トーナメント一日目②
風の町――中央ポータル前。
港さん達は既に到着していたらしく、転移した先で俺たちを待っていた。
定番化しているが、擦り寄ってくるキングと、腕に抱かれるダリアが睨み合う。
「遅くなりました」
「まあ、あれだ。俺たちも今来た所だ」
何かデートの決まり文句的な風にも聞こえたが、お互い特に意識することなく、再び石の町へと向かう。
石の町で待ち合わせでもよかったのだが、インフィニティ・ラビリンスの時も町の中はプレイヤーでごった返していた。結果、別の町で一度待ち合わせる事に決めていたのだった。
コロシアム内で合流できるのかもしれないが、念には念を、である。
「団体戦からスタートみたいですね」
お祭り状態の石の町を歩きながら、コロシアムへと向かう俺たち。
着くまでの暇つぶしとして、メールに記載されていた内容で雑談を交わす。
「みたいだな。準々決勝辺りから二日目か? なんにせよ、ピークで盛り上がるのは明日ってわけだな」
準々決勝か――確かに、盛り上がるとすれば強者と強者がぶつかる、決勝に近い所の対戦だろう。
思えばケンヤ達Seedのみんながパーティで戦う場面も、銀灰さん達が戦う姿も見ていない。参加者の俺に、それらを観戦する時間があるのだろうか?
「他のプレイヤー……特に、トップの方々の戦闘は是非観ておきたいですね。掲示板で試合の動画でも貼られていたりしますかね?」
「というか、過去の試合は“モニター”から検索して観る事ができるらしいぜ。だから俺たちも特定のプレイヤーの試合をいつでも観戦できる」
何処かから仕入れてきた情報なのか、鼻高々に言う港さん。
運営の配慮に感心しつつ「それは助かります」と返す。
過去の試合を検索できるとなれば、自分たちの試合も自分たちで観ることができるはずだ。勝ち進んだ際は、自分たちの動画から反省点を洗いつつ、次の対戦相手の動画を観て対策を練る事ができるな。
コロシアムへとたどり着いた俺たちに、受付にいたNPCが声をかけてくる。
この日のために雇われた兵なのか、相当強そうな外見だが――
「トーナメント参加の方ですか? それとも観戦希望の方ですか?」
「参加者です。俺がダイキで、こっちが港。召喚獣と共に登録しておりますが、召喚獣達の紹介も必要でしょうか?」
俺の言葉に受付は「少々お待ちください」と、何か名簿らしきものと照らし合わせるように、二度ほど俺たちの顔と行ったり来たりする。
確認が取れたのか、笑みを浮かべたNPCが、開かれたコロシアムの扉の奥にある扉を指差した。
「参加の方は奥の《選手控え室》へとお進みください。また、観戦する際は階段から二階へと上がり、予約席以外の空いている席でお楽しみください」
わかりました。と、言われた通りに進んでいく俺たち。
時間もあまりないので、そのまま選手控え室へと続く扉に向かう。
横を歩く港さんは、チラリと後ろを確認しながら、呟くように言った。
「今のは王都の騎士団所属のNPCだな」
「騎士団……ですか」
確かマーシーさんが語っていた、プレイヤーが透明装備で町を走り回っていた際に出動した、用心棒NPCの総称だったか。
あれがマーシーさんの言う騎士団だとしたら、そのレベルは100――
ここにいる誰よりも強いんじゃないのか?
ともあれ、なるほど……プレイヤーが粗相を起こしても、力で押さえつけるだけの実力者がいるという事か。
「騎士団……王様が来ることと何か関係しているんですかね?」
「なんとも言えないな。まあ、王の警護って考えれば、高レベルのNPCを配置するのも不自然な話じゃない」
後のイベントに関係する何かなのかもしれないが、現状では何も分からない。
ともあれ今は試合に集中だ。と、気持ちを切り替えつつ、俺たちは選手控え室の扉をくぐった。
選手控え室の内部は、全て石で造られた簡素な小部屋だった。真ん中に長い椅子が置かれ、木製の箱の中には専用の回復アイテム群が並んでいる。
部屋の横には、殺風景な部屋には似つかわしくない液晶モニターが設置されており、トーナメント表が表示されていた。
小部屋は完全に俺たちだけで区切られているらしく、他のプレイヤーの姿はない。部屋内にいるのは、港さんたちと、俺たちだけである。
メニュー画面を操作しつつ、港さんはトーナメント表について語り出す。
「俺たちはEブロックの二組目だ。トーナメント表からは対戦相手の代表者だけなら確認できるが……当然ながら、知らない名前だな」
港さん曰く、リーダーである俺が代表者であるため、俺の名前は相手も見る事ができるらしい。
俺の名前は色々と目立っているため、第一試合から対策を打たれている可能性はあるという。
そして港さんの言うとおり、対戦相手の名前は知らなかった。
「ダイキの知名度は高いから、初戦から相手に多く情報がある状態で戦わなければならないが……まあ、道は険しい方が燃える」
「待ちきれない、って様子ですね」
少しだけハンデを背負っている状態だが、今までの練習が無駄になる程とは思えない。
それに、俺も港さんのように燃えているのが本音だった。
『がんばる』
『がんばるー』
ダリアも部長も気合い十分といった様子。
団体戦では留守番となるアルデと、港さんの召喚獣のレイは、この選手控え室で待機状態となるようだ。
運営からの配慮なのか、召喚獣や魔獣を帰還・再召喚せずとも済むようになっているのは非常に助かる。
二人には俺たちが戦う姿を、モニターにて見ていてもらおう。
『皆の武運を祈ってるぞ』
『ああ、アルデも応援よろしくな』
長椅子の上でガッツポーズを取るアルデの頭を撫でながら、チラリと港さんとレイの方へと目を向ける。
親密度不足で思うようなパフォーマンスができないレイは、役職が部長と被る事から留守番組となっていた。港さんがモニターで戦闘を見て欲しい旨を伝えても、彼女はそっぽを向いたままだ。
部長には少しだけあった反抗期的な部分が、今のレイのそれなのかもしれない。
港さんも、思うように懐かないレイに手を焼いてるようだった。
『アルデ――待っている間、頑張ってレイに話し掛けてみてくれないか?』
『ええ!? む、無理だ!』
俺の提案に、アルデは被り物を大きく揺らしながら慌てだす。
うまく溶け込めないレイが不憫に感じてしまうのは、召喚士ならではの気持ちだろうか。親密度が低いために、上手く感情を表せないのだとしても、召喚獣同士なら親密度は関係ないはずだ。
問題はアルデが人見知りだという事だが……
『よし。じゃあ団体戦が終わったら甘い物を買ってあげよう』
『ダメだ! 釣られないぞ!』
ダリアと部長ならイチコロの食べ物釣り作戦も、アルデには通用しない。
さて、どうしたものか……
『アルデ きっとあの子は寂しがってる』
と――アルデの隣に立っていたダリアが、アルデをヨシヨシしながら話しだす。
『姉御。拙者は知らない人と話すのが苦手なんだ』
『苦手ダメ こくふくするチャンス』
弱音を吐くアルデに、ダリアは甘やかす事なく言葉を続ける。
言っている事はごもっともだが、苦手な野菜を普通に残すダリアが言うと説得力に欠ける。ともあれ、俺たちパーティの長女としての威厳が効いたのか、アルデは恐る恐るレイの方へと視線を向けた。
『が、がんばる』
『そのちょうし』
なんとか姉妹の中で話がまとまったようで、アルデは身じろぎしながらも、小さな決意を表す。
姉妹ならではの会話を垣間見たようで、どこか微笑ましい気持ちになる。
その間、真ん中の子は何をしているのかというと、長椅子の端っこで仰向けで寝始めていた。
さっきまで試合に向けて気合を入れていたと思ったが……相変わらず、緊張感は持ち合わせていないらしい。
少しだけ緊張がほぐれるのを感じていると、どこからかアナウンスが聞こえてきた。
左手に燃え盛る盾を装備しつつ、その音声に耳を傾ける。
『試合開始まで、残り五分となりました。選手の皆様は試合の準備を完了させ、開かれた扉から入場してください。尚、試合開始時刻30秒前までにプレイヤーが全員揃わなかった場合、そのチームは強制失格となります――試合開始まで、残り五分と……』
アナウンスと共に、目の前の重厚な扉が音を立ててせり上がっていく。
その奥からは割れんばかりの声援と雄叫びが聞こえ、控え室にいる俺たちにも、その迫力がビリビリと伝わってくるのが感じられた。
「回復アイテムの方は問題ないか?」
「ええ、問題ありません」
モニターに表示された時計に視線を向けながら、港さんが最終確認を始めた。
アイテム確認は勿論、召喚獣とのコミュニケーションも済んだし、こっちは準備万端である。
「じゃあそろそろ入場するか」
港さんは闘志こそあれど、緊張が感じられなかった。
彼の後ろに続くキングとケビンも、堂々とした立ち振る舞いで会場へと足を進めていく。
『じゃあアルデ。行ってくるよ』
ファイティングポーズをとるアルデに手を上げつつ、部長を抱えて会場に入っていく俺たち。
扉が閉まるのを背中で感じつつ、盛り上がる会場内をぐるりと見渡していく。
プレイヤーなのかNPCなのか、はたまたリアルな偽物なのかは不明だが、観客席は溢れんばかりの人の姿があった。
皆が皆、選手達の入場に興奮した様子で声を上げ、全く会話ができそうにない音量となっている。
視線を流してると、ある一点――席の構造から何から違う、豪華な観客席に座る、初老の男性が目に入った。
周りに鎧で身を固めた数名の騎士を置き、選手達を見下ろすような形で視線を送る、身分の高そうなNPC。
「あれが――エルヴァンス・ロウ・ダナゴン二世……王都を統べる“王様”か」
距離が遠いため細かい容姿は分からないものの、立派な髭を蓄えている事がわかる。
このイベントのキーマンにして、ストーリーに大きく関わってくる人物である事は明白。
今回のイベント一つ取っても、彼の注目度を上げるのが目的であり、後にある“何かに”必要な戦士を探しているという内容だ。その後のイベントにも絡んでくるのだろう。
会場の声援を遮るような形で、再びアナウンスが流れだす。
『ここで試合のルール説明を致します。
制限時間は15分で、相手を全滅させる・時間切れの際に相手よりも多い人数が生き残っている方が勝ちとなります。
負けたチームはペナルティ無しの状態で選手控え室へと転送され、勝ったチームも回復した状態で選手控え室へと転送されます。
フィールドの構造はランダムに変わり、地形を生かして柔軟に戦法を変えるのが勝利への近道となります。
蘇生の際は試合中だけ発動時間40秒、クールタイム一分に設定されています。
試合中に相手プレイヤーを倒した場合、PK判定になりませんので所持金の移動はありません。
ハラスメント行為・煽り・死体撃ちなどの行為は審判が度合いを判定し、反則・失格を決める場合があり、反則二回で失格判定となります』
以前メールで送られてきた内容とほぼ一緒であるが、フィールドの構造が変化するというのは岩や凹み等が出現して、盾や回避用の場所を設けるという事だろう。
現に、フィールドにはいくつか擬似的な壁的な場所も設けられているのが見える。
俺たちがフィールドに到着すると、先に着いていた港さんが相手の装備から分析したのか、俺に耳打ちをしてきた。
「盾役がメインとサブに分かれて二人。攻撃力は低いが手数の多い双剣士と、後は魔法職だな。俺たちのような召喚士や魔獣使いはいないらしい」
相手は全身鎧のプレイヤーが二人と、身軽な革製の装備のプレイヤーが一人、残りがローブを身に纏っていた。
盾役らしき二人は、巨大な大盾と槍をそれぞれ装備しているのが見え、双剣士はその名の通り、左右の腰に短い剣を差している。
魔法職の三名は全員杖を所持しており、一見して誰が回復役なのか分からない。
フィールドには全部で四枚の壁があるが、厚みとしては心もとない。
もしかしたら、一撃で砕かれてしまうような脆い物なのかもしれないが……現状、こちらも分からないな。
「ともかく、練習してきた事をやるだけ。ですね」
「そういう事だな」
剣を抜く俺に続くように、金属の小手を嵌めた両手を打ち付ける港さん。
キングもケビンも元の大きさに戻り、足元にいるダリアが杖を構えた。
『試合開始まで残り十秒……九、八、七……』
頭の上に乗る部長をひと撫でし、左足を引きつつ胸の前で盾を構え、敵を見据えて剣を構えた。
『三、二、一……試合開始』
激戦の一日目が――始まった。




