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沼地のやつら

 

 大漁だった。


 試しの狩りもひと段落した俺たちは、草の町にある食事処で休憩を取っていた。

 といっても、俺と部長はほぼ何もしておらず、ダリアも高威力の魔法をアルデにぶつけているだけである。


 功労者のアルデは、剣王の大剣、鉄の剣、そして先ほどボスが落とした《蔦の斧》を抱えながら、ケーキを頬張っている。

 彼は自身の武器に異常な執着を見せており、植物の(つた)がぐるぐる巻きになった、およそ斧とも言えないような斧でさえ、渡すと跳んで喜んだのだった。


 性能としては筋力+27のみという、味気ない代物ではあったが――アルデの《武器術》は全ての武器を扱う能力を秘めた技能(スキル)。レパートリーは多くて損はない。


『リンゴおかわりー』


 なぜ、寝てただけの部長が一番食べているのか納得がいかないが、言うだけ野暮だと、店員を呼んで追加注文を伝える。


 草の町は農業で栄える町であるから、野菜や果物の店が多い。故に、部長にとっては天国のようなメニュー表でも、ダリアは物足りないという感情を払拭できていなかった。

 一応肉料理はあるのだが、盛り合わせに大量の野菜が付いてくる。俺がワガママを言わせず食べさせるのが嫌らしい。


 最近では『お姉さんでしょ』の一言で大概何とかなっているが、食に関しては譲れない物があるようだ。


『ダリア。芋だけでもいいから食べなさい』


『いや たべたら頭から芋がはえてくる』


 どんな理屈だ。


 芋をフォークで刺し、ダリアの口元に近付けると、ダリアはぎゅっと目を閉じ、意を決したように食べたのだった。


 ともあれ“大量”というのは報酬や経験値だけではない。

 もちろん、アルデの有能な技能(スキル)群を把握できた事もあるが、一番の収穫は“アルデの高い戦闘センス”を知る事ができた点。


 あの後、アルデは帰り道に、行きの時みたく大味な戦闘を止め、状況に応じた立ち回りを披露した――というのも、足さばき等のテクニックもあるが、何より“敵に応じた武器の入れ替え”には眼を見張る物があった。


 彼が今抱えている武器群と、俺のアイテムボックス内に眠る黒波を、彼は使いこなしてみせたのだ。


 敵が五体以上の集団で襲い掛かってきた場合……剣王の大剣による薙ぎ払いで一掃。


 間隔が空いている敵は……鉄の剣で素早く処理。同時に、黒波で切り飛ばす。

 

 エリアボス級の堅そうな敵は……蔦の斧で叩き切る。


 天賦の才というやつか、状況・敵に応じて、シンクロで俺に武器を要求――俺は画面左端にアルデの装備画面を開いておき、随時、武器を交換して対応する。

 鉄の剣と黒波の使い分けとしては、鉄の剣を突攻撃に、黒波を斬攻撃にしているように見えたが……武器の威力を考えれば、剣王の大剣一本で十分だ。


 どれも思い通りに敵が葬れていたのは、単にアルデの筋力値が破格であるからに他ならず、攻撃の種類における有効性については、素人目には変わらないようにも思える。


 ただ、彼が行っている技術には光る物を感じる。これだけは、素人の俺でもわかった。


 現状、アルデの武器の性能がバラバラなのが不安定要素であるから、近いうちにオルさんに注文しておく必要がありそうだな。

 アクセサリーや防具も必要になるから、紅葉さんとマーシーさんにも連絡を入れておこう。

 ――俺は三人にメールを打ち、残りの料理を平らげた。




 時刻は午前10時30分。


 腹ごしらえを終えた俺たちは、再び植物公園へと来ていた。

 周りには新規プレイヤーの姿もあり、ぎこちないながらも連携をとっている様子が窺える。盾役(タンク)攻撃役(アタッカー)に……あれは妨害役(ジャマー)か?


 敵の動きが鈍くなり、通りづらかった攻撃も、有効打に近い威力へと変わっているように見える。


 妨害役(ジャマー)支援役(サポーター)とは違うベクトルでパーティを援護する職の事であり、動きの阻害から相手の弱体化等々が彼等の役目である。

 阻害役(ジャマー)支援役(サポーター)の両方がいるパーティは相当厄介と言えるだろう。味方の強化と同時に、相手への弱体化が行われるとなれば、たとえレベルの差が無くともステータスの差は大きく開く。

 

 戦闘を優位に運ぶには――こういう、縁の下の力持ちも重要な役割と言えるか。などと考察しながら、俺たちは植物公園をサクサク進んでいった。


 道中は殆ど暇なので、試しに童話を聞かせてやる事にする。前を行くアルデと、援護射撃するダリアも、俺の話に聞き耳を立てている。


『むかしむかし、ある所に、可哀想な女の子がおりました――』


 内容としては、才能の無さから両親に捨てられ、ある魔女に拾われて才能を開花させる。魔法使いとして名を馳せた少女は、心優しい騎士と結ばれる。という、ストーリー。


 女の子の多い俺たちパーティにはピッタリな女主人公もののお話だったが、どうやらアルデにも好評だったらしい。


 子供たちは口々に感想を云う。


『幸せって、リンゴが沢山食べられたってことー?』


 幸せ=リンゴを沢山食べる事。という図式を頭に浮かべている部長に、『そうだと思うよ』と、夢を壊さない程度に返答する。


『拙者も魔法使いになりたいぞ』


 完全にパワータイプのアルデには可哀想な話だが、彼にはこのまま戦士として突っ走ってもらいたい。『アルデにはアルデのいい所があるよ』と、話題のすり替えにてやり過ごす。


 二人がおとぎ話について盛り上がっている中で、ダリアが、素朴な疑問と言わんばかりに呟く。


『その両親 どうなったの?』


『不幸になったらしいよ』


『ふうん』


 釈然としないと、言いたげなダリアは、それ以降おとぎ話について話すのを止めた。

 どうやらお気に召さなかったようだが、まあ、万人受けする話なんて存在しないしな――



 ボスは倒したばかりなので、ボスの居た場所にはポータルのみが佇んでいた。

 一応、ボスと戦闘せずともポータルにて転移する事も可能であるが、これだけ戦力が集まっていれば、倒したほうが旨味もある。


 ポータルにて転移すると、そこには町ではなく、暗いじめじめとした沼地が広がっていた。

 毒々しい色の沼が、煮えた湯のようにコポコポと泡が浮き、弾ける。


 前を行くアルデも『うぇ……』と、困ったような声でこちらに振り返り、俺たちの反応を仰ぐ。

 地面も例に漏れず湿っており、はまって動けなくなる危険性すらある。アルデを先行させるのは様子見とするか。


『アルデ。とりあえずここはダリアに任せておこう』


 自分の召喚獣が沼にはまって沈んでいく様を良しとする召喚士は居ないだろう。

 アルデの武器を解除し、右腕で抱くように持ち上げた。

 既に俺の肩に手を回しながら左腕に抱かれるダリアは、空いている手で杖を構え、辺りを警戒している。


 ――固定砲台となっているものの、一つ前のエリアから察するに適正レベルは高くても30。弱点が火であるならば、ダリアの独壇場に変わりはない。


 一歩、また一歩と足を進める度に、ぬかるんだ地面が靴底にまとわりつき、耳障りな音がフィールドに続く。

 西ナット森林のような、霊的な怖さとはベクトルの違う怖さがあるものの、未だ敵は現れない。


 ポータルからすぐの場所に、謎の湖が存在していたが――沼地に囲まれた場所とは思えないほどの澄んだ水が逆に怪しい。と、運営の悪戯な思考を予測し、近付くのは止めておいた。


 が、そこを含め、敵の姿は未だ見ない。まさか敵が出ないフィールド……いや、町という可能性すらあるが。


『みつけた』


 ――と、思考している俺に、ダリアが短く言い放つ。進路前方のある部分を杖でなぞるように動かし、その存在を俺に確認させる。


『カエル?』


 膨らんだ頬は風船のよう。独特な座り方は、どの世界も共通しているらしく、そこにいるカエルも例外ではなかった。

 沼と同色――いや、沼より更に濃い“紫”の体は、毒々しい黒の斑点に覆われ、既に俺たちを捉えている様子。


 それが沼のいたるところに鎮座しており、ギョロリとした緋色の瞳がこちらに向けられていた。


 カエルの鳴き声が沼地に木霊する。


『げこげこ』


『ここから狙い撃てるか?』


 カエルの鳴き真似をしてみせるダリアに、先制攻撃が可能かどうかを問う。

 目視でおよそ30メートル程の距離があるが、どうだろうか。


『問題ない げこ』


『じゃあよろしく頼む。げこ』


 俺の返答を合図に、ダリアは杖を振るい、魔法を展開する。

 俺たちの傍に出現したのは炎の槍。螺旋回転するその槍は、ダリアの杖と同じ動きをしながら、標的を捉えるように矛先を動かしていく――


 剣王戦で見せた技だ。


 ダリアが杖を振るうと同時に射出されたその槍は、円錐型(えんすいがた)を維持しながら、沼の上を滑るように移動――



 そして、一匹のカエルに突き刺さった。



 カエルは断末魔の叫びと共に口から緑色の煙を出し、ポリゴンとなって爆散する。

 それを合図に、周りのカエル達が一斉にこちらへ向かってきた。


『拙者は見ているだけか……』


『アルデには働いてもらったからな。ちょっと休憩だ』


 沼に入って戦闘するのは気が引ける。アルデもそれが悪手であると理解しているのか、戦う意思は見せていない。


『この場所きらーい』


『俺も同感だよ』


 自分で歩く事をしない部長にとって、フィールドへの感想は景色的な意味しか含まれていない。暑いのも寒いのも嫌だが、確かにここも嫌なフィールドと言えよう。


 向かってくるカエルは10匹程度はいる。植物公園のモンスター達の特徴を引き継いでいたとしたら、このカエルも湧き率は相当に高い事になるな。


『ダリア。いけるか?』


『いける げこ』


 カエル語を気に入ったのか、次なる魔法を展開する間も『げこげこ』を口ずさむダリア。

 今度は無数の黒の球がアーチ状に出現し、ダリアの指示を待つように浮遊している。

 カエルのいる場所に向けて、ダリアが杖を振るっていくと球が射出され、着弾と共に沼が飛沫を上げた。

 さっきの槍ほどの速度は無いものの、威力は申し分無い。ダリアの高い魔力があってこそとも言えるが、やはりこの場所の敵も、そこまで強いわけではないようだ。


 試しにメニュー画面から鑑定を使い、一匹のカエルを選択する。



【ポイズン・トード Lv.27】



「ポイズン……って事は、見た目通り“毒”を持った敵か」


 部長からのMP供給を受けながら、表示された情報に納得の声をあげる。

 毒のカエルが住む沼となれば、この沼自体も毒沼と考えるのが妥当か……それと、炎の槍で貫かれたカエルが吐いた緑色の煙にも、いわゆる“毒属性”が含まれていると考えられるな。


 向かってくるカエル達をダリアが倒していく間に、アイテムボックスの状態異常回復薬のストックを確認――と、そういえば部長なら状態異常を回復する魔法を覚えている可能性があるな。


『部長。毒を治す技は覚えてるか?』


『あるよー。麻痺と睡眠も治せるよー』


 回復魔法様々だな。万が一毒になったとしても、薬に頼らずに治せるわけか。心強い回復役(ヒーラー)だ。


『――ダイキ』


 あれこれと考え事をしていた俺に、少し焦ったような声色で、ダリアが杖で頬をつついてくる。

 周りのカエルを一掃したのかと、感心しながら辺りを確認すると――夥しい数のカエルの軍団が、こちらに向かってきているのが見えた。

 右から前から左から、何がキッカケとなったのかは不明だが、カエルの群れは確実に俺たちを標的として進軍してきている。



 ――これは、パーティで倒せる数なのか?



 数えるのも不可能なほどの数に戦慄する俺を尻目に、やる気のダリアが杖を振るう。

 周りに複雑な文字が踊り、俺たちの前に大きな赤の球体が現れた。周囲の沼を蒸発させる程の熱が放たれる。


 ダリアは目標を指定せず、杖を突き出すようにして振るう――と、


 目の前の“赤”が五つに分かれて発射され、扇状に進む球体達が、カエルの群れの先頭にぶつかった。



 その刹那――



 膨大な熱量を孕んだ爆発が五ヶ所で同時に火柱を上げ、沼地が一瞬にして火の海へと変わる。

 その爆風は凄まじいもので、近場にいた俺たちが無事で済むはずもなく、吹き飛ばされた俺たちは仲良く毒沼へと落下した。


『頭が! 埋まっ! 助けっ!』


『変な匂いがするよー』


『魔法 間違えた げこ』


 頭から沼に落ちたアルデは、既にパニック状態で足をバタつかせ、部長は仰向きのまま不満を漏らす。

 大の字に落ちて身動きの取れないダリアと、左半身全てが埋まった俺。

 視界左下にあるパーティのLPバーの上には、緑色の泡のようなアイコンが出現し、数ドットずつではあるが、LPバーが減少していくのがわかる。


 ――シャレにならない! ていうか抜け出せない!


 どこからかカエルの鳴き声が近づいてくる恐怖も(あい)まって、たまらずアイテムボックスから《帰還の翼》を発動し、草の町への強制帰還を試みる。


 滞りなく発動したことに、誰に向けるでもない感謝を述べつつ、俺たちは逃げるように沼から脱出した。


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