トーナメント一日目①
3月21日午前9時19分――石の町。
雲ひとつない晴天の空に、本日何発目かの花火が打ち上げられた。
特殊な魔法か何かなのか、打ち上がり、花開いたその音は、人々の会話に支障をきたさない程度に抑えられている。
町全体がお祭り状態になっており、プレイヤー達が様々な店を開いて呼び込みをしている姿が見えた。
現在この町にログインしている総プレイヤー数がどれ程かも分からないが、開始前にも拘らず、大勢の人がひしめき合っている。
はぐれるとマズイので、右腕にダリア、左腕にアルデを座らせ、頭の上に部長を乗せた状態で、俺たちは色んな屋台を回っていた。
既に数え切れない人数のプレイヤーに、店の商品を勧められ、写真を頼まれ、握手を求められており、それらを丁寧に捌きながら足を進めていく。
『これも いい』
『こっちはイマイチー』
『ちょっと食べにくいぞ……』
『あの……片っ端から屋台の食べ物をせびるの、勘弁してくれませんか?』
お祭り騒ぎというよりも、まんま現実世界の祭りである。
店を出している殆どがプレイヤー。販売する物も、祭りならではの“たこ焼き”“冷やしきゅうり”“りんご飴”などなど、定番の物ばかり。
ともあれ、娘達にとっては珍しい物であり、屋台の前を通るたびに『あれ買って』『これ買って』が始まったのだった。
両手が塞がっている俺は、指だけを動かしてメニュー画面を操作し、屋台を開いているプレイヤーから食べ物を購入していくのみで、娘達は御構いなしにそれらを食べ続けている。
『はい あーん』
とか思っていると、気を利かせたのか、ソースで口を汚した状態のダリアが、爪楊枝で刺したこ焼きを俺の目の前に差し出してきた。
レシピがあるのか、それとも工夫したのかは不明だが、見た目も匂いもたこ焼きそのもの。ソースと生地の香ばしい香りと、まん丸としたフォルムに散らされた青のりまで、紛れもないたこ焼きに感動を覚える。
――ともあれ、うちの子も気を利かせる事が出来るようになったのか。感心感心。
目の前まん丸を一口で食べるように、口を開けてそれを追うと……すぅーっと爪楊枝を自分の元へと戻していくダリアが、そのまま自分の口に放り込む。
『おあずけ』
片方の頬をパンパンに膨らませながら、お約束の行為をやってのけたダリア。
誰だ! こんな小悪魔的な技を教えた奴!
『ごしゅじん。これあげるー』
お約束としては、ダリアから第二陣が来るはずなのだが……本当におあずけらしく、しれっとたこ焼きを食べ進めているのが見える。
そこへ、開けたままの口に食べかけの冷やしきゅうりを突っ込んでくる部長。
『サンキュー』と一言云ってはみたものの――自分が“イマイチ”と評価を下した食べかけの物を主人に食わせるところは、流石部長と言うべきか……。
ともあれ、凝った料理をわざわざ作るだけの事はあり――きゅうりは凝った料理に入るのか不明だが――味がいいのだろう。娘達はその殆どを、驚くべき速さで平らげていく。
これにより、娘達には強化も色々と掛かっているため、まんま無駄な出費とは思わない。これから二日間、彼女達には頑張ってもらわなければならないし、先行投資と思えば安い物だ。
『アルデ。一口くれ』
『だめだ!』
だめなのかよ。
驚きの声を上げつつ『これは拙者のだぞ!』と言わんばかりに、りんご飴をサッと隠すアルデ。
この子も案外、食に関しての欲が強いんだよなあ。
『やっぱ あげる』
『ん。サンキュー』
心を入れ替えたダリアからたこ焼きを貰いつつ、俺たちはトーナメント開始までの空き時間を有意義に過ごしていく――
知り合いの中で、最初に出会ったのは紅葉さん達だった。
どうやら俺たちのように屋台を楽しんでいるらしく、両肩に召喚獣達を乗せ、手には焼いたイカを持っているのが見える。
その横には、風の町で《癒しの風》を営んでいる良心愛の召喚士、葉月さんと、その召喚獣達の姿もあった。
「あら! ダイキ君じゃない! 来てるとは思ってたけど……あらら、娘ちゃん達のお世話で忙しそうね」
召喚獣達に何かを与えながら、紅葉さんは俺を見渡すようにした後、苦笑してみせた。
「まあ、試合を頑張ってもらうために、必要な事だと思ってますよ」
「ダイキ君は変わらずダイキ君ねー」
今までも、これからもダイキですよ。
「こんにちは。お義父さ……ダイキさん、紅葉と知り合いだったのですね」
「こんにちは。ええ、俺も葉月さんと紅葉さんが並んで歩いてて、少し驚きましたよ」
「あたし、案外顔が広いのよね」
黒猫と白猫を両手で抱くように持つ葉月さんは、笑顔を見せながら俺と紅葉さんを交互に見やる。
港さんも紅葉さんの友人だったし、葉月さんも、どうやらそうらしい。そう考えると、顔が広いというのも間違ってないな。
「そういえば、お二人は店を出さないんですか?」
それぞれ店を持つ二人だが、祭りを客として存分に堪能しているように見える。
店の内容が特殊な葉月さんはともかく、紅葉さんは、今日なんか特に掻き入れ時ではないのだろうか?
紅葉さんが俺の疑問に答える。
「葉月のもそうだけど、あたしも本気で稼ぐために店をやってるわけじゃないのよ。職業が生産職じゃなく“召喚士”である事が、その証明とも言えるけどね」
「……確かに」
「二日目辺りに店を開こうとは思ってるけどね。今日はトーナメント観戦とお喋りがメインなの」
なるほど。普段店を出しているとはいえ、イベント時に出さないプレイヤーもいるのか。
まだ出会ってないが、もしかしたらオルさんも、客として祭りを楽しんでいるのかもしれないな。
次に出会ったのは、鈍色の鎧に身を包んだ銀灰さんと、紋章ギルドのメンバー達。
マスターであるアリスさんの姿が見えないが――まさか、今日もギルド業務に明け暮れているのでは……と、あり得なくもない事を想像してみる。
こちらに気付いた銀灰さんが、手を振りながら歩み寄ってきた。
「やあ、ダイキ君。今日はお手柔らかに頼むよ」
「こんにちは、銀灰さん。当たった時は全力でいきますよ」
もちろんだとも。と、銀灰さん。
後ろにいるメンバー達の表情も、闘志に満ち、気合十分といった様子。
早い段階からトーナメント用の練習を積んでいるのは知っているため、紋章のメンバーと当たれば苦戦が予想される。
「ダリアちゃんと部長ちゃんも久しぶりだね。えーっと……被り物してる子もダイキ君の召喚獣かな? 初めまして」
銀灰さんが興味津々にそしてアルデへと視線を移すと、アルデは一瞬固まった後、俺の胸へと顔を押し付けた。
動かないアルデの代返を銀灰さんに伝える。
「少し見ない間に、随分と賑やかになったね。召喚獣が三体目って事は、ダイキ君の召喚術レベルは40以上って所かな?」
笑顔を見せたまま、殆ど正解に近い答えを導き出す銀灰さん。
他職の情報を把握しているとは、流石に大型ギルドの副マスターともなれば詳しいな。
「ええ、その通りです。――かく言う銀灰さんのレベルは……ちょっと予想できませんが」
「僕は二度目のクラスチェンジを済ませてここに来たから、今で丁度60だよ。個人戦も団体戦も練習してきたけど……個人戦は厳しそうだなあ」
俺の探るような問いに、あっさりと情報を教えてくれる銀灰さん。
苦戦するであろう誰かを思い浮かべているのか、虚空を見つめ、呟いていた。
それにしても“二度目のクラスチェンジ”かあ……してない組に比べ、大きなアドバンテージになると予想できる。
召喚士職に例えてみれば、最もオーソドックスな《中級召喚士》でも、その恩恵はかなりのもの。
それが一段階強化されているとなれば――
「サブマス、現在逃亡中のマスターが食べ歩きしている姿が目撃されたそうです」
「お、案外すぐに見つかったね。――じゃあダイキ君達、トーナメントで当たったら勿論本気でいくから覚悟しててね」
銀灰さんは「じゃあね」と、召喚獣達に手を振りながら、メンバーと共に小走りで人混みの中へと消えていった。
――アルデから綿あめを貰いつつ歩いていると、鈴を鳴らした音と共に、視界の隅に半透明のプレートが現れた。
イベント関連の何かだと思いつつそれを指でタップすると、それは目の前に拡大されながら再度表示される。
『トーナメント開始まで残り30分となりましたので、組み合わせ内容を送信いたします。
会場への入場が可能となりました。席の予約がないプレイヤーは、D列から始まる自由席にて観戦をお願いいたします。
試合の中継は《メニュー画面》→《イベント》→《モニター》にてチャンネルを合わせる事で、全ての試合を観ることができます。
プレイヤー【ダイキ】様は個人戦『L―12』団体戦『E―2』混合戦『J―17』
となっております。試合開始五分前には、選手控え室にいるようお願いいたします。
対戦相手の確認やブロックの確認には、場内選手控え室の液晶モニターか《メニュー画面》→《イベント》→《トーナメント表》にて確認することができます。
団体戦開始時刻[10:05]順位[―]
混合戦開始時刻[13:05]順位[―]
個人戦開始時刻[17:05]順位[―]
注目度[0 / 100]』
内容を二度ほど読み返し、個人戦と団体戦、混合戦の開始時間を把握する。
この『L』や『E』といったアルファベットがトーナメントのブロックで、この数字が選手番号ということだろう。
試合時間外は観客席で試合観戦ができるということか。
この注目度ってのは……イベントに来るっていう“王様の注目”って所かな。
運営からの通知を閉じると、港さんから“そろそろ合流しよう”という内容のメールが届いていたため、俺たちは屋台めぐりを終了し、港さんが待つ集合場所へと足を進める。
試合開始まで後、30分。
年甲斐もなく、燃えてきたな。




