ダンジョン『剣王の墓』③
薄暗い空間に続く、石造りの階段を上るようなムービーが流れた後、俺たちは開けた空間へと移動していた。
この場所には総勢30人のプレイヤーがいるわけだが、それらが大きく距離を取っても余裕がある程度に、この場所や先に続く道はかなりの広さが設けられてるようだ。
部屋の周りには等間隔で火のついた松明が揺らぎ、マップを見ずとも目視で広さが把握できるようになっている。
オルさんの店――心命に施された仕掛けのように、内部の広さは外観の大きさとは比例しない造りになっているらしい。
「じゃあ付いてきてネ。マップの開拓は済んでるかラ、問題はないヨ」
部屋内に響くソプラノボイスと共に、姫の王率いる集団が道を歩き始める。
攻撃力の高い港さんや、盾役であるブロードさん等の前衛職を先頭に置いた方が戦闘が円滑に進む気もするが……ここは彼女達に従おう。
姫の王の集団の後を歩きながら、港さんは腕を頭の後ろに回し、退屈そうに呟いた。
「ここのダンジョンはボス以外危ない敵も出てこないし、マップが開拓されてるなら巣とか罠とかの心配もなさそうだな」
「巣ですか?」
《巣》という聞き慣れない単語に反応すると、雑談してなきゃやってられないといった様子のマイさんが、港さんの代わりに答えた。
「巣というのは敵が異常に湧く特殊なエリアの名称よ。他にはモンスターボックスとも呼ばれているみたいね、要するに《敵の湧く罠》みたいな物かな」
それに補足を加えるように、港さんが続ける。
「厄介なのは入り口が塞がる事と、敵の強さが少しだけ変わっている事だ。基本的に開けた行き止まりに存在する事が多いから、普通は避けて別の道に進むのが一般的且つ効率的だな」
入り口が塞がるのか……ともなれば、当たり前だが引き返す事はできない。敵の数もレイドを想定した量が湧くんだろうし、相当な混戦が予想できるな。
マップが全て開拓されていれば、正規ルートも表示されているわけだから、行き止まり等で足止めを食らう必要もないという事か。
量が量なら全滅等の危険性も出てくるだろうな。
「それと、ここに限った話じゃないんだけど、ダンジョンにはレイドボスの他にフロアボスっていう……要は中ボスがいてね」
巣を知らなかった俺をダンジョン初心者と判断したのか、ブロードさんはやや得意げな表情で人差し指を立てた。
「実のところ、中ボス含めたこのダンジョンは《メインストーリー》に関連する物だと、攻略者の間では推測されているんだ」
この際なので全て聞ける事は聞いてしまおうと、メインストーリーについて聞き返すと、意外な事に答えたのは先行く姫の王だった。
集団の真ん中で歩きつつも、俺たちの会話を聞いていたらしい。
複数の足音が反響する建物内に、甘ったるいソプラノボイスが響き渡る。
「大昔に暴れまわった強大な力を持つ存在ト、それらを退けた英雄達の物語だよネ」
英雄達の物語か――。
俺が進行させたストーリークエストは砂の町での一つだけ。ギルドからの討伐クエストやNPCからの突発的な名声クエスト等々、俺が未だ色々なクエストを受けていないだけで、クエストはあちこちに溢れている。
ストーリークエスト等の《このゲームの世界に深く関わりのあるクエスト》は、世界観を知る上でかなり重要度が高いクエストと言われている。
ダンジョンにもストーリーに関わりのある設定が組み込まれているのだろうか。
「マイヤと二人でクエスト巡りしてみル?」
唐突に、姫の王は悪戯な笑みを浮かべながら俺に提案する。
一瞬言葉に詰まったが、クエスト関連は召喚獣達とのんびりこなしていきたい。という、自分の気持ちを優先することにした。
「重要なクエストなら尚更、自分達でじっくり世界観を楽しみたいので。申し訳ありませんが」
「ざーんねン。じゃあスグルっちはどうかナ?」
「えっあ、悪いですよ……」
「いいってバ! マイヤは皆のお手伝いがしたいんダ!」
突然の振りに、ブロードさんのパーティメンバーはあたふたと慌て、姫の王は妖艶な笑みを浮かべ彼の横にぴったりとくっついた。
そして連鎖的に、近くにいた他のメンバーともクエスト巡りの約束を取り決めていき、上機嫌で自分のメンバーの元へと戻っていった。
作り物とはいえ、息を飲む程の容姿を持つ美少女に言い寄られた男性陣は、心ここに在らずといった様子で宙に花を咲かせている。
「息を吐くように愛嬌を振りまくな。怨みを買いそうな生き方してるぜ」
額に手を当てて項垂れる港さんの声は、大勢の足音によってかき消される結果となった。
途中で出てくる敵も、物量によって瞬く間に溶けていく。当然といえば当然なのかもしれないが、トッププレイヤーたる姫の王の取り巻きのプレイヤー達はかなりの高レベルの集まりのようで、ほぼ回復を必要としない程に、圧倒的な火力と防御力を備えていた。
実際、一階層の終わりを告げる階段まで来た時点で、俺たちの出番は殆ど無かった程だ。
「二階層はエリア全体がドーム状の広い空間になっているから、完全な混戦になるね。中ボスとして大きな騎士が出てくるから、砂漠王の時みたく、俺たち盾役がボスの引きつけ、他のメンバーは取り巻きの殲滅が主な仕事になるよ」
上り階段に差し掛かる一本道で、ブロードさんが俺に耳打ちで教えてくれた。
姫の王のグループは敵の撃ち漏らしこそ無いものの、殆どアドバイス無く進んでいってしまうためブロードさんのような人は、初心者の俺としては有難い。
一言お礼を言いながら、俺は肩車されているダリアと、マイさんの腕の中にいる部長にシンクロを使った。
『次の階から本格的な戦闘が始まるらしい。ダリアは前みたく、ケビン達後衛陣と一緒に行動、部長は俺の頭の上に移動だ』
『がんばる』
『はーい』
肩車からのそのそ降りたダリアは、両手でガッツポーズを取るように気合を入れる。
「すみませんマイさん。部長がマイさんの所を気に入っちゃったみたいで」
「え? ああ、いいのよ全然! 持って帰りたいくらい!」
マイさんも例に漏れず動物が好きだったらしく、俺が彼女の腕から部長を回収すると、顔を真っ赤にしながら短い別れを惜しんだのだった。
一行は一人も欠ける事なく《剣王の墓 F2》へとたどり着き、大部屋前の空間で各々が戦闘の準備を進めていた。
港さんは柔術家のような動きやすさメインの服装はそのままに、肘まで伸びる赤銅色の小手を両手に嵌め、握りを確認している。
彼の召喚獣であるキングは胸や爪に金属製の防具とも武器ともとれる物を纏い、ケビンは黒と青の光が入り混じる禍々しい杖を装備した。
ブロードさんは動きやすい薄い全身鎧から鈍重そうな分厚い全身鎧に装備を変え、身の丈ほどある金属製の大盾を背負った。腰には無骨な斧が備え付けてある。
マイさんは特に変更する様子もなく、出会った時と変わらない青のラインが入った白のローブと、先に宝石が嵌め込まれた木製の片手杖を振って具合を確かめていた。
俺も特に変更はいらないな。見た限りだとダメージ性のある床ではないから、熟練冒険者の靴に履き替える必要もない。
アイテムボックス内をスライドさせていくと、中にあった黒塗りの短剣やパイプタバコに気がつく。
……いつ手に入れたかも忘れてしまった品々だが――これもどう考えても使えないだろう。
剣を腰に下げ、左手に燃え盛る盾を装備。赤色の鎧の耐久値等の確認を済ませ、戦闘準備を終える。
「あラ? 面白い装備持ってるんだネ。マイヤ、結構好きだナ」
メラメラと燃える盾に興味を示したマイヤがとてとてと走り寄ってきた。
フリル付きの白いワンピースはそのままに、右手に緑と黄の光球が舞う木の枝を握っているのが見える。よく見ると光でできた蝶のようで、その蝶達は枝の周りで互いに戯れるように飛んでいる。
「男って感じの装備ですよね。俺も結構気に入ってますよ」
「うんうン。防具の方の色合いモ、召喚獣ちゃんと合ってるネ」
ニコニコと笑みを絶やさないまま、体の後ろで腕を絡めた体勢になる姫の王。
先に部長にシンクロをしてみるも、特にこれといった反応は示さない様子。ともあれ、彼女はリンゴもどきと、乗り物になり得る物にしか今の所興味を示さないのだが……。
俺の右手に手を繋ぐダリアにシンクロを移すと、ぼそりと『きらい』と呟いたのが伝わってきた。
本人に聞かれると冷や汗ものだが、ダリアの声が聞こえない姫の王は不思議そうに首を傾げている。
「あ、マイヤ様。こっちは全員戦闘準備が整いましたよ!」
と――そこにやって来たのは姫の王のパーティメンバーの一人だった。皆、共通した緑の鉢巻をしているのは一緒だが、湧いた敵を寄せ付けないレベルだけあって、装備は素人の俺でも一目でわかるような一級品を纏っている。
この人は魔法職のようで、金色の複雑な模様が刻まれた紺のローブに身を包み、大きな赤の宝石が嵌め込まれた両手持ちの杖を装備していた。
「ありがとネ、シュウ君。マイヤも皆の所へ戻るヨ」
姫の王は此方へ一礼した後、姫の王のパーティメンバーが待つ人の群れに戻っていった。
シュウ君と呼ばれたそのメンバーは、戻っていく姫の王をじっと見送った後、再び俺の方へ視線を戻し、吐き捨てるように声を上げる。
「俺が彼女の騎士だ! 馴れ馴れしくするなよ?」
そのままフイっと踵を返し、姫の王の元へと戻っていった。
一部始終を見ていたブロードさんが心配そうな面持ちで俺に声を掛けてくる。
「大丈夫か? ダイキ」
「ちょっと釘を刺されたようですね。俺からは話しかけに行ってないんですが、刺激しないのが吉ですかね」
「そうだな――しかし騎士か。魔法職なのに何を言ってるんだ? そこは魔法使いだ! じゃないか?」
「役職的なものじゃないと思いますけど……」
頭にハテナマークを浮かべるブロードさんに、オイオイと突っ込みを入れておく。
なんにせよ――予想はしていたが、彼女を取り巻く面々もなかなか接し辛そうだな。せわしなく愛嬌を振りまく姫の王が起爆剤になっているのが更にややこしい。
彼の目に込められていた“感情”が何なのかはすぐに分かったものの、穏便に済ませるのは少し骨が折れそうだ。
皆の準備が整ったのを合図に、姫の王のパーティメンバーである盾役を筆頭に開けた空間へとなだれ込む。
殆ど作戦らしい作戦を交わしていないものの、彼らも最前線。誰が何を担当するかは、合理的に振り分けられている。
中央に現れた巨大な騎士に、ブロードさん達盾役組が張り付いて敵視管理と周囲への攻撃を担当、数グループに小分けされた盾役と前衛攻撃役の小隊が、取り巻きの腐敗した兵士の死体との戦闘を開始する。
俺が盾役を務める小隊は、攻撃役に港さんとキングが付き、ブロードさんパーティの攻撃役も二名此方に加わっている。
『部長は周囲の人達をなるべく視界に入れて、タイミングを見て回復と強化と弱体化を飛ばしてくれ。ダリアのMP管理も優先的に頼む』
『まかせてー』
なんとも気の無い返事だが、この大人数での戦闘に混乱する様子のない部長。
俺の元に飛んできた《物理防御強化》と《魔法防御強化》を受け、役割毎に強化の種類を変えているのを確認する。
続いて周囲に鼓舞術による強化も重ねつつ、目の前に振り下ろされた欠けた剣を盾弾きにて打ち上げ、挑発と磁力盾を展開した。
統率者の心得がレイド全体に掛かってるとは思えないが、少なくとも対象となっている港さんとキングがいるだけで心強い。
港さんが放つ目にも留まらぬ速さの正拳突きにより、確定Criticalになったゾンビが後方へと吹き飛んでいった。
挑発と磁力盾によって集まってきたゾンビの群れを、攻撃役達が蹴散らしていく。
『気持ち悪いー』
『確かにな。けど、グロさがかなり抑えられていて助かった』
正に嵐のような攻撃役達の猛攻により、陣形もなくただ集まってくるゾンビ達の群れはバッサバッサと倒れていく。
全年齢対象なだけあって、臓器的な物も出ないし四肢も飛んでいったりはしないものの、部長には少し刺激が強すぎたのかもしれない。
ダリア達後衛攻撃役は範囲系魔法によって遊撃的に辺りのゾンビの群れを葬っているのが見える。
やはり物量で押された時は、魔法職による一掃系魔法がかなり便利だな。特にダリアが好んで使う火属性魔法はゾンビによく効いているように思えた。
――ボスの方に動きがあったようだ。
誰が叫んだか盾役の方から『防御態勢!』という大雑把な指示が飛んできた。
咄嗟に鋼の意志によるCritical回避を使い、攻撃役の前に立つと、目の前に燃え盛る壁と黒塗りの壁が形成された。
――ありがとうダリア。
コンマ数秒後――ガラスの砕けたような音と共に、二枚の分厚い壁は破壊され、盾越しに鈍い衝撃が加わった。
後ろの面子には余波の影響もないようで、皆が皆、ボスの方へと視線を向けている。
ボスは巨大な剣を振り切った状態で止まっており、辺りに無数に存在したゾンビもろともプレイヤー達を斬りつけたのだと推測できた。
体を張って防御技を展開した盾役の頑張りもあって、地に伏したプレイヤーは見当たらない。が、俺を含める斬撃を受けた面々は少なからずダメージを受け、最もボスの近くにいた盾役の頭に浮いたLPバーは半分程度減少しているのが見える。
早い所立て直さないとマズイ――
「『聖なる大回復』」
――と、一人のプレイヤーを中心に光る緑の輪が波紋のように広がった。
盾役はもちろん、かなり遠くにいた俺や近くの攻撃役も皆、LPが大きく回復し、ソレを放った天使が木の枝を模した杖を天に掲げた。
「マイヤがいる限リ、全滅なんてあり得なイ!」
皆への激励の鼓舞だったのか、はたまたボスへの台詞だったのか――攻撃を防ぎきれなかった盾役を非難する声も全て掻き消すような回復魔法と一言により、メンバーの士気がグンと上がったのを感じた。
彼女が放った超広域の回復魔法は、対象がほぼ全員なのに対し、凄まじい回復量を見せつけた。
そしてその魔法に込められた二つ目の効果なのか否か、斬撃によって死にかけとなっていたゾンビ達は、まるで浄化されたかのように体をポリゴンに変え、一斉に天へと登り消えていく。
――神秘的、且つ神々しい。
まるで七色に光るシャボンの玉が舞うような光景に、多くのものは息を飲み、また多くのものはソレを起こした張本人へ目を向けた。
姫の王マイヤは無骨な金属のメイスを手に、単身でボスへと駆ける。
技の反動で動けないのか、それとも例に漏れず“見惚れていたのか”、巨大な騎士は大きく跳んだ天使を、ただ眺めるようにして佇んでいた。
鐘を鳴らしたかのような、鈍い金属音と破壊音の後に、騎士の体がぐらりと傾いていく。
鎧が崩れ落ちるけたたましい音と共に、メイスを振り切った状態で着地した姫の王は、今日一番の笑顔で髪を払ったのだった。




