置く僕。距離があるため直接手渡しはできなかったが、布団にくるまる御園出雲がベッドの端に身を寄せてノートを手に取った。
「分からないところは聞いてくれ、今日の分なら頭に入れてある」
「……なんで」
ノートをペラペラめくりながら、御園出雲は呟いた。
「なんであなたがこんなことを? 頼まれたってするタイプじゃないでしょ?」
そうかもしれないと、御園出雲の疑問に心の中で首肯する。普段の僕だったら、学校にいない生徒のことなど関心に持つことさえない。
でも違う。僕は聞いてしまっている。御園出雲の野望を。野望を達成するために、これまでどれだけ頑張ってきたかを。
「雨竜に勝って欲しいからな、そのためなら僕は喜んで動くよ」
そしてその野望は、僕の希望にも繋がる。学年1位を取った御園出雲に雨竜が関心を持つようになれば、僕としても平穏が訪れるし悪いことではない。
少なくとも前までは、それだけを思っていた。
でも今は違う。僕の欲望のためだけに手伝おうと思ったわけではない。
これは僕にとっての贖罪だ。
「それと、昨日の朝のこと。それを謝りたくて、今日来たところはある」
そう言って僕は立ち上がると、その場で頭を下げた。
「昨日は悪かった、酷いことを言った。この程度の試験資料で許されるとは思っていないが、本気だと言うことは伝わってほしいと思う」
桐田朱里同様、御園出雲の表情も辛そうだったのを思い出す。注意してくる彼女にクラスがうんざりしていると暴言を吐いた時、御園出雲から生気を感じなかった。それだけショックな内容だったのだと、今更になって理解した。
「……別に、謝る必要なんてないわ」
だが、御園出雲は怒らなかった。僕をなじるわけでもなく、目線を床面に下ろしながらポツポツ呟く。




