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トーナメント一日目④

 

 怒声が飛び交うフィールド上には、俺たちの他に対戦相手であるパーティの姿……人数は未だに五人しか集まっていない。

 相手パーティの最後の一人は、試合開始間近になってもフィールド上に現れず、盾役(タンク)らしきプレイヤーが苛立ちを込め、罵るように叫ぶ。


「ZETA! あいつ、やりやがったな! ただじゃおかねぇからな!」


 周りのメンバー達もそれに同調するように、現れぬ最後のメンバーへの不満を口にする。

 事情はよく分からないが……大方、リアルでのトラブルだろう。運がなかったといえばそれまでだ。


「し、審判さん! 俺たちは五人でもやれるよ!」


『許可できません。後30秒で全員が揃わない場合、貴方達は失格となります』


「いや、だって!」


 トーナメントのルールにもあるが、時間内にメンバー全員が揃わなかった場合、そのチームは失格となり対戦する事すら許されない。

 ともあれ、人間が同じ時間に六人集まるとなればこういうハプニングも発生するよな……俺たちは実質、俺と港さんさえ来られれば、他のメンバーが揃わないなんて事態はあり得ない。

 そういう意味では、召喚士には有利なルールなのかもしれないな。


『――時間となりました。三組が失格となりましたので、二組の不戦勝として試合を終了いたします』


「待ってくれよ! せっかく練習してきたのに!」


 一切の弁解も受け付けないと言わんばかりに、審判は光と共にその場から消えた。

 明らかに納得のいっていない相手チームは、悔しそうな、恨めしそうな顔で俺たちを見つめながら光に包まれた。


「ラッキー……だったんだよな? まあ、メンバー不揃いでもOKにしちまえば、ルールそのものが意味を成さなくなるからなあ」


 相手チームが消えた場所に目を向けながら、港さんは同情するような声色で云う。

 個人戦と違い、混合戦と団体戦はプレイ環境の違う他人と参加する必要がある。俺たちの対戦相手だったプレイヤーだけでなく、今のようなトラブルで失格になったパーティも少なくないだろう。

 その後のパーティプレイにも支障がでそうだな……。


「なんにせよ、人数を揃える事も試合の一環ですからね。気を取り直して、次の試合に専念しましょう」


 


 不戦勝となった俺たちは、他の試合が消化されるまでの約20分間が自由時間となった。

 次の対戦相手の試合を観るという港さんは、長椅子に座る俺たちに待ったをかける。


「いや、あー……なんだ。対戦相手の情報はしっかり抑えておくからよ、ダイキはちびっ子達連れて、屋台でも行ってきてくれねえか?」


「? それは助かりますが……いいんですか?」


「気にすんな」


 俺たちに自由時間をくれた――訳ではなく、この時間を使ってレイとのコミュニケーションを取るつもりだろう。アルデが彼女と仲良くなろうとしている事を、港さんは知らない。

 男臭い、なんとも不器用な一面にほっこりしつつ、俺は「なら、お言葉に甘えて」と、ダリア達を連れ、控え室の出口へ向かう。


『アルデはどうする?』


『拙者は……』


 俺たちが試合で居ない間、この部屋でどんな会話がされているのかは不明だが、俺の思っていた以上に、アルデはレイの事を気に掛けてくれているらしい。

 彼女自身、俺の召喚獣となってからまだ日が浅い。そういう部分でも、未だ溶け込めないレイの気持ちが分かるのかもしれない。

 困ったような声色で『えっと、えっと』と呟きながら、出口に向かう俺たちと、部屋の隅でそっぽを向くレイとで視線を往復させていた。


 人見知りのはずのアルデが、俺たちが行く方よりレイ達の居る部屋の方に留まろうとしている。それだけで大きな成長だと言えるが……ここは親として、助け舟をだしてあげようか。


「――アルデはこの場に残って、港さんからの伝言を俺に伝える係をやってくれ。重要なミッションだぞ」


『え?』


「お、おう……助かる」


 俺の言葉に、アルデは驚いたような、港さんは気まずそうな声色で、それぞれ反応してみせた。

 港さんとしては、水入らずの状態でコミュニケーションをとりたかったのだろうが、自分の提案が一つ通った後だ、その上で俺の提案を蹴る人じゃない。

 ともあれ、必要ならばメールなりなんなりで連絡は簡単に取れるのだが……放置状態になっているレイの事が余程心配なのか、そこまでの頭は回っていないようだった。


『と、いうことだ。しっかり仕事をこなしてくれ』


『わ、わかった!』


 なんとなく俺の意図を察したのか、アルデは胸の前でガッツポーズをとりながら、レイの方へと歩いていく。

 港さんがなんとも言えない表情でこちらを見てきたが、俺たちはそそくさと出口の向こうへと退散したのだった。




「お。やっぱり、アルデが居たから遠慮してたんだな」


『そうじゃない』


『久し振りのてっぺんだー』


 会場内を歩く俺は、頭の上に部長を乗せたダリアを肩車しながら観客席へと向かっていく。

 まだ、どこか遠慮がちなアルデを気遣って、自分も俺と手を繋ぐだけに抑えていたダリアの欲求が解放された今、少し懐かしい“団子スタイル”へと合体したのだった。


「確か、トルダの席は――――」


 マップに表示された席へと目を落としながら、観客席で試合観戦を楽しむトルダの元へと向かう俺たち。

 この子達を屋台に連れ出すと試合の時間に間に合わなくなる可能性すらあるので、挨拶も兼ねてこちらへ来ていたのだった。


 と――、比較的空いた区画の席に座る、アイスグリーンの髪の女性プレイヤーの姿を見つけ、俺は手を上げた。


「おーい、トルダ」


 それに気付いたトルダは、(かじ)っていたフランクフルトを口に咥えながら、グラスを持っていない手を振り返し、それに答える。


 グラスの中身は――ビールか?


「不戦勝だったね。ラッキーだったじゃん」


「相手は気の毒だったけど、まあ、運が良かったな」


 トルダは二つ出していたモニターのうちの一つを指差し、笑顔を見せた。

 もう片方はケンヤ達の試合だろうか?


「お、部長ちゃんにダリアちゃん。久し振りだねー! 部長ちゃん、私の膝の上で寝ていいんだよ!」


『動くのしんどいからいかなーい』


 部長を見るなり、鼻息を荒くして自分の膝をポンポン叩くトルダだったが、部長は動く気が無いらしい。

 しばらく部長に視線を向けていたトルダは「なんて言ってるの!?」と、俺に視線を移す。


「試合で疲れてるからごめんね。だってさ」


「あ、そうか……ごめんね、部長ちゃん」


 本来の部長の言葉ではないのだが、彼女の理想を壊すまいと努力した結果、若干しょぼくれた雰囲気を見せたトルダ。


 なんとか部長を説得して彼女の膝上に寝てもらおう……。




「――この対戦相手は、(うま)いな」


「ふうん。動き一つ見ても分かるもんなんだ。私にはさっぱりなんだけど」


 なんとか部長をトルダの膝上に移動させた俺は、トルダの出したモニターに映るケンヤ達の試合を覗きながら、その立ち回りや作戦を細かく分析し、解説していく。


 バランスのいいケンヤ達パーティとは違い、相手は盾役(タンク)一人と前衛攻撃役(アタッカー)四人、回復役(ヒーラー)一人の変則的なパーティで、遊撃手としての四人が雨天さんを狙って動き、回復役(ヒーラー)は近くに盾役(タンク)を従え、四人に回復魔法を送っているのが見えた。


 強力な突進を繰り出す金太郎丸の攻撃も、回復役(ヒーラー)を守る盾役(タンク)によって防がれ、即座に回復されるというジリ貧状態。動き一つ一つに迷いがない部分に、練習した回数の多さが伺える。


「ケンヤ達の回復役(ヒーラー)であるプレイヤーに、相手の攻撃役(アタッカー)が何かを投擲しているのが見えるから、そのせいで回復が遅れているな」


「姑息だねー。一気にババン! って、攻めればいいのに」


 部長を撫でながら持論を述べるトルダに、それは違うと解説を挟む。


「これも技の一つだよ。一気に攻めるスタイルが主流のチームでも、それの対策をしっかりしてきたチームの守備を越えられなければ、カウンターで大きな被害を被る」


「自分たちの守備が疎かになってるから?」


「そう。将棋で例えるならば、居飛車穴熊(いびしゃあなぐま)という俺の好きな守りの手があるんだけど、これが完成していれば簡単に王手の掛からない、堅固な守備になるんだよ。無茶に突っ込んできたら返り討ちにもできる」


 俺の熱い将棋話には興味ないぞと言わんばかりに「部長ちゃんにコレあげるからね」と、屋台で買った果物を取り出すトルダ。

 俺の膝上でモニターを眺めるダリアの頭を撫でながら「今度将棋を教えてあげよう」と声を掛けるも『いい』と、冷たくあしらわれてしまった。


 将棋を語れる召喚獣……居ないよなあ。


 とかなんとか言っている内に、モニターの奥では勝負が大きく動いていた。


「あ。ケンヤが取り囲まれてる」


「これはマズイな」


 相手もケンヤも消耗しているものの、やはり火力の高い相手チームの方が押している形になっていた。


 未だ戦闘不能になっているプレイヤーは居ないものの、雨天さんと相手攻撃役(アタッカー)の間に入ったケンヤが袋叩きにあっている。

 いくら防御の高いケンヤといえど、回復支援もままならない状態ではダメージ量の方が上回る。ケンヤが崩されれば、チームの勝利は絶望的だろう。


「ともあれ、殴ってくださいと言わんばかりの場所に飛び込むのは、ケンヤらしくないというか……ん?」


 ふと――画面隅に移ったプレイヤーと、敵の位置とを確認し、俺は自分の考えが間違っていた事に気付く。


 策士だねえ。


「そうか――攻撃役(アタッカー)はライラさんと金太郎丸だけじゃなかったな」


 召喚士というのは“召喚獣ありきの職”という見方が強く、拳で戦う港さんや剣や盾を使う俺は、ステータス的にも本職を超える事はできない。故に、召喚士自体の戦闘能力は低いとされていた。

 けれども“彼女”のように、魔法職である召喚士のステータスをそのまま伸ばした召喚士に関しては、その限りではない。


 俺のアドバイスをしっかり反映させたクリンさんが、ケンヤを中心に巨大な魔法陣を発動させた。

 召喚士であるクリンさんはノーマークだったのか、反応が遅れる二人の攻撃役(アタッカー)

 すかさず、ケンヤが挑発で行動を阻害。突如起こった竜巻に巻き込まれた攻撃役(アタッカー)達。


 相手の回復役(ヒーラー)は立て直そうと回復魔法を唱えるものの、飛び込んできたライラさんの大剣によって、詠唱キャンセルを余儀なくされた。


 ――流れは完全に、ケンヤ達に来ていた。




 ケンヤ達が無事に二回戦を突破したのを観終わった俺たちは、港さん達のいる選手控え室へと向かっていた。

 トルダから部長を引き剥がす際に一悶着あったものの、特にトラブルもなく進むトーナメントに安堵している自分もいる。


 やはりマナーの悪いプレイヤーは一定数いるだろうし、今回のイベントはプレイヤー対プレイヤーの真剣勝負。その中に様々な感情が渦巻いている事は容易に想像できる。

 敗者には(さげす)みが、勝者には(ねた)みがどこかで発生する……考えすぎだろうか。


『次の試合も頑張ろうな』


『うん』


『はーい』


 自分自身にも鼓舞しながら、俺は次の試合へと気持ちを切り替えたのだった。

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