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モテすぎる悪友が鬱陶しいので、彼女を作らせて黙らせたい  作者: 梨本 和広
2章 球技大会と青八木家

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59話 返答

女子に何度も呼び出されたことがある僕だが、それは全て雨竜への告白の取り次ぎだったり話すきっかけを作らされたりと、僕個人に対して何かイベントがあるわけではなかった。


そういうのが嫌で、雨竜に彼女を作らせようと動き始めたのが半年ほど前。必死に励むもなかなか成果が出ずに2年へと進級して約2ヶ月。


それがどういうわけか、まだ夢の世界から出てこられていないのか、目の前の美少女に愛の告白を受けていた。


「あっ、返事はまだしないでくださいね。妹みたいにしか思われていないの、分かってますから」


梅雨は両手を背中の後ろで組み、少し前傾になって上目遣いで僕を見た。


「でも、今度は雪矢さんからキスしてくれるよう頑張っちゃいますから。覚悟しててくださいね?」


そう言ってニコリと微笑むと、梅雨は僕の返答を待たずにすぐ側にある自分の家まで駆けていった。



――――普通ならば、これがいわゆる少年誌に連載されているような恋愛漫画であれば、唐突な出来事に混乱し、呆然と佇むしかないのかもしれない。



初めての告白に高揚し、休日はその相手のことしか考えられなくなり、次会うときはどんな顔をすればいいのかなんて悩んでしまうのかもしれない。


食事に手がつかなかったり、大好きな趣味に没頭できなかったり、当たり前のことを享受できずに周りから心配されるなんてこともあるだろう。


会ったら会ったで前より相手が可愛く見えたり、一挙手一投足に目が放せなくなったり、次第に相手に惹かれていくような展開になるかもしれない。



――――だがそれは所詮、紙の中から出てくることができない漫画での話に過ぎない。



僕は僕、漫画の主人公ではないのだ。



「待て梅雨ううううう!!」



僕は入り口の鉄門に手を掛けた梅雨を近所迷惑上等のボリュームで引き留めた。


まさか梅雨も呼び止められると思っていなかったのだろう、驚きに目を丸くしてこちらを見た。



「ど、どうかしました?」



梅雨に駆け寄り目を合わせると、顔は先ほど以上に真っ赤だった。大胆すぎる行動をした自覚があって、脳内で反省会をしていたのかもしれない。それなら好都合である。



「アホ、どうかしてるのはお前だろ」



僕は先ほど梅雨に口づけされた部分を指差して話を続ける。



「お前が完璧美少女だから良いものを、突然こんなことしたら警察呼ばれても文句は言えんぞ!?」



ここは決して自由の国ではない。頬への口づけが挨拶の国ではないのだ、男女が逆転していたら間違いなく警察沙汰である。可愛いは無罪なのだ。



「……もしかして雪矢さん、嫌でしたか?」



僕の説教を別の観点で捉えたのか、梅雨は寂しそうな目で僕を見る。


「いや、そういう話をしてるんじゃなくてだな」

「わたしにとってはそこが重要なんです! 頬とはいえ初めてのキスなんですよ!?」

「お、落ち着け。嫌というよりは驚いたというか……」

「……よかったぁ、嫌って言われたら今日一日中泣いて過ごしてました」


大きく息を吐く梅雨を見て、完全にペースを握られていることに気付く僕。


僕の方こそ落ち着け。説教はあくまで話の導入で、こんな話がしたかったわけではない。


今までと関係が唐突に変わってしまいそうだったから、僕ははっきり訊いておきたいのだ。



「なあ梅雨、本当に僕のことが好きなのか?」



安堵の表情を浮かべていた梅雨が、純粋な疑問を投げかける僕に対してしっかりと頷いた。


「はい。そうじゃなかったら告白なんてしてないですし」


真剣な眼差し。茶化すことなどできない雰囲気。


だから僕も、この場で今思っていることを伝えておきたい。


「梅雨の気持ちが嬉しくないわけじゃないが、正直僕はしっくりきていないんだ。梅雨は僕をずっと兄のように思ってくれていたんじゃないのか?」


青八木家で僕を出迎えてくれる梅雨は、確かに僕を慕ってくれていたと思う。


でもそれは、恋愛感情ではなかったはずだ。もう一人の兄ができたような感覚で僕と接していただけで、告白したい相手ではない。少なくとも僕はそういう認識だった。


「そうですよ。わたしが雪矢さんのこと異性として好きだなぁと思ったの、昨日の夜ですし」


昨日の夜、それは深夜テンションだったのか、どう考えても梅雨の言動がおかしかったタイミングである。


これで僕は納得した。この情報を聞けていなかったら、僕は梅雨へ伝えることはできなかっただろう。



「梅雨。さっきの告白だが、聞かなかったことにしてもいいか?」



梅雨の顔色が分かりやすく青白くなる。自分の告白をなかったことにしたいと相手が言っているのだ、それはさぞ堪えることだろう。



「わ、わたしの気持ち、迷惑でしたか?」

「違う。本気ならもう1回ちゃんと聞く」

「えっ?」

「梅雨、昨日からちょっと様子が変だろ?」



泣きそうになった梅雨にそう言うと、心底不思議そうに首を傾げた。まさか自覚していなかったとは、はっきり言っておいてよかった。


「僕と一緒にベッドに入って、ドキドキしなかったか?」

「それは勿論、あんな経験初めてですし」

「だからこそ、気分が高揚して勘違いしてるかもしれない」

「勘違い?」

「僕が異性として好きってところだ」


この世には吊り橋効果という言葉がある。不安や恐怖で発生してしまう興奮を恋愛感情と錯覚してしまうというものだ。梅雨は僕と雨竜の会話で気負っていたし、本人もドキドキしていたと言っている。該当していてもおかしくはない。


だが梅雨は、僕の意見を見当違いと言わんばかりにムッとする。


「そんなわけないじゃないですか、大体昨日だって自分が変だったと思わないですし」

「成る程。つまり梅雨さんは、付き合ってもいない男に身体を許しても良いと思ったが、つとめて冷静だったってことでいいのか?」


僕なりに痛いところを突いてやると、怒っていたはずの梅雨の表情が180度変化、恥ずかしそうに俯いてしまった。


「た、確かに、冷静じゃなかったというか、変に舞い上がってた部分はあったというか……」


しどろもどろになる梅雨の言葉を聞いて安心する。その場の状況と勢いだけで流されるような子にはなって欲しくないからな、反省できているならいいのだ。


「つまり、僕が言いたいのは2日の休日で冷静になれってことだ。勢いや勘違いで僕に告白してたんなら聞かなかったことにする。まあそっちの線が濃厚だろうが」


梅雨は僕に好意を持っていたのだから、普通より恋愛感情にシフトしやすかったとも考えられる。昨日の夜から今にかけていろんなことが起こりすぎていたし、少し落ち着けば自分の心の内も見えてくるだろう。


そういう思いからの提案に梅雨は目を丸くしたが、やがて嬉しそうに笑った。



「雪矢さんって、本当に優しいですね」

「ん? どこが?」

「だってこれ、勘違いしてたわたしのための救済措置じゃないですか。それでわたしが困らないようにしてくれてるってことですよね」

「違う。僕が納得してないものを受け入れる気がないだけだ」

「あはは、それならそういうことにしておきます」



梅雨は声を出して笑う。


――――そして不意に僕へ身を寄せると、僕の耳元で囁いた。



「こんなに優しくしておいて、好かれてないだなんて思わないでくださいね?」

「っ……!」



反射的に距離を取ると、いたずらが成功した子どものように梅雨は笑った。


「雪矢さんの言うとおり、休日で冷静になっておきますので! 勘違いだったらごめんなさい!」


そして梅雨は大きく僕に手を振る。


「昨日から今日にかけて、本当にありがとうございました! また構ってくださいね!」


昨日からのお礼を告げて、梅雨は今度こそ鉄門を通っていった。



ポツンと1人取り残され、その場に立ち尽くす僕。



哀しくも、まるで恋愛漫画の主人公みたいだと思わざるを得なかった。


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