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癒しの風


 場所は変わって王都ギルド内――剣王のクエストとアンデッド討伐のクエストの報酬受け取りがまだだったので、フィールドボス討伐に出かける前に寄ったのだった。


 部長は相変わらず俺の頭の上にいるが、手を繋ぐアルデに気を使ったのか、ダリアは反対側の手を繋いで歩いている。結果として両手に花ならぬ、両手に子供状態である。


「おはようございます。クエストの報告をしにまいりました」


「はい。少々お待ちください」


 受け付けは見事な営業スマイルを貼り付け作業に入る。二枚の紙に何かを書き込むようにしてペンを走らせ「終わりました」と顔を上げた。


「こちらが報酬となります」


 受け付けから紙を受け取ると、クエスト完了の音楽が流れた。それと同時に現れたプレートへと目を落とし、詳細を確認する。




(うごめ)くアンデッド】推奨Lv.18


夜の支配者が天に咲く時間、王都の周りに朽ちた戦士が現れます。なるべく多くのアンデッドモンスターを撃破し、王都の治安維持に貢献しましょう。


アンデッドモンスター 討伐数[10/10]

アンデッドモンスター 追加分[6]


経験値[980]

報酬:G[3900]

※追加討伐数によって変動します。




【剣王の墓】推奨Lv.40


剣王であり、石の町の英雄である《ノクス》が眠るとされる全6階層から成る墓。大魔法使いの予言により、大昔に死んだ筈の剣王の気配が復活したという知らせが入りました。冒険者は剣王の墓へと赴き、状況を確認してください。


王の棺の間[完了]

剣王 ノクスの討伐[1/1]


経験値[10232]

報酬:G[13357]




 音楽と共に発生したのは、連続するレベルアップのエフェクト――そして、俺たち三人が一度だけ光ったのに対し、アルデのレベルアップは十数回……正確には13までレベルが上昇していたのだった。


 現在は彼も俺たちのパーティであり、報酬である経験値も彼にも均等に分配される事になる。つまりは戦わずして、彼は進化できるステージにまで一気に駆け上がった事になる。

 少しだけ――戸惑う様子を見せるアルデの体が、レベルアップのエフェクトとは異なる色の光に包まれた。


「進化か……」


 召喚されてから二日目にして進化とは――ダリアが進化するのにだいぶ時間が掛かったせいか、部長やアルデの進化が恐ろしく早く感じる。

 もっとも、レベリングがやり易い部分も、召喚士のメリットに入ると言えるだろうが。


 アルデの進化が始まると同時に、俺の視界の隅に、いつか見たプレートが出現した。


『アルデの秘めたる筋力が解放されようとしています。永続的にMPの3/4を消費し、アルデの筋力を解放しますか?』


「参ったなあ……」


 読み終え、反射的に呟いてしまった自分に気付く。

 召喚の際に見たアルデの種族値は4とあったから、金太郎丸のように、進化後に上限解放が起こる可能性は考えてあったが……ダリアの時同様に魔力が食われるとなると、シンクロで多く消費するようになってきた身としては、かなり苦しい部分がある。

 味方の強化は望むところだが――ダリアが1/4を食っている今、結果としてMPは空になる。


 しかし、ダリアの親密度は90に近いしアルデ自身も既に親密度20を突破しているため、対価の軽減は割と近い。


 ボス攻略前に、親密度の上昇を図るのが先だな……。


 と、思考しているうちに光が弾け――先程と変わらない姿のアルデが、空いた手をグーパーさせ、何かを確認しながら現れた。


 右手に伝わる感触は変わらない。


 シルエットも変わらないように思えるが――


 MPの枯渇によりシンクロが不可能となったため、俺はジェスチャーでアルデの体の調子を確認する事にした。

 アルデはこちらを見上げ何かを言いたそうにしていたが、会話ができないと察したのか、俺と同じように態度で様子を示してくる。


 背伸びをしながら、両手で大きく丸を描くように虚空をなぞった後、首を振りながら肩を落とす――何故か落胆しているようにも見えるが、会話できない事がもどかしい。


 被り物のヤクの骨から伸びた二本の長い角が、フニャリと垂れ下がったように見えたのは気のせいだろうか。


 ともあれ、MPの4/4が消失となると、流石にお話しにならない……掲示板に書いてあった店に、早速行ってみるしかなさそうだな。


 受け付けにお辞儀をした(のち)、三人を連れて王都を後にする。

 掲示板に載っていた座標を地図と照らしつつ、俺は召喚獣と仲良くなれると言われている店《癒しの風》へと向かうべく、風の町へと転移したのだった。




 暖かい空気と共に、パンを焼いたような香ばしい匂いが運ばれてくる。牛の鳴き声と、活気ある商店街の人々の声に包まれた、ここ、風の町は、何度来ても落ち着く平和な場所だ。

 俺がシンクロを使えない事をダリアと部長も察したらしく、いつにも増して、あっちに行きたいこっちに行きたいと、食べ物の匂いに反応し、暴れ出す。

 俺からの声は一方的に伝わるので「後でね」と、あしらいながら、座標を頼りに足を進めていく。


 召喚士の掲示板で騒がれていた、“風の町に現れた召喚獣との触れ合い施設”である《癒しの風》は、クリンさんと初めて会った広場の隅に建てられたらしい。

 プレイヤーが営んでいるという事だから、その人も相当な召喚士(愛好家)と言えるが、親密度が上がるとなれば召喚士御用達の場所になる事間違いなしだ。


「お、あそこだな」


 既に広場では様々な召喚獣と触れ合う召喚士らしきプレイヤーの姿がちらほらと見えるが、座標はその奥に建っているウッドハウスを指していた。


 ウッドハウスの扉を開き、中へと入っていく。


 中に人の気配はあるが、この部屋には居ないようで、店員の姿は見当たらない。

 大きめの暖炉と、その前に吊るされた鍋にはたっぷりと入ったクリーム色のシチューがコトコトと煮込まれているのが見え、左手を繋いだダリアがヨダレを垂らす。


 高そうな絨毯の上には、箱に入れられたブラッシング用の道具や爪切りがあり、扉の横には広場が一望できる大きな窓が備え付けてあった。

 部屋の至るところに花瓶が置かれ、シチューの香りに負けないくらいに、甘い香りが充満していた。


「こんにちは」


 ――と、部屋の内部に気を取られていた俺に、階段の方から声が掛けられた。

 降りてきたのは緑のバンダナとエプロンを着けた女性プレイヤー。一段一段、階段を降りる度に、ゆったりとしたウェーブのかかった茶色の髪がふわりと揺れる。

 腕の中には白猫を抱いており、大人しく撫でられている所を見るに、かなり懐いているように思えた。


「こんにちは。召喚獣と仲良くなる手助けをしてくれる方がいると聞き、こちらを訪ねました」


「あらあら、まさかお義父さんがお客様として来てくれるなんて、光栄です」


 片手で猫を抱いたまま、口を隠して上品に笑う女性プレイヤー。

 まさかプレイヤー全員に父親と呼ばれるのだろうかと戦慄しつつ、話しを続ける。


「この子達と仲良くなりたいのですが、ご教授願えますか?」


「大歓迎ですよ。では、此方へどうぞ」


 女性プレイヤーはブラッシング用の道具がある絨毯へと俺たちを手招きし、指を振って座布団のような物を出現させた。

 絨毯の上に座布団とはなんともミスマッチな光景だが、俺は促された通りに座布団の上に正座する。

 ダリアとアルデも俺の両端にぴったりくっつくようにして座布団に座り、頭の上の部長を膝の上に置いた。


 一連の流れを見ていた女性プレイヤーは、再び上品に笑いながら、俺の対面に座る。


「ここまで懐いた召喚獣を見るのは初めてかもしれません」


「そうなんですか。――まあ、この子達には自分の子のように接していましたから、俺の愛が伝わったのかもしれませんね」


「掲示板で拝見した通りのお方なんですね。触れ合い方に関しては、私が貴方から学びたいくらいです」


 軽く雑談も交わしつつ、話を進めていく。


「申し遅れました。俺の名前はダイキ。ヨダレを垂らしてシチューに釘付けになっているのがダリアで、骨を被って俺にくっついているのがアルデ。で、この子は部長です」


 仰向けになる部長の腹をわしわしと撫でながら、召喚獣達の自己紹介を済ませる。女性プレイヤーは笑顔を浮かべながら、続くように自己紹介を始めた。


「私は《癒しの風》を営んでいる葉月(はづき)といいます。この子は召喚獣のシルクです。今は広場で遊んでいますが、もう一匹の召喚獣も猫で、黒猫のマオです」


 シルクと呼ばれた白猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺に挨拶するように、ひょいと手を上げる。


 猫も可愛いな。


「私は特殊職業(エクストラジョブ)の《良心愛の召喚士》です。これには対象とする召喚獣の親密度を上昇させる効果があり、私の技能(スキル)レベルですと、一度で最大8上昇します」


「良心愛の召喚士……なるほど」


 葉月さんの言葉に、俺は妙に納得していた。俺の存在愛の召喚士の効果を考えれば、葉月さんのような効果を持つクラスがあるのは不思議じゃない。

 それに一気に8も親密度が上がるとなれば、相当強力な職と言える。


 俺の感心するような反応に、葉月さんは少し困ったような笑みを浮かべ、付け足すように言葉を続ける。


「……ただ、これには制限がありまして、一度で親密度を大きく上げるこの方法は、一個体に一度しか使えません。私や私の召喚獣と触れ合っている間も親密度は上がりやすくなりますが、こちらは微々たる効果です」


「つまり連続して親密度を上げ続けるのは不可能であり、一度上げた後は、ゆっくりと親密度を上げる方法に限られる。と」


「そうなりますね。私のレベルがもっと上がれば、その限りではなくなるのかもしれませんが……」


 なるほど、理解できた。つまりは俺の《存在愛》には召喚獣全体へのブースト効果があるのに対し、彼女の《良心愛》には一度で大きく親密度を上げる効果がある。そういう違いだろう。

 ともあれ、MPが枯渇して対価の緩和を急ぎたい俺としては是非親密度を上げてもらいたい所だ。


「わかりました、問題ありません。ではこの子達をよろしくお願いいたします」


(うけたまわ)りました。ではまずダリアちゃんから」


 そう言って葉月さんは、ダリアがずっと狙っていたシチューを皿に盛り、スプーンの上で冷ましながら、優しくダリアの口元に近づけていく。

 ダリアは少し身じろぎした(のち)、顔を赤らめながらアーンをしてスプーンをパクついた。

 葉月さんからダリアへ、何かが流れるような光と共に、視界端に出ている俺のMPバーが回復するのが確認できた。


「こんな一瞬で――すごいな」


 87だったダリアの親密度は95まで上昇し、晴れてダリアの上限解放分の対価は無くなった事になる。

 俺は早速シンクロと広域を使い、召喚獣達にコンタクトを取った。


『ダリア、美味しいか?』


『かくべつ』


 親密度が上がった後も、もっともっとと要求するダリアに、葉月さんは幸せそうな笑顔でアーンを続けている。

 これは皿の分は全部食べきるつもりだな。


『アルデ。進化してみた感想はどうだ?』


『ダイキ殿……拙者は、もう身長が伸びないのだろうか』


 ああ、両手で大きな丸を表していたのは身長の事だったのか。小人族とはいえ、男子たるもの高身長に憧れるのは必然か……。

 忘れかけていた事をほじくられ、再び肩を落とすアルデの被り物に、ポンポンと手を乗せながら元気づけるように続ける。


『アルデの魅力はいっぱいあるぞ。自分の姿に自信を持つんだ』


『……わかった』


 その間にダリアがシチューを完食したらしく、続いて部長の番が回ってくる。

 もそもそと動き出す部長を葉月さんに渡すと、彼女は部長の体をブラッシングし始めた。

 二三度、ブラシを通されただけで、部長の目は既にトロンとしており、数秒後には再び夢の中へと旅立っていった。


 この子はよく寝るなあ。


 寝る子は育つとは言うものの、彼女は自分で動かないから、(のりもの)としては大きくなってほしくないなあ。と、本気で願う。


「――では、最後はアルデちゃんの番です」


 葉月さんが膝上をポンポンしながらアルデを呼び、俺の横にぴったり張り付いていたアルデが、ぎこちない動きで葉月さんの元へと歩いていった。




「ありがとうございました。また遊びに来ますね」


「ええ、私も色々興味深い経験をさせていただきました。是非またいらしてください。もちろん、交流イベントの方にもですよ」


「了解です」


 無事に召喚獣達の親密度が上昇し、俺のMPも1/2までに回復した。

 俺たちは葉月さんにお辞儀をした(のち)、改めてフィールドボスを目指してポータルへと向かう。


 ともあれ、マーシーさんの店のように、希少価値のある場所にはやはり人が多く集まるようで、俺達が見てもらっている間も、次から次へと召喚士のお客さんが店へと訪れ、凄まじい人気を見せていた。

 ――余談だが、召喚士仲間を連れて参加する予定だった召喚士達との交流イベントは、実は彼女が企画し、発信したものであったらしい。


「しかし、良心愛の召喚士か……」


 ダリアとアルデの手を引きながら、頭に乗せた部長の体重を感じつつ思い出すように呟く。

 名前からしても、俺のクラスと似通ったクラスであると予想できる――もっとも、葉月さんのは、他人の召喚獣に愛を与えるクラスだったが。


『わたしもシチュー食べたかった』


 親密度が上がった事により、部長のふてぶてしさに、更に磨きがかかったような気がした。

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