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提案


 何はともあれ、激戦の末もたらされた経験値(報酬)は参加プレイヤー達を沸かせるのに十分な価値を孕んでいた。

 勝利の余韻(よいん)に浸る――そんな表現が適切だと言わんばかりに、自らのステータスを開いたり、参加者同士で語り合うプレイヤー姿が多く見受けられる。


 勿論、俺たちパーティも例外ではなく、フィールドボス戦さながらの戦闘は濃い内容の経験を生み、どことなく満足気な召喚獣達に褒美の魔石を食べさせてやる。

 部長は『くたくたー』とダレながら、ダリアは無表情で口をモゴモゴさせながら、魔石を頬張った。


 ――ふと、プレイヤーの輪の中から先程の盾役(タンク)がこちらへと向かってくるのが見える。

 その後ろには彼のパーティらしき面々の姿もあった。


「仲間から、貴方の活躍がなければ少年もろともお陀仏だったって聞いてね……いやあ、助かった。格好がついたよ」


 後ろ頭をガシガシと掻きながら、感謝するでも謝るでもない、曖昧な声色で盾役(タンク)の男性が言う。


「俺は、貴方が動いたから動いたんだ。間に合ったのは貴方の踏ん張りがあってこそだよ」


 感心するように腕を組んだ港さんの言葉に、盾役(タンク)の男性は照れ臭そうに笑って見せた。

 ひとしきり和んだ後、港さんは純粋な疑問を口にするかのように彼に言う。


「しかし、お人よしも過ぎると仲間にも迷惑がかかるぞ? ――防ぎきる自信があったのならうるさい事は言わないが……実際、攻撃前は《防御準備》ではなく《回避命令》をしていたわけだしな」


 もっともな港さんの言い分に、盾役(タンク)の男性は痛い所を突かれたと言わんばかりに苦笑いを浮かべ、遠慮がちに頬を掻いた。


「は……はは。無謀な特攻で“自分”ではなく“他人”を死なせてしまった。これで彼が何かを感じて成長してくれたらな……という、俺のワガママかな」


 それに――と、一呼吸置きながら、盾役(タンク)の男性は続ける。


盾役(タンク)という職業の――いわば職業病みたいな部分もあってね。そのせいで余計な死が増え、経験値が減少し、パーティに迷惑を掛けてしまい……そのつど説教だよ」


「あの場合――言い方は悪いけど、彼を蘇生させた方がトータルで損失は少なくなるのよ? 彼よりもレベルが高いと自覚しているなら、貴方は庇うんじゃなくて、彼の蘇生を滞りなく完了できるように動くべきよ! 大体! いつも貴方は……」


 パーティの一人――ローブを着た女性プレイヤーが盾役(タンク)の男性に言葉の雨を浴びせ、男性は面目無いと呟きながら頭を何度も下げていた。

 後ろのパーティメンバー達は、またこれか。と、半ば呆れながら二人のやり取りを眺めていた。




 この砂漠にいるプレイヤーの大半は、砂漠王ではなくオアシスを目的としていた。やはりプレイヤーとの敵の取り合いもなく、短期間で多くの経験値が得られるあの場所を求める者は多いようだ。

 俺たちは同じ目的地であるという、盾役(タンク)達のパーティとオアシスまで行動を共にする事になった。

 

 ダリアを肩車しながら掲示板を開き、オアシスの発生場所を更新していく。ともあれこの広大なマップだ、見つけるのも至難の技と言える。


 部長は本格的に、ダリアの上からキングの背中に拠点を移したようだ。

 ダリアの頭より広く安定感のあるキングの背中で、干した布団のようにだらしなく手足をぶら下げながら、呑気に寝息を立てている。

 キングも可愛い妹分ができたと思っているのか、特に拒絶もせずに悠々と歩いていた。


 ――部長のたくましさが、たまに羨ましくなるな。と、大きな移動型召喚獣に寝そべりながら、堕落した旅をする自分の姿を想像し、いつかこの広大なFrontier Worldの世界をのんびり散歩してみたいと妄想を膨らませる。

 俺の心の声を聞いたダリアが『ダリアも 散歩』と、どこか嬉しげな声色で呟いた。


「と、そうだ。ここで知り合ったのも何かの縁だ、ここらで自己紹介でもしないか?」


 先行く盾役(タンク)のプレイヤーが振り返り、手を広げながら提案。皆断る理由もなく、まるで遠足のような呑気な一行の自己紹介大会が始まった。


「俺の名前は《ブロード》。見ての通りガチガチの盾役(タンク)でこのパーティのリーダーだ」


 盾役(タンク)の男性――改め、ブロードさんが自分が言い出しっぺだからと言わんばかりに自己紹介を始める。

 ガタイの良い人族のプレイヤーで、青色の全身鎧(フルプレートメイル)を纏い、背中には背丈程ある金属製の大盾(タワーシールド)を装備している。

 人の良さそうなおじさん――そんな印象を受ける顔のプレイヤーだ。


 続いて、隣を歩く港さんが自分の紹介と召喚獣達の紹介を終えると、ブロードさんを叱っていた女性プレイヤーが一つ、咳払いをした。


「私は《マイ》。役割は回復役(ヒーラー)です。先程は見苦しい姿をさらしてしまい、申し訳ありませんでした。改めて、よろしくお願いします」


 金に近い茶色の髪の亜人族。横に伸びる尖った耳は、ファンタジーの知識を用いればエルフという種族の特徴に類似しているように見えた。

 所々日本人らしいパーツは見受けられるものの、エルフという属性に負けず劣らずの容姿をしている。

 切れ長の目とハスキーな声も(あい)まって、かなり気の強い女性という印象を受けた。ブロードさんを叱っている姿も見ているので尚更だ。



 ――皆の自己紹介も終わり再び雑談へと戻ると、メンバーの一人がオアシス関連の掲示板に書き込みがあったのを確認し、座標を読み上げる。


「よし、じゃあ向かってみるか」


 早速行動に移すブロードさんパーティに続き、俺たちも確認するように顔を見合わせ、頷いた。





 ――時刻は午後9時14分。


 無事にオアシスを見つけた俺たちはパーティ毎に分かれ、オアシスでのレベル上げを終わらせた。

 この30分で砂漠王と同等程度の経験値を得られるのは、やはり旨味が多い。多数のプレイヤーがいなければ討伐不可能のボスに比べても、消費アイテム等の使用量から疲労度も変わってくる。

 あと少しでレベル40に到達するステータスを眺める俺に、港さんが声をかけてきた。


「40か……ダンジョンのレイドに参加できるラインのステータスだな」


「ダンジョンですか。中がどうなっているのか想像できないですね」


「試練の洞窟は例外として、大体一回の攻略で――二時間くらいか? 内部はモンスターは勿論、罠や分かれ道が普通に存在してる。何よりレイドボス戦が熱い」


 自身が参加したレイドボス戦を思い出しているのか、興奮したような口調で語る港さん。

 と――そこへブロードさん達がオアシスでの狩りを終え、こちらへとやって来た。


「レベル40か! ちょうど良かった。港、ダイキ、明日俺たちと一緒にダンジョンに潜ってみないか?」


 ブロードさんの唐突な提案に少し困惑していると、港さんが胡散臭そうに腕を組んで顎をしゃくってみせる。


「馬鹿言え。二パーティでどうやって攻略すんだよ」


「いやいや、俺には玄人プレイできるようなPSも思考も無い。が、面子は一応揃ってるよ」


 無邪気な笑みを浮かべるブロードさんの台詞に付け足すように、マイさんが少し呆れたような表情で続ける。


「ちゃんと説明しなさいよね……と、実は明日とあるパーティと一緒にダンジョンに潜る事になっててね、もう一パーティ呼べたら呼んでおいてって頼まれてたの」


「曖昧ですね……集まらなかったらパーティの足りないままダンジョンに挑戦してたんですか?」


 俺が疑問をぶつけると、マイさんは明後日の方向に目を流しながら頬をぽりぽりと指で掻いた。


「いや……まあ、向こうのパーティのリーダーが顔の広いプレイヤーで、集まらなければ当日適当に募集するって言ってたのよ」


 またなんとも曖昧な内容に、計画性が無さすぎでは? と疑問を覚える。

 少なくとも港さんが言うレイドボスが相当手強いモンスターならば、即席パーティでどうにかなる相手ではないように思えるが……。


 俺が沈黙していると、港さんも同じ疑問を覚えていたようで、眉間に皺を寄せながらマイさんに苦言を呈した。


「消費アイテムと経験値、なにより時間の無駄だと思うんだが……そんな様子じゃたとえ人数が集まっても勝てないぞ?」


 港さんの言葉にマイは、やっぱりそうなるわよね。と、肩を落とすようにうな垂れた。

 彼女の様子から見るに、この無謀な挑戦にあまり乗り気でない事がわかる。


 横で自信ありげに笑うブロードさんの様子から察して、彼が独断で引き受けたのではないかという残念な経緯が想像できた。

 マイさんやパーティメンバーに同情していると、ブロードさんは問題ないと言わんばかりに語る。


「――なんたって向こうのパーティには回復魔法職最強のプレイヤーである《姫の王》がいるらしいからね。苦戦はあれど全滅はあり得ないよ」


 不意に出てきたビッグネームに、港さんが微かに反応を見せた。


 姫の王――トーナメントの優勝候補に挙げられていたプレイヤーの一人。確か相当腕のある回復役(ヒーラー)であり、ファンクラブがある程の人気プレイヤーだったか。


 なるほど、即席でも人を集めるだけの人気――もとい人脈はありそうだが……。


「なぜトッププレイヤーが、わざわざ勝率を下げるような即席パーティを集めてダンジョンに挑むんです?」


 いよいよきな臭いなと思いつつ言うと、マイさんは首を左右に振りながらそれに答える。


「あのプレイヤーは――ギリギリの戦力で挑む事を“あえて”仕向けているの。別に今回に限った話じゃなくて……何なら人が欠けた状態で参加する方がいいとも思ってるみたい」


「なんでそんな……」


「それがあいつのプレイスタイルだからな。あいつは自分を輝かせるためなら、非効率的なプレイングも厭わない。まあブロードの言うように、確かにそれなら全滅はあり得ないな」


 港さんは姫の王について性格を否定しつつも、実力なら認めているとも取れる言い回しをする。

 ふむ――目前に迫っているトーナメント。もしも戦う事があれば、相手の情報は多い方がいい。

 それにダンジョンに潜る事自体は、結構楽しみだったりするんだよな。


「で、ダイキはどうする?」


 港さんはリーダーである俺に委ねるようで、若干投げやり気味にこちらへ視線を送った。

 ブロードさんからの熱い眼差しもあるが、ここは――そうだな。


「なら遠慮なく、ご一緒させていただきます」


 ブロードさん達(彼等)との交流を深めるいい機会でもある、ここは受けていいだろう。


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