13話 素
「ああ、そういうことか」
青八木スイッチをオフにして事情を話すことにした僕。
この選択肢は取りたくなかったが、精神科のある病院にでも連れて行かれそうな勢いだったため敢えなく断念。さすがにそれはまずい。
「安心したよ、廣瀬君頭おかしくなったのかと思っちゃった」
「……」
そんなに不自然だっただろうか。確かに普段の僕とはかけ離れていただろうが、そこまで心配されるとは思わなかった。
「というか、違和感すごくて、ふふ……!」
「……」
めちゃめちゃ笑いを堪えている桐田朱里。口元とお腹を押さえて、身体を震わせている。
おい、そこまで笑われることなのか。理由は説明したよな、貴方様のことを思った故の行動なんですが。
いい加減イライラしてきたので、桐田朱里の頭にチョップすることにした。
「いたっ!」
「笑いすぎだ、少しは僕の頑張りを讃えたらどうだ」
「あはは、ごめんなさい。でもしょうがないよ、そんなこと真面目に実践すると思わないもの」
「大真面目な人間にそんな毒を吐くとは、弟子の分際で生意気な」
どうも僕のやり方を小馬鹿にしている桐田朱里に改めて説明してやることにする。
「いいか、雨竜の真似をするのは大きな意味があるんだ。君が予め雨竜の口ぶりの僕と会話することで、あいつの不意打ちをシャットアウトする。『あっ、これどこかで聞いたことある』って思えば、新鮮みが薄れて君も恥ずかしくなって逃げ出すことはなくなるだろ?」
「なんかゼミのマンガ冊子みたいな対策だね」
「おっ、君はあのゼミの受講生だったのか?」
「ううん。マンガだけ読んで捨ててた」
「僕と一緒だな、構図のミスや誤字脱字を見つけてはクレームの手紙を送ってたものだ」
「……いや、それと一緒にされるのはちょっと」
おかしいな、途中まで同調していたはずの桐田朱里の視線が冷ややかになっている。
何故だ、入れるだろクレーム。教育を主とした会社の誤字脱字なんて見過ごすわけにはいかないしな。
「そっか、だからなのかな」
「何がだ?」
左手で揺れる髪を抑えながら、桐田朱里は困ったように笑う。
「廣瀬君がいきなり服装褒めてくれたこと。そんなこと言うかなって思ってたけど、青八木君の真似してたからなんだと思って」
一瞬、桐田朱里の表情に落胆の色が見えた。
はっきり言えば、どこに落ち込む要素があったか分からない。雨竜の真似をして褒めたことと、僕自身が褒めたことに違いがあるとは思わないし。
ただ、相手が僕とはいえ、今日のために一生懸命服装を選んだ桐田朱里を想像して、一言添えることにした。
「別に雨竜の真似なんて関係ないぞ?」
「えっ?」
「服装、僕も似合ってると思うが」
嘘偽りを言うのは絶対嫌だが、事実であれば躊躇う必要もない。
僕としてはあのベルトが良い味を出していると思う、彼女のプロポーションが際立っているしな。
「そ、そ、そうかな?」
桐田朱里は照れ臭そうに頬を搔きながら、僕と服装を交互に見た。
思った以上に表情が綻んでいる、そんなに嬉しかったのか。
「あ、あ、ありが」
「君もようやく自分の武器を理解してくれたようだしな、師として嬉しく思うぞ」
「…………ありが」
「ん? 蟻がどうした?」
「……うん、こんなに小さいのに一生懸命生きてるなと思って」
どうしたのこの子、急に生物の授業始めたんだけど。というか一気にテンション下がったな。心なしか桐田朱里の周りが暗く見えるし、大丈夫か?
一言声を掛けようかと思ったタイミングで、桐田朱里はクスリと笑った。
「……でも、廣瀬君らしいな」
「おい貴様、今僕を蟻のように小さいと宣ったか?」
「えっ、蟻なんてどこにもいないよね?」
ちょっと待って、会話がびっくりするくらい弾まないんだけど。




