21話 当然の疑問
「遠くからわざわざありがとう」
マイクロバスから降りてきた皆の衆に優しく声を掛ける雨竜。普段ならばそんな雨竜に目を奪われる人間がいてもおかしくないのだが、周りの興味は雨竜の隣にいる美少女に移っていた。
まあ気持ちは分かる。容姿で想像はつくだろうが、恋人だなんて言われたらぶったまげるだろうからな。
「まずは紹介させて欲しいんだけど、妹の梅雨だ。今日はみんなに会いたいって言うから連れてきたんだけど、勉強の邪魔になりそうなら言ってくれ」
「青八木梅雨です! いつもお兄ちゃんがお世話になっています!」
心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて、軽く頭を下げる梅雨。雨竜の友人がここまで集まってくれたことに喜びを感じているのかもしれない。
と、冷静に分析して間もなく。
「か、可愛いいいいい! ウルルンの妹、ものすごく可愛いんだけど!」
そう言って梅雨との距離を真っ先に詰めたのは、初対面でも距離感を意識しようとしない神代晴華だった。
「ありがとうございます! 神代さんの方がすごくお綺麗ですが」
「あ、あれ、なんで名前知ってるの?」
「今日いらっしゃる方のお名前と特徴は事前に聞いていたので!」
「えらーい! ちょっとウルルン、あなたの妹よく出来過ぎじゃない!?」
神代晴華からお褒めの言葉を受ける梅雨だが、時折相手を見定めるように目を光らせる瞬間がある。初っ端から過保護モード全開なのは構わないが、その人は対象外なので無視しても大丈夫です。
しかしながら、神代晴華が接近したことで周りも声を掛けやすくなったのか、
「へえ、じゃああたしも分かるの?」
「名取さんですよね、髪の色すごく素敵ですよ!」
「こんにちは、梅雨ちゃんは雨竜君と何歳離れてるの?」
「2歳です! 今は中学3年生ですね!」
「中3……? えっ、うそ、中3?」
「そうですけど、何か変ですか?」
次々と梅雨へコミュニケーションを取っていく周りの者共。あっという間に輪ができて梅雨が見えなくなってしまった。
合宿の件、梅雨に一言文句を言いたかったが別に後でもいい。僕は雨竜に話を振った。
「おい雨竜、そちらのマダムを紹介しやがれ」
「いやでも、みんなまだ梅雨と話してるし」
「いいんだよ。僕はマダムと話したいんだ、みんなに紹介する必要があるなら2回しろ」
「了解、確かに待たせるのも悪いしな」
そう言うと、雨竜は梅雨とは逆隣にいる割烹着の女性に手を向けた。
「こちらはウチの別荘の管理と清掃をしてくださってる鳥谷さんだ」
「鳥谷と申します。今日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。廣瀬と申す者です」
ふっくらとした頬を緩め、目を細めて挨拶してくれる鳥谷さん。この親しみやすい雰囲気が僕にはとても心地よかった。
「鳥谷さんには今日の昼食と明日の朝食を作っていただく予定だ、マジで美味しいから心待ちにしてろよ」
「雨竜さん、そういう風にハードルを上げられると困るんですが」
「おい、ちょっと待て雨竜」
困ったように頬に手を当てる鳥谷さんから距離を取り、雨竜に小声で尋ねる僕。
「どうした急に?」
「どうしたじゃねえ、2食分も準備してもらうなんてどう考えても悪いだろ?」
僕から勉強合宿の件が離れてしまって深くは考えていなかったが、食事は自分たちで作るか外食をするものだと思っていた。1泊2日になるのだ、参加者は食費が自腹であることくらい充分に理解しているだろう。そこまで青八木家に負担してもらうつもりはない。
と、思ってはいたのだが。
「気持ちは分かるが大丈夫だ。この話を鳥谷さんに持ちかけた時、自分で食事を振る舞いたいって言ってくださったんだ。それを無下にするほど野暮ではないだろ?」
――――そんな嬉しいことを言ってくれたら、雨竜の言うように遠慮する方が野暮というものである。
「この別荘を利用するのって年に数回しかないから、鳥谷さんとしても腕を振るいたいんだよ。Win-Winなんだから深く考えるな」
「……そうか」
そういうことならばこれ以上何も言うまい。ありがたくご相伴に与るだけである。
「鳥谷さん、2日間よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
恭しく頭を下げると、鳥谷さんも僕に合わせて頭を下げてくれる。この別荘のお手伝いさんが鳥谷さんで良かったと思った。槇野さんといい、青八木家の人材発掘能力はなかなかのものである。
「お兄ちゃん、鳥谷さんみんなにも紹介してよ!」
女性陣のトークが一段落付いたのか、雨竜に注文をつけてくる梅雨。お前たちが会話を始めたから順番がズレたのだが、雨竜は嫌な顔せず神代晴華たちに鳥谷さんを紹介し始める。梅雨め、もう少し鳥谷さんとお話したかったのに邪魔しやがって。
「ゆーきやさん!」
そう思ったら、鳥谷さんと入れ替わるように僕の方へ歩み寄ってきた梅雨。ウチの連中と会話が出来て満足しているのか、表情は明るかった。
「こんにちは、絶対に来てくださると思ってましたよ!」
「テメエ、ウチの父さんに頼っておいてぬけぬけと……!」
「えへへ、反省してまーす」
嘘つけ。せめてもう少し深刻そうに言えや。舌をチラリと出しながら反省している奴がどこにいるんだ。どれだけ可愛い仕草で攻めてきても僕は陥落しないからな。
「そういえば雪矢さん、1つ聞きたいことがあって」
開幕説教の1つでもしてやろうと思ったところで、表情を改めた梅雨が小声で囁いてきた。
「……何かあったのか?」
声のトーンからしても真面目な話だと察し、僕は小声で続きを促した。勉強合宿が始まる前からトラブル発生とは幸先が悪すぎると思っていると、
「……ウルルンってお兄ちゃんを指してるってことでいいんですよね? あまりにかけ離れているというか、全然実感沸かなくて。まさか学校でそう呼ばれてるんですか?」
真剣な眼差しを向けてくる梅雨に笑いのスイッチが入ってしまう僕。どうするよお兄ちゃん、妹がお前のニックネームを心配してくれてるぞ。
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