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ダンジョン『剣王の墓』⑥

 

 来た時と同じペースで上昇を続けるプレートに、沈黙を続ける俺たちが乗っていた。

 ダリアは、例の如く話す事ができないから当然ではあるが、彼女が纏う《話しかけるなオーラ》によって、なおさら重々しく口を閉ざしているように思えた。


 姫の王は姫の王で、どこか真剣な表情で顎に指を当て、何かを考えるように沈黙を守っている。


 ――なんにせよ、まずは部長達の安否確認だ。

 無事に全員逃げ切れている事を願いながら、俺は今回の功労者(ヒーロー)とコンタクトを取る。


『部長。無事か?』


『ごしゅじん。いま上に登ってるよー』


 俺の問いにすぐさま反応した部長。


 念のため、視界をリンクさせ状況を見てみる。


 低い位置から見上げる形になっており、正面には眉をへの字に曲げ、安心と不安が入り混じるような表情で座り込むマイさんと、腕を組みながら険しい表情で上を見つめている港さんの姿があった。

 傍にはキングと、小さくなったケビンの姿もある。

 ――ケビンの姿から察するに、あちらも何か思考を凝らして脱出した模様。ともあれ、全員無事に帰れたようで一先ず安心だな。


『お疲れ様。よく頑張った、えらいぞ』


『褒めるだけじゃなくて、ご褒美にリンゴ食べさせてねー』


 ほくほくとした口調でねだる部長に、思わず自分の顔がほころぶのが分かった。いつからか、ルアップの事も俺が呼ぶように《リンゴ》と言うようになっていている。


 はっきり主張する奴だな。と、思う反面、どんよりとした雰囲気が漂う向こうのプレートに、部長の陽気さを伝えてやりたい。という、もどかしさもあった。


 恐らく俺たちの身を案じ、喜ぶに喜べないのだろうと思う。俺は部長を介して向こうの状況を把握できるが、向こうからこちらへは干渉できない。

 人の言葉を話す召喚獣でもいるなら、意思疎通も可能になるのだろうが……。


 部長に大仕事を頼んだ時のように二人に強化(バフ)でも掛けてやれば――というより、部長がその場にいるのが、俺が死なずにいる事の証明になる気もするが……上で会えばどの道一緒か。


 部長とのシンクロを終わらせた俺は、もう一人の功労者(ヒーロー)に声をかける。


 最後の“アレ”がダリアによる物だと考えた俺は「ありがとな」と、頭に置かれた小さな手に、自分の手を重ねるようにして置くと、ダリアの体がピクンと跳ねた。


 顔を見ていないから推測の域だが、今のダリアが纏う雰囲気は、以前、トルダと共に灼熱洞窟へ行った時――もっと言えば、シンクロを拒んでいた時のソレに酷似している。

 理由は考えるまでもなく、最後に俺たちを助けるため咄嗟(とっさ)に使った、初めて見る強力な魔法の事だろう。


「聞きたい事ガ、二つあるのだけド」


 長い沈黙を守っていた姫の王が口を開いた。


「なんでしょう?」


 ダリアに安心感を与えるためにも、少し冷たい口調で返す俺に――姫の王はきめ細かな髪をサラリと零しながら、頭を下げたのだった。


「その前ニ――まずは助けてくれてありがとウ。初めて見る攻撃に動揺しテ、反応するのが遅れちゃっタ、もしあの場で全員死んでいたラ、それはマイヤのせいだっタ」


 誠意のこもった彼女の行動に――俺は少なからず動揺していた。


 元を辿れば、俺を指名したのは姫の王であるが、巨人の特殊な行動を把握していなかった点に関しては、彼女に落ち度は無いと言っていい。

 彼女を先に走らせ、秘密裏(ひみつり)盾弾き(シールドパリィ)の準備をしていた俺の方が、むしろ黙っていた分の罪がある。


 それでネ――。と、俺が答える間も許さぬ速さで話を切り替え、ニッコリと俺を見上げた姫の王は、右手で《グー》を作って俺の目の前に突き出した。


「まずひとツ。――君は《電脳の天才(サイバー・ジーニアス)》なのかナ?」


 ビシ! と、効果音が付きそうな勢いで、人差し指を立てる姫の王。

 彼女の口から告げられたその言葉を記憶と照らし合わせてみるも、心当たりはない。

 目を輝かせ、期待込めた表情で俺の顔を見つめる天使に、俺は申し訳ないと偽ることなく返事をする。


「サイバー・ジーニアスという言葉に聞き覚えはないので、多分違うと思いますよ」


「エ!? それは嘘だヨ!」


 いや、嘘だと言われても……。


「だっテ、格上のボス相手に盾弾き(シールドパリィ)なんテ、銀騎士君みたく《VR技術に完全適合した天才》じゃない限リ……ア、器用特化っていう考えもあるのかナ?」


 姫の王はブツブツと独り言を呟いた(のち)、どうしても納得できない様子で、まくしたてるように質問を重ねてくる。


技能(スキル)を使った盾弾き(シールドパリィ)じゃないんでショ?」


「いえ、技能(スキル)使ってますよ。片手盾術ともう一つ」


 淡々と答える俺に、姫の王は口を結んでジロリと睨んできたが、嘘は含まれていないと判断したのか、諦めたように溜息を吐いた。

 流石は、数多(あまた)のプレイヤーを虜にするだけあって、相手の表情や言葉に含まれた感情を読み取る才能にも長けているらしい。


 一つ咳払いをする姫の王は、未だ立てたままの人差し指の隣――中指をビシ! と、立てた。


「ふたツ。この召喚獣の女の子は何の種族なのかナ?」


 こちらが本命とばかりに詰め寄る姫の王に、俺は両手で静止するようにして、半歩下がりつつ答える。


「申し訳ありませんが、ダリアに関する質問はNGという事で」


「にゃんデ!」


 両手の人差し指で《×(バツ)》を作りながら謝るも――先程とは打って変わり、どうしても気になるのか、なかなか引き下がらない。

 ダリアは魔族です。と、答えるのは簡単だが、今のダリアをあまり刺激したくないという気持ちが(まさ)っている。


 これではキリがないと、逆に質問で返すことにする。


「なぜダリアの種族が気になるんです?」


 俺の質問に対し、姫の王はひどくあっさりとした反応で、それに答えた。


「それは簡単な事だヨ。この子が《通常魔法》と《竜属性魔法》を両方使っていたからサ。そんな例は未だ存在しないからネ」


 得意げに語る姫の王に対し――俺の頭には疑問が浮かんでいた。


 確か巨人と対戦した時、ダリアは他の魔法を使っていない――つまりは中ボス戦の時、あれほど暴れまわった状況で彼女は《ダリアが魔法を放っていた》姿を見るだけに留まらず、それを覚えていたという事になる。

 パーティメンバーに、俺たちの戦い方を見させていた。という考えもあるが、どちらにせよ、計算されてなければ難しいと理解できる。


 一度の戦闘で、どれほど頭を回して戦っているんだと戦慄を覚えると同時に、今の彼女の発言を頭の中で振り返ってみる事にする。


 《通常魔法と竜属性魔法を両方使っていた》


 俺からしてみれば別段珍しいように思えないが、彼女の鬼気(きき)迫る口ぶりからしても、これが普通ではない事だと推測できる。


「竜属性魔法は《竜人族》《竜族》《ドラゴン族》の三つの種族のみが扱える特殊な魔法だけド、代わりに他の魔法は一切使えないんだヨ。設定としテ、魔法を操る器官ガ、竜属性固有のものに進化したと言われているらしいヨ」


 豆知識を交えつつ、その理由を説明する姫の王に、どうせならと深い部分に突っ込んだ質問も織り交ぜてみる。


「設定ですか……そう言えば、以前王都を歩いてた時の話なんですが、NPCの家族とすれ違ったんですよ。父親が機人族で母親が亜人族の」


 俺は、オルさんの店である《心命》にお邪魔した日に(さかのぼ)りながら、楽しそうに歩く子連れの夫婦の事を思い出す。


「うんうン」


「子供もいたんですが、その子は父親と母親両方の種族的特徴を引き継いでました。ともあれ、推測の域を出るほどではありませんが、そういうケースもあるんじゃないでしょうか? ――つまりは、竜属性魔法が先に述べられた三つの種族の特権とは言い切れないんじゃないでしょうか?」


 例えば、竜人族と人族の親を持つ子供がいた場合、その理屈でいけば両方の特性――つまりは人族が使える通常魔法を、竜人族が使える竜属性魔法を、それぞれ使えるような体の構造になるのでは。という意味だ。

 ダリアの種族は《魔族》であるが、確かに思い出してみれば尻尾や翼は竜の物……少なくとも、尻尾は爬虫類の物とよく似ている。

 ともすれば、どこかにいるかもしれないダリアの両親が魔族と竜人族かもしれないし、前例のない特殊個体と決めつけるのは、まだまだ情報が不足しているのではないか。


 ――なにしろ、ここで姫の王に《ダリアは竜人族の類ではないのに、竜属性魔法を使える特別な個体だ》などと、その憶測だけで広められてしまう方が怖い。


 異種族同士のハーフというものの存在自体は知っていたのか、姫の王も納得したような、しかしまだ腑に落ちないような釈然としない表情を浮かべている。

 俺としてはデリケートな部分であると察しているから、この話題はあまり長く続けたくはないな。親としては、ダリアが自分から話してくれるのを待ちたい。


「他言無用でお願いします。これを知ってるのはマイヤさんだけですから」


「マイヤとダイキだけの秘密ってことだネ。まア、それなら悪い気はしないヨ」


 保留――としてくれたようだ。ともあれ、トッププレイヤーともなると、隠し要素だったり隙間部分への食いつき方が違う。

 知られてしまったのが姫の王で良かったのか、悪かったのかは分からないが……。


 


 巨人との鬼ごっこからなんとか生還した俺たちは、プレート前で生贄の帰りを待つプレイヤー群に出迎えられる――ともあれ、お目当てが姫の王である事は明白だったので、俺は人混みの中に居るであろうブロードさんを探す。


 マイヤ様おかえりだの、何かされなかったか? だのが飛び交う群れの外で、こちらの様子を背伸びして必死に覗こうとしているブロードさんを見つけ、声を掛ける。


「帰還致しました」


「ああ! ダイキ、無事だったか!」


 熱い抱擁でもしてきそうな勢いで迫ってきたブロードさんは、心底安心した顔で胸をなで下ろしている。


「ブロードさんの方も、大変だったでしょう」


「いや、強くもない雑魚の群れの処理だったぞ。姫の王を救うとかなんとかで、他の奴らの士気が異様に高かったから、瞬く間に終わった感じだったかな」


 士気が異様に高い……か。まあ、姫の王を取り囲むプレイヤーの様子から察しても、士気の根底は予想がつくな。

 恐らく今回のケース――姫の王崇拝者でも何でもないプレイヤーと二人で生贄となる状態――は極めて珍しいと考えられる。


 つまりは“お前みたいなどこの馬の骨かも分からんプレイヤーに姫の王を任せてられるか!”という私怨(しえん)が原動力となったわけだな。


 人混みの向こうでは、姫の王が一人一人の目を見ながら、全てのプレイヤーに感謝の言葉をかけてまわっているのが見える。


 ――働きに対する報酬という所だろうか。こういう部分は流石と言えよう。


「あ! 港、マイ、良かった。無事だったか!」


 ブロードさんの歓喜の声に視線を動かすと、俺たちより遅れて到着した港さん・マイさんグループが、欠員無しの状態で無事帰還を果たした。

 マイさんに強く抱きしめられた部長が、心なしか誇らしげな表情をしているように見える。

 俺たちに気付くや否や、笑みを浮かべた港さんが俺の肩をバシッと叩いた。


「いやあ助かった。ダイキにも、部長ちゃんにも助けられたぜ!」


 港さんに続くように、マイさんも笑顔を見せた。


「部長ちゃんが道を示してくれたお陰で、冷静な対処ができたわ。本当にありがとう」



 その後――特に弊害もなく進み、次の層へと続く階段を上っていく俺たち。

 明るく振る舞う港さん、マイさんだったが、腹の中に姫の王への黒い感情が渦巻いていることに俺も、そして姫の王もまた気付いていた。

 それは姫の王を取り巻くプレイヤーにも言える事であり、対象は違えど抱く感情は同じものだった。


 お互いの溝は、深くなっていくばかりだ。

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