24話 無益な討論
「青八木先輩の気を引くには、勉学で上回ることが一番だと思うんですね」
その意見には僕も賛同する。
僕が去年の夏休み明けテストで満点を取った時、今までほとんど話したことがない雨竜が声を掛けてきたのだ。意識的なのか無意識なのか知らないが、雨竜は自分より優れている(と思われる)人間に関心を持つ。僕にとっては穏やかな日常を失う悲しいきっかけになってしまったが、雨竜と交流を持ちたい人にとっては1つの指標となるだろう。ただ接点を持つために教えを請うだけではダメ、御園出雲のように雨竜に勝つつもりで挑む方が進展はありそうだ。
だからこそ蘭童殿の出した意見に賞賛を送りたいところだが、結論が先読みできてしまっているため僕の心中は大変複雑である。どうか僕の考えなど否定してくれと神に祈っていたのだが、
「となれば作戦はシンプル! 青八木先輩が分からないところを廣瀬先輩が答えを出し、私に解き方を教えてくれればいいんです!」
いつぞやみたく、蘭童殿は自信満々に実現不可能な作戦を声高らかに言い放っていた。分かっていたけど、神様ってホントいないよね。
「そしたら私が青八木先輩に分からないところを教えられるわけで、感心されること請け合いです! どうですかこの作戦、完璧だと思うんですが」
ドヤッという効果音が見えてしまう程口角を上げる蘭童殿。ニコニコしながらパチパチと拍手をするあいちゃん。頑張り屋で一番応援したくなるのに、時々知能指数が幼稚園児並に下がってしまうのはどうしてだろうか。1年女子に勉強を教えてもらう2年学年首位という光景は是非とも見てみたいが、まったく以って現実的ではない。
というわけで、前回同様1つ1つ丁寧に紐解いていくことにする。
「蘭童殿、一応訊いておくんだけど、雨竜の中間試験の順位って知ってる?」
「勿論ですよ! 1位だなんて流石ですよね!」
「いやまあ流石なんだけど、そんな奴に教えられることってあると思う?」
「あるに決まってるじゃないですか、青八木先輩だって全知全能じゃないんですから」
「そりゃ全知全能ではないけど、あいつが分からないことって僕らでも分からないと思うぞ?」
「何を仰いますか、廣瀬先輩なら青八木先輩の不足分を補えますって!」
いったいこの子は何を根拠に言っているのだろう。不足分というが、あの男は疎かになりがちな芸術科目ですら気持ち悪いほどに造詣が深いというのに。
「完璧に見える主人公の弱点を補う三枚目キャラの相棒、少年漫画ならありがちな設定ですよね!」
いや、少年漫画だと主人公が完璧ってなかなかないと思うのだが。むしろ相棒というかライバルの方が優秀で、主人公の1点突破で張り合う的な光景の方が目にするような。
……あれ、蘭童殿さらっと誰かさんのことを三枚目認定してませんか。こんな男前を前にまさかですよね。
「で、どうでしょう! 私の作戦は!?」
「5点です」
「はひいいい!?」
謎の奇声を上げる蘭童殿に、僕は1から教えてあげることにする。とりあえず僕が雨竜を上回るシリーズは2話で完結していただきたい。週刊誌もびっくりの打ち切りである。
「着眼点は良い、しかしそれ以外がさっぱりだ。気持ちは分かるが、できないことにこだわり続けて泥沼にはまるのは1番良くないぞ?」
「で、でも、部活の時に青八木先輩が、廣瀬先輩に試験で負けたことがあるって言ってましたよ?」
「それはあくまで去年の夏休み明けの話だ。それ以降僕が勝ったことはないし、勝とうともしてないしな。だから僕が雨竜に勉強を教えられる前提は一旦忘れるんだ」
「そうは仰いますが……」
蘭童殿と討論を交わし、お互いの意見を1つ1つぶつけていく。雨竜へのアプローチがより良いものへ変わっていくための対話だと認識していたのだが、
「だから主人公は友情か愛情で勝利を収めるべきなんです! それこそが少年漫画の醍醐味じゃないですか!?」
「違う! きっかけは友情でも愛情でも構わないが、主人公は自分の力で勝つべきだ! 己が成長を自覚し強敵をも打ち倒す、それが少年漫画のあるべき姿だ!」
「何を言ってるんですか! 仲間と協力して強敵に打ち勝つことこそが少年漫画の魅力なんですよ!? 漫画を読む子どもたちに人と人との繋がりの大切さを学んでもらう、まさに青春のバイブルです!」
「協力することを主に置いた子どもなんて積極性の欠けたつまらない人間になってしまうぞ!? あくまで個人の成長を促すものでなければ子どもは育っていかないんだから!」
いつの間にか、お互いの少年漫画論を熱く語り合っていた。初めは仲良く話していたはずなのに、気付かぬうちにスイッチが入ってしまっていたのである。
「……残念です。廣瀬先輩には『友情・努力・勝利』の精神が欠けているようです」
「主人公を甘やかすことが友情ならば、僕には確かに欠けているのかもしれないな」
「あ、あの……」
僕らのデッドヒートを不安げに見つめていたあいちゃんが、ついに僕らの間に割って入った。
「ふむ、どうやら第三勢力が出現したらしいぞ蘭童殿」
「少女漫画派閥のあいちゃんに私たちを説き伏せることができるのかどうか、見物ですね」
「いえ、そうではなくてですね」
僕らの口上に決して乗ることなく、あいちゃんは壁に掛けられている時計を指差した。
「もうすぐ13時ですが、作戦はどうしますか……?」
「「あっ……」」
あいちゃんの指摘を受け、本題を忘れていることを今更気付いてしまった。残念ながら、新しい案を考えている猶予はない。
「あいちゃん! どうしてすぐに止めてくれなかったんだ!?」
「そうだよあいちゃん! それがあいちゃんに課せられた何より大事な役割なのに!」
「ええ!? 2人の邪魔しちゃ悪いと思ってただけなのに、私のせいなんですか!?」
「「うん」」
「そこだけぴったり息合わせないでください!」
結局、ノーアイデアのまま勉強会に臨むこととなってしまった。蘭童殿よ、正攻法で挑んでください。




