表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/304

戦乙女

 

 ――申請が滞りなく進んでいき、俺たちは無事に登録を完了させた。


 港さんが混合戦でどの召喚獣と組むのか不明であるが、個人戦や混合戦で彼と当たれば敵同士。情報は武器とも言うし、俺は敢えて聞かない事にしておいた。


 自分なりに予想を立てると、港さんは肉弾戦が主体であるから、援護射撃役としてケビン……いや、彼の職業ボーナスから考えて、キングの可能性も高いか?

 先程召喚されたばかりのレイには少し荷が重いかもしれないが――それはアルデにも言える事か……。


 港さんの戦略を考えつつ野次馬プレイヤー達の塊を横切り、足を進めていく。

 有名どころらしき人物が申請に現れる度、見物人から挙がる、歓声じみた声が聞こえてくる。

 申請に来たプレイヤーを見てどうするのだろう。と、素朴な疑問を覚えるが、掲示板等で勝者予想や戦闘考察がされると考えれば、参加プレイヤーの把握も戦略の内とも思える。


 俺も、召喚獣の保護者としてすっかり有名になってしまったから、掲示板等では過度に期待されているのは想像に難くない。

 プレッシャーが掛かるな。などと考えていると、野次馬から一際大きな歓声が挙がり、釣られるように声の挙がる場所へと視線を移す。


「ありゃ戦乙女じゃねえか?」

「初めて生で見た! 常に最前線にいるらしいから珍しいな」

「ヴァルキュリア様、いつ見ても神々しい」

「うぉお、でけぇ!」

「周りにいるのは召喚獣だろ? 画像で見た以上に迫力あるな……」


 歓声が向けられたその先に現れたのは、様々な風貌の個体が集まった、一つの集団だった。


 黄金のラインが入った漆黒の全身鎧(フルプレートメイル)に身を包む、見上げる程の大男に、周りを飛び回るピンク色の妖精。

 空中を滑るように飛ぶ二体の小鬼が下卑た笑みを浮かべ、それだけで既に“異様”とも言える空間が出来上がっているのが分かる。


 そして――先頭を歩くのは、羽根つきの兜を被った騎士風の美女を隣に従える、栗色の髪の女プレイヤー。


 羽織るように着ているのは、膝裏まで伸びる赤色のマント。露出の多い白色のアーマーが怪しく光り、背中に背負った豪華な杖が、マントが靡く度に顔を出す。

 現実世界において、果たしていくらの価値があるのか見当もつかないような拳大(こぶしだい)の宝石が埋め込まれており、装備アイテムの“格”を見せつけている。


 額に装備された銀色のサークレットには赤色の宝石が嵌め込まれており、彼女の装備全体が、言葉では言い表せないような神々しさを放っていた。

 氷のような冷たい瞳と、一文字に結ばれた唇も相まって、気軽に声を掛けられるような存在でない事が伝わってくる。


 俺たちの数歩後を歩いていた港さんが追い付くと、今まさに受付へと足を進めていく集団に視線を向けながら、耳打ちするようにして短く云った。


「あれがJAPANサーバー最強と名高い召喚士の戦乙女だ。――既に五体の召喚獣を従えているのは圧巻だな」


 二体の小鬼以外の召喚獣の役割は、風貌で何となく察する事ができる……ともあれ、彼女自身のレベルは一体どれ程だと言うのだろうか。


 今まで通りに召喚していったとするならば、レベル20毎に一体――つまり、単純計算でレベル80以上と推測できる。

 自分とのレベル差が倍近くある相手に、工夫や戦術だけで戦えるのか? そもそも、レベル80でさえ予想の範囲を超えていない。


「港さんが俺を誘ってくれた日に言っていた、心当たりのあるもう一人の召喚士というのは」


「そうだ。――戦乙女の《花蓮(カレン)》。召喚獣としかパーティは組まない、召喚獣絶対主義者だって有名だ。もしかしたら案外、ダイキと話が合うかもしれないがな」


 冷やかすように笑う港さんに曖昧な返事を返しつつ、見物人からの応援に一切動じない戦乙女に、再度目を向けるのだった。





 本日の第一優先事項としていたトーナメント申請が終わった俺たちは、再び“試練の洞窟”で連携の確認をしようか、などと話し合っていた。

 途中――オルさんと紅葉さんから、都合の良い時間が添えられた文が返ってきていたため、伺う時間を添えつつ返事を打っておく。

 装備の注文は勿論だが、店に置いてある武器やアクセサリーも、可能な限り装備させておきたい。特にアルデ用の武器は必須だと考えられる。


 人の邪魔にならぬよう道から外れた場所で井戸端会議をしていると、何かに感づいた部長が眠そうに言う。


『さっきの人達がこっち来てるよー』


 さも興味なさそうな部長の声に釣られ辺りを見渡すと、先ほどプレイヤー達から注目を集めていた戦乙女とその召喚獣一行が、俺たちに向かって歩いてきているのが見えた。


 まさか、トーナメントに向けての宣戦布告――いや、そもそも眼中に無いと考えるのが普通か……。


「おう、天下の戦乙女様のお出ましか」


 若干、顔を引きつらせながら言う港さん。


 俺たちと対面するように立ち止まった戦乙女は、冷たい表情を変えぬまま口を開く。



「こんばんは――相変わらず召喚士らしからぬ格好をしていますね、港」



 彼女は淡々と、全ての言葉を繋げるような早さで云い、港さんに一礼してみせた。

 港さんは、引きつった顔をそのままに答える。


「それを言うならお前もそうだろ? セオリー通りにいけば、本来召喚士は魔法職なんだからよ」


「そうですねでも――召喚獣達の能力を最大限に活かすためには必要な装備ですので私の場合は例外、です」


 港さんは「そうかい」と、早々に会話を終了させるように、両手を胸の前で広げてみせる。

 戦乙女は、彼の態度を何とも思わない様子のまま、今度は俺たちの方へと視線を移した。


「初めましてですね。私は召喚士の花蓮――貴方のことは存じております魅力的な召喚獣達のことも、すべて」


「光栄です。俺の名前はダイキ、召喚士です。この子が召喚獣のダリアで、こっちの子がアルデ。頭の上にいるのが部長です」


 既に港さん達とは顔見知りな様子だったため、俺は港さんにパスすることなく彼女の返答を待った。


 召喚獣達を見る彼女は――人が変わったように目を光らせ、紹介に出た名前と召喚獣達を照らし合わせるように、視線を移していく。

 無反応のダリア、部長と、手を握る力を少しだけ強めるアルデ。

 一通り目を通した戦乙女は満足したように目を瞑り、お返しにと自分の召喚獣達の紹介を始める。


「まず横にいるのがヴァルキュリアの《ヘルヴォル》」


 戦乙女に促されるまま、左隣にいた騎士風の女性が胸に拳を当て、足を交差させながら頭を下げる。

 金属の擦れる音と共に、独特な礼を見せたヘルヴォル。真似するように、ダリアがそれをやっているのが見える。

 俺が普段、仕事で顧客に向けるような挨拶をやってみせると、戦乙女の表情が少しだけ綻んだように見えた。


「後ろにいる大きいのが巨人族の《ウルティマ・トゥーレ》でこっちの小さいのが妖精族の《コーラル》、です」


 恐ろしく強度の高そうな、黒の鎧に身を包む巨人族のウルティマは、唸るような声を上げた。

 全てが鎧に覆われているため性別は不明。顔も何も見る事ができないが、役職的には盾役(タンク)だろうと予想できる。

 この盾役(タンク)のガードを突破するのは、見た目だけでも骨が折れそうだ。


 蝶々の羽根を羽ばたかせながら俺の周りを飛んでみせるのは、妖精族のコーラル。

 近くでまじまじと見てみると、小さいながらもちゃんと人の姿をしているのがわかる。

 羽根からは常に鱗粉のような光る粉が舞い、彼女が飛んだ後をなぞるように、キラキラと光のラインが出来上がった。


「そしてこいつらが――」


「風神でーす!」

「雷神どえーす!」


 淡々と紹介する彼女の言葉を遮るように俺たちの前に降りてきたのは、羽衣(はごろも)を纏った緑色の小鬼と、複数の太鼓を背にした黄色の小鬼。

 何か見た事のある風貌だと思ったら、かの有名な絵に出てくる二匹の神にそっくりだ。

 原理不明の雲に乗り、ゲタゲタと下品に笑っているのが見える。


 ――というか、こいつら。


「言葉を話せる召喚獣は初めて見ましたね。よろしくな」


「俺たちは特別なんだよ! 頭ん中にメモしとけ!」

「色気のない召喚獣達だな、どいつもこいつも平らな胸しやがって」

 

 二体の小鬼は尚も下品に笑いながら、ダリアとアルデを馬鹿にしつつ、俺たちの周りを移動している。

 両脇に居るダリアとアルデの頭に、“怒りマーク”がデカデカと貼りついたように見えた。


「特殊なアイテムを使って召喚した結果呼び出されたのがこの二体ですが大外れ、です」


「花蓮ちゃんヒドイ!」

「俺たちだってやるときゃやるんだぜ!」


 二体の小鬼に対し、戦乙女はうんざりといった声色で付け足すと、二体は必死に自分たちの必要性についてアピールするように、戦乙女を挟んで語り出す。

 見かねたヘルヴォルが抜刀するように剣の柄に手をかけると、二体は怯えたような声を上げ、ウルティマの後ろへと逃げ去った。


 ちらりと見えた黄金の刃が、カチリと鞘に仕舞われる。


 ――賑やかなパーティだな。


 二体の逃げた先をしばらく睨んでいた戦乙女は、冷たい表情のまま、再び俺へと視線を戻した。

 ともあれ、彼女がわざわざ声を掛けてくれた理由が気になるな……顔馴染みらしき港さんへの挨拶とも考えられるが。


「私は召喚獣が好き――そして召喚獣が好きな召喚士も好きです。貴方の召喚獣に対する愛情は掲示板でもよく拝見します。一目見てわかりましたが貴方は召喚獣をすごく大切にしています。私は貴方を尊敬しています」


 戦乙女は自己紹介の一瞬で俺と召喚獣の信頼関係を察したのか、少しも嫌味を感じさせない声色で淡々と語ってみせる。

 急な褒め言葉に「ど、どうも」と、ただ照れるしかできなかったものの、彼女の召喚獣に対する愛情の一端を垣間見たような気がして、どこか心強くも感じた。


 トッププレイヤーとも、召喚士最強とも言われている存在であるし、この氷のような表情を見てしまえば身構えてしまう部分もある。

 しかし港さんの言うように、話してみると彼女の“召喚獣愛”が伝わってくるし、確かに同じ匂いを感じる。

 風神雷神に対する態度はさて置き、召喚獣達からの信頼度も高いように思えた。


「俺も、召喚士仲間には親近感が湧きますよ。機会があれば、召喚獣達と初めて出会った日の事でも、語ってみたいですね」


 特に風神雷神との出会いが気になる所だな。

 俺の言葉に戦乙女は気を良くしたのか、今からでも語りたい。と、言いたげに、モジモジしているのが見えた。


「まあ、なんだ。邪魔しちまって悪いんだけどよ、ここじゃちょっと目立ちすぎるから、とりあえずフレンド登録でもして後日語ることにしないか?」


 ――と、割り込むように云う港さんの声に辺りを見渡すと、戦乙女に釣られたのか、多くの野次馬プレイヤーが物珍しそうに集まってきているが見える。


 確かに目立ちすぎるな。受付に向かうプレイヤーと見物人とで、石の町は大渋滞となっていた。


 これだとトーナメント申請に来たプレイヤー達の邪魔になる……


「俺の方からフレンド申請を送りますんで、よかったら登録してやってください。それと、後日召喚士達の集まりがあるので、そちらにも是非来てもらえたらなと思います」


 道が塞がってしまうのを恐れ、若干早口になりながら別れの言葉を云い、素早くフレンド申請を送った。


「――わかりました」


 状況を何となく察してくれた戦乙女は、辺りを見渡しながら短く答え、俺たちとは逆方向へと移動を開始する。


 どんどん集まってくるプレイヤー達をかき分けるようにして、ポータルまで足を進める俺たち。


 フレンド欄には《花蓮》の文字が追加されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ