表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい  作者: 梨本 和広
3章上 期末試験と勉強合宿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

154/378

42話 許容できないこと

「はっ?」


一言一句逃さず聞いていたはずなのに、僕の脳はまったく理解を示さなかった。ただの音として、耳の中を右から左へと流れてしまっている。梅雨を恋人にできない理由を言及している途中で、話が明らかに飛躍した。



桐田朱里は今、僕に何と言った?



「えっと、聞こえなかったかな?」


冷静に1つ1つの言葉を紡いでいるように見えた桐田朱里だが、顔は朱に染まっていた。まるで、恋する乙女のように。恋する乙女が、恋している相手と話しているかのように。


「聞こえている。ただ、意味が分からなかっただけだ」


『私にも入り込む余地はあるのか』、桐田朱里は確かにそう言った。


どうして梅雨と付き合う云々の話で、そんな言葉が出てくるんだ。それだと桐田朱里が、僕と付き合いたいみたいに聞こえるじゃないか。


僕と付き合いたいから、梅雨との動向が気になって。僕と付き合いたいから、梅雨の告白を了承しない理由を聞いてくる。そう考えれば、不可解だった桐田朱里の言動にも説明がつく。


だが、それはあり得ない。


桐田朱里は、雨竜のことが好きなんだから。1ヶ月ちょっと前、僕は屋上へ続く踊り場で相談を受けた。1度は挫折しかけたが、再び相談に乗ってほしいと言われた。桐田朱里の好意は雨竜に向いているのだ。


なのに、どうしてあんな言い回しをする?


「そっか、確かにちょっと分かりづらかったよね」


元は温泉旅館だった和室の一室。桐田朱里は上げていた浴衣の裾を元に戻し、呆然と立ち尽くす僕に目を向けたまま、自分の右手を胸の上に置いた。




「私――――好きなの。廣瀬君のことが、好きなんだ」




幻聴じゃなかった。聞き間違いでもなかった。先ほどのような曖昧な表現ではなく、小学生でも分かるシンプルな言葉だった。


そしてそれは、間違うことなく桐田朱里から僕へ向けられた言葉。



「……冗談だろ?」



しかしながら、それを受け入れられるかどうかは別の話である。


何度だって言う、桐田朱里が好きなのは青八木雨竜だ。


「そうでなきゃ思い切り相手を間違えてるな、僕は雨竜じゃないぞ?」

「廣瀬君」

「それとも告白の練習か? そういうことなら受けて立とう、僕が拒む理由はな……」

「廣瀬君!」

「っ!」


桐田朱里が、強く僕の名前を呼ぶ。横道に逸れようとする僕を咎めるように、僕の言葉を遮った。


そして、



「冗談でも間違いでもない。私が好きなのは廣瀬雪矢君、あなた」



彼女は改めて、自分の気持ちを僕に向けて伝えた。


「ホントはこんなに早く伝えるつもりじゃなかったんだけど、梅雨ちゃんのことがあったから。何も言わないままでいたら、手遅れになるかと思って」

「……なんでだ?」


照れ臭そうに話す桐田朱里の言葉を、今度は僕が遮った。


想いを伝えようと思った経緯なんてどうでもいい。そんなことより、教えて欲しいことはいくらでもあった。


「お前は、雨竜が好きだったんじゃないのか? だから僕に相談したんじゃなかったのか?」


桐田朱里の主張を聞いた上でも、僕は未だその想いを信じられずにいた。


だって彼女は、陽嶺高校の伝説にさえなり得る男、青八木雨竜に恋をしていたのだ。去年の球技大会からその想いは募り、ずっと膨らみ続けてきたはず。


それがどうして、僕を好きだなんて言い始めているんだ。



「勿論、最初はそうだったよ。青八木君が好きだったから、廣瀬君に相談したんだ」



桐田朱里は軽く顔を伏せ、祈るように両手を胸元で結んでいる。


「初めはさ、相談したこと後悔したよ。とても真剣に向き合ってくれてるように思えなくてさ、青八木君のこと諦めようと思った。でも、『手紙読んだ』って青八木君に声を掛けられて、うまくいかなかったけどデートまで誘ってもらえて。廣瀬君のアドバイスがなかったらきっと、そんな展開夢のまた夢だって、思うようになったんだ」


桐田朱里から言われたことは、別に特別でも何でもない。自分がどんな人間か分かるように手紙を書き直せと指摘して、修正したのは本人だ。結局手紙の内容は知らないし、雨竜の気を引くことを書けたのも彼女の力量で、僕は何もしていない。『恋するシュリちゃん』も見せられずに終わったわけだし。


「そこから、廣瀬君にすごく背中を押してもらった。緊張して何もできない私に、何度も心強い言葉を掛けてくれた。デートのときだってそう、廣瀬君の優しさにずっと支えられてきた」

「優しくなんかない。僕はお前と雨竜をくっつけるために」

「分かってる。だからこそそれが廣瀬君の素なんだよ。誰かのためにぶつくさ言いながら動けるのが廣瀬君なんだよ」


違う、妄想だ、そんなものは僕ではない。僕は他人の意志なんて尊重しないし、僕のためだけに動いてきた。他人が、僕を知った風に語るな。


「それに気付いたらね、青八木君の隣を歩いている自分を想像できなくなった。あんなに仲良くなりたいと思ってた相手のことが、気にならなくなった」

「……」

「いつの間にか、廣瀬君の隣にいる自分を想像するようになった。廣瀬君の隣を歩きたいって思う自分がいることに気が付いた」

「……」

「最初は戸惑ったよ、あんなに奇天烈だと思ってた相手に何をって。でも、今なら自信を持って言える。私が好きなのは青八木君じゃなくて、廣瀬君だって」


桐田朱里の長い告白を聞いて、確かに僕も理解した。彼女が好きなのは雨竜ではなく僕。僕と接していくうちに、雨竜から僕へ心変わりしたのだと。


先程まで戸惑いで暴れていた心臓が、今は静かに鳴り響く。僕の頭が彼女の気持ちを受け入れ始めたからこそ――――――決して甘い雰囲気にはなり得なかった。



「……ふざけるな」

「えっ?」



ドスのきいた低い声が、部屋全体に響き渡る。



今僕の中を占めているのは、『怒り』の感情だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] …まぁ、雪矢は自分が好かれたくて一生懸命助けてたわけじゃないからなー。その助けてた相手が、今までの助けを無駄にするような事を言ってきたら怒るのは分かる気がする。 それでも朱里ちゃんを応援す…
[一言] ただの鈍感ネガティブ主人公みたいになってちょっとガッカリ。 この後、雨竜等に説教みたいなされて言い負かされるのを予想。 雪矢には我が道というかうまく言えないけど、俺が言う事が全てだって感じで…
[良い点] 違う、妄想だ、そんなものは僕ではない。僕は他人の意志なんて尊重しないし、僕のためだけに動いてきた。他人が、僕を知った風に語るな。 久しぶりに偏屈な所が出ましたね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ