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ダンジョン『剣王の墓』①


 会社から帰った俺は、家事を済ませて掲示板を覗いた――今日行く予定の《剣王の墓》というダンジョンについて調べるためだ。

 事細かくは書いてなかったものの、多くの罠・行き止まりが存在し、ボスがとびきり強い事がわかった。


 ダンジョンレベル40が最低ラインであるものの、理想レベルは46と結構高く設定されているようだ……大丈夫か、俺。


 ともあれ、今回は数合わせ的な部分が強いらしく、過度な活躍は期待されていないようなので、気楽に行けばいいという港さんの言葉に甘えようと思う。

 ここのボスが落とす素材はどれも、市場(しじょう)に出回る一級品レベルの物だから、たとえ小判鮫(コバンザメ)状態でも行って損はないらしい。

 オルさんか紅葉さん、いや、マーシーさんに召喚獣達の装備を作ってもらうのもアリだな。


 そんなこんなで、Frontier Worldにログイン。

 集合場所である王都ギルドには午後7時30分までに行けば問題ないので、それまでの約40分は暇という事になるな。


 ワンテンポ遅れて現れたダリアと部長がこちらを見上げる。


『飯でも食べに行くか』


『いく』


『ルアップって果物、また食べたいなー』


 光の速さで定位置(肩車)まで登ったダリアが、早く進めと言わんばかりに頭をぺしりと叩く。

 部長はこないだ食べたリンゴっぽい果物が好きになったらしく、既に妄想の中で食べているのか、口をパクパクさせて目を細めていた。

 食事がなによりの楽しみなこの()達。いい食べっぷりを見せるから、こっちとしては連れていった甲斐があるというものだ。

 野菜を食べないダリアが部長に野菜を渡し、肉類を食べない部長がダリアに肉類を渡す。姉妹同士で助け合う微笑ましい光景も見ていて目の保養になるな。


 あっちじゃないこっちじゃないと、店から店へ移りながら、結局バイキング形式の食事処に落ち着いた。

 肉をいっぱい食べたいダリアと、野菜をいっぱい食べたい部長が納得する店となると、大体がバイキング形式に収まっている気がする。

 俺としても食べ放題コースとかの方が割安なので全然問題ないんだが……彼女達には、職人による料理の盛り付けの美しさ等も楽しんでもらいたい所だ。


 時間的には夕飯時なので、店内で食事をするNPCの姿が多く見られる。

 従業員に席へと通された俺たちは、その足で料理が盛ってある皿達の方へと向かった。

 彼女達の食べたい料理を取るべく、何度もシンクロで行ったり来たりしながら料理を盛っていく。


『ダリア それたべたくない』


『ダメだ、たまには野菜食べなさい』


『じゃあわたしが食べるー』


『それじゃあ意味がないんだってば。部長も好き嫌いしないでピーマン食べなさい』


『にがいから食べないよー』


 団子状態でバイキングに臨む俺たち。ワガママ姉妹はあーだこーだ言って好き嫌いを無くそうとしないため、いつも偏ったメニューになってしまう。


 これは蛇足だが、野菜の名前は厳密には日本のそれとは違う。安直だが、殆どが英語にして並び替えたような名前になっている。

 見た目が近いので俺は日本で一般的に使っている名前で呼んでいる。因みに、部長の好きなルアップも見た目も味もまんまリンゴなので、俺はそのままリンゴと呼んでいる。


 ともあれ、レタスと焼いた肉を浸した料理を盛ってみたり、細かく刻んだピーマンが入った野菜盛りなど工夫しながら盛り付けていき、最後にデザートコーナーにてフルーツを盛った。

 彼女達に掛かるステータスアップではこのデザートが最も重要となるが、ダリアは完全に惰性(だせい)で食べている部分もあり、なんとか好みの物を見つけようとはしているのだが……今の所は肉以外の好物は分かっていない。


 席に戻るダリアが敷いた紙の上に部長が(アゴ)を置き、フォークで刺した野菜をダリアが部長の口元へと持っていく。

 横から見ればわかるように、前足を宙ぶらりんにしていつもの《他人に食べさせてもらうためのポーズ》になる部長だったが、すっかり世話役となったダリアは嫌な顔一つせずに、妹にせっせとご飯を与えていた。


 前まではなりふり構わず口元を汚して食べていた彼女が、今はもう完全なお姉さんだ。

 こうして食べさせてもらっている部長も、妹分や弟分ができたら変わるのだろうか?


 ……いや、部長はこのままな気もするな。


 部長の事はダリアに任せ、俺はメニュー画面から掲示板を開き、再び剣王の試練についての予習を始める。

 レイド単位で回避する罠もあるため、無知で行くのだけは避けたい。


「ボスは人型で剣使い……剣はグレートソードと呼ばれる巨大な包丁のような形であり、レベル45の前衛攻撃役(アタッカー)がノーガードで斬り付けられた時は一撃で死亡した……攻撃力が高いって事か」


 載っているURLに飛ぶと、ボス戦のスクショ(スクリーンショット)が何枚かあり、ボスの風貌が露わになる。

 身長は180cm程度で筋肉隆々というよりは、引き締まった肉体をしている。

 格好は緑の石のような鎧を纏い、やはりグレートソードが一際存在感を放っているな。身の丈を超えている。


『みせて』


『お、興味あるのか』


 世話役が終わったダリアが、俺の真横までずずっと迫り、背伸びして掲示板を一生懸命覗いていた。

 一方満腹になった部長は席にコロリと仰向けになって寝息を立てている。見れば苦手だったピーマンも綺麗に食べさせられていたようだ。


 ダリアと部長の間に何か会話があったはずだが、予習に没頭してて聞きそびれてしまった。


 ダンジョン内で変わらず俺の上で戦闘に加わる部長はともかく、ダリアはある程度立ち回る必要がある。

 よく見えるように膝の上に乗せてやると、ダリアは一瞬だけ身じろぎした(のち)、『よんで』と呟いた。


『敵の注意すべき技は、大きく剣を振り被るように構えた後の斬撃波。勢いよく迫って放つ盾を貫通する突き。地面に剣を突き刺してランダムに三ヶ所剣が突き出る移動剣。――とまあ、後衛が注意すべきはこの三つの……って、分かるか?』


『むずかしい』


 読み上げた内容をイマイチ理解できていないのか、ダリアはコテンと首を傾げた。


『しょうがない。じゃあ俺が今から分かりやすい絵を描いてやるからな』


『うん』


 メニュー画面にはメモ帳という欄がある。そこには自分で指を使って自由に字が書ける仕様になっており、勿論絵も描く事ができる。

 小さい頃から絵が得意な方だったので、こんな分かり辛い文字の羅列よりも、絵を描いてやったほうが分かりやすい筈だ。


 俺はメモ帳で剣を持った人型が斬撃を放つ絵と、疾走感のある人型が突きを放つ絵、人型が突き刺した剣がいろんな場所に突き出る絵を描いてダリアに見せてやった。


 我ながらかなり分かりやすい。


『これで分かったか? つまりは――』


『ダイキ へたくそ』





 王都ギルドは冒険者のNPC、そしてプレイヤーで賑わっている。クエスト受け付けやダンジョン受け付けには列ができていた。

 腹ごしらえを終わらせた俺たちは約束の時間五分前にギルドに着き、皆を探す。


「お、ダイキ。こっちだ!」


 俺をいち早く見つけた港さんが、数名が既に集まっていた円状テーブルの方から手招きをしてきた。

 その周りにはブロードさん、マイさん達パーティの姿もある。


「こんばんは。って俺たちが最後ですかね?」


「普通の時間に来ていれば、最後になることはあり得ないぞ。恐らく姫の王は後20分は来ない」


「え?」


「自分が誰かを待つなんてあり得ないんだそうだ。いい性格してるぜ」


 港さんは少しイライラしたようなオーラを出しながら、クエスト受けてくると席を立った。

 ケビンは港さんに付いていくが、キングは俺の足に体を擦り付けて喉を鳴らしている。

 ダリアの掴む力が増し、髪の毛が悲鳴をあげた。


「ダイキは召喚獣にモテモテなんだなあ。流石は召喚獣達の親だ」


「召喚獣達の親ってなんですか……」


「召喚獣達の親っていうか、そこの女の子の親――つまりはお義父さん。結構有名なのよ?」


 からかうように笑うブロードさんに加わるように、マイさんが微笑みながら召喚獣達に目を向けた。


「なんでお父さんなんですかね」


「それは――ダリアちゃん、だったかしら? この子を自分の嫁にしたいプレイヤーの数はかなり多いのよ。つまり親であるダイキ君は、その人達から見れば義理の父である《お義父さん》に当たるのよ」


 なるほど、そんな経緯があったのか。マーシーさん達に呼ばれてもイマイチピンと来なかったが……。


「まあダリアも部長も誰にもやりませんがね」


「ふふ、頑固親父って感じね」


 それからしばらく、ブロードさん達と雑談をしているとクエストを受けた港さんが戻ってきた。

 指定ダンジョンの踏破で報酬が出る特殊なクエストで、初めてのダンジョンアタックの前にこれを受けなければ損をするようだ。

 視界の隅に《剣王の墓》というクエストが浮かびそれをタップ、詳細が表示される。



【剣王の墓】推奨Lv.40


剣王であり、石の町の英雄である《ノクス》が眠るとされる全6階層から成る墓。大魔法使いの予言により、大昔に死んだ筈の剣王の気配が復活したという知らせが入りました。冒険者は剣王の墓へと赴き、状況を確認してください。


王の棺の間[未踏破]

剣王 ノクスの討伐[0/1]


経験値[10770]

報酬:G[14060]



 状況の確認も何も、討伐対象にボスが入ってるんですが……。

 ともあれ、この剣王ノクスという人物がただのボスキャラではなく、《石の町の英雄》という肩書きを持つ人物だった事が理解できる。

 これはこのゲームのストーリーに関わる何かなのだろうか? そして大昔に死んだ筈のノクスがこの世に蘇ったのは何故だろうか……。


 なんにせよ、今はボスとして討伐するのみだな。

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― 新着の感想 ―
主人公、頑迷に「人間にとってバランスの良い食事」を食べさせようとするけど、召喚獣は人間じゃないんだからただの好き嫌いじゃなく食性の関係で偏ってる可能性もあるんだからこれだけは大きなお世話な気がするけど…
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