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砂漠の支配者


 夜の砂漠に、男の雄叫びが響き渡る。


 ――そう、港さんである。


「四肢を食われてからというもの、俺は砂漠に来るたびにわけの分からん芋虫にビクビクしながら過ごす日々。満足にオアシスに通う事もできず、クエストをこなす事もできず……」


 嬉しさのあまり、熱い自分語りが始まった。


 パーティ単位の袋叩きだったものの、俺たちはサンド・デビルを無傷で討伐する事に成功した。

 要した攻撃は俺の(アーツ)とダリアの最大火力魔法、港さんとキングの(アーツ)と、ケビンの(アーツ)か……。


 楽勝――と言うには少々手間取っている気もする。なにせ、かの戦乙女(ヴァルキュリア)は複数のサンド・デビルを一撃で屠っていたのだから。


 なんにせよ、港さんが喜んでいる手前、そんな無粋な一言を口にするのは野暮だろう。



 サンド・デビルの討伐を機に港さんが軽い足取りで砂漠を先陣を切って進んでいく。

 俺はオアシスの情報掲示板を逐一更新しつつ、港さんに索敵を任せ、召喚獣達とシンクロして後ろを歩く。


『部長。ここの温度変化は大丈夫なのか?』


『ちょっと寒いけど大丈夫だよー』


 ふむ、本来の砂漠ならちょっと寒いレベルじゃ済まない筈だが……毛皮に覆われている分寒さには強いとかかな?


『ダリアは?』


『さむくない』


 ポンチョとワンピースという、決して防寒具とは言えない出で立ちのダリアも特に変化はない様子。

 俺も毛皮に包まれた鎧を着ているからか、特に寒さを感じずに進めている。

 火山や雪山みたく、露骨に暑そう・寒そうな場所以外、特に気にする必要もないのかもしれないな。


 一応、雑貨屋で買っておいたホットコーヒーを開けて飲んでみると、独特の苦味と旨味の後に、仄かに体が温まったような感覚に包まれた。



 オアシス未発見のまま砂漠を移動する俺たちの前に、凄まじい光景が広がった。

 ちょうど砂丘を登ったあたりで辺りを見渡していた俺は、眼下に広がるカラフルなライトエフェクトと人の群れ、そして途方もなく巨大な黒色のサンド・デビルを見た。

 まるで砂漠の中に気味の悪い塔がそり立ったかのような、およそ生物の大きさを超えたその姿に、思わず自分が半歩後ずさっていた事に気がつく。


 人の群れは数にして20人前後だろうか? 皆が皆、一際巨大なサンド・デビルとその取り巻きに(アーツ)をぶつけて戦っている。

 対するは付近に湧いたサンド・デビルと、腐敗したアンデッド型のサンド・デビル。そしてその中心で巨体をくねらせるボス級の個体。


「港さん……あれは?」


「お! やってるな。あれが俺が言っていた美味しい場面の正体だ」


 眉の上に手を当てがい、遠くを見るように眼下に広がる激戦を眺める港さんは、ゆっくりと砂丘を下りていく。

 

 俺もそれに続いて下りる。


「あれはエリアボスの《砂漠王サンド・デビル》。――フィールドボスは挑戦するパーティ毎にエリアが隔離されるから、同じタイミングで入ったプレイヤーとしか共闘できないが、エリアボスなら別だ。誰が戦っていても好きなタイミングで共闘する事ができる。あんな風にな」


 エリアボスといえば、北ナット森林の大きな蟷螂(カマキリ)と同じ肩書きだ。フィールドボスとは違い、強さはソロでも倒せる程度と言われている。

 ――俺の知るエリアボスは20人で寄ってたかって戦うモンスターじゃない。それに、砂漠王の三本あるLPバーは、あれだけの攻撃を受けてもまだ二本と半分程残っている。


「LPが多いボスなんですか?」


「多いなんてもんじゃねえ、下手すりゃレイドボス級のLP量と硬さを誇る化け物だ。……まあその分、経験値もかなり美味い。参戦するぞ」



 ――砂漠王サンド・デビルの周囲30メートル程が薄い緑色の膜に覆われている。これは《共闘エリア》というプレイヤーを優位に運ぶ特殊な物であり、これにより同パーティ内でなくともフレンドリーファイア(同士討ち)が無効化されるという。

 端的に言えば誰かが周囲を巻き込む範囲魔法で敵に攻撃した場合、召喚獣や魔獣を含むプレイヤーにはダメージが通らなくなるのだという。

 敵地に向かいながら切れ切れと説明してくれた港さんの言葉を繋ぎ合わせると、こんな感じだろうか。


 夜にしか現れない幻のエリアボス――砂漠王サンド・デビルは、配下のサンド・デビル、そしてアンデッド型のサンド・アンデッドデビルを従え、緑色の液体を吐き出し攻撃をしている。

 足元で盾を構えた四名のプレイヤーがそれを受け止め、後ろに控える回復役(ヒーラー)が随時回復を加えている。


「加勢する!」


「頼む!」


 港さんが小手を装備しながら駆け抜け、近くにいた魔法職が短く答えた。

 攻撃役(アタッカー)の面々は先に周りに湧いた取り巻きを潰しにかかっているのが見え、港さんとキングがそちらに加わった。

 盾を持っているとはいえ、俺は弾き(パリィ)主体の特殊な盾役(タンク)なので、ボスの攻撃を受けるフルプレートメイル(全身鎧)に身を包んだ盾役(タンク)と並んで同じ仕事はできない。

 赤色の剣を抜きながら燃え盛る盾を構えつつ、攻撃役(アタッカー)の集団の中へ加勢に入る。


下僕(げぼく)のサンド・デビル Lv.36】


下僕(げぼく)のサンド・アンデッドデビル Lv.38】


 ボスを囲うように地面から生えたサンド・デビル達は数にして六体。二匹ずつに区分けされているため、本体を含めた四箇所にて戦闘が行われていた。

 俺が参戦した場所では、こちらも盾役(タンク)一人が攻撃を受け、後方にいる回復役(ヒーラー)が回復を飛ばしている状況。残りは全員攻撃役(アタッカー)で、各々が隙をついて攻撃を加えていた。


準盾役(サブタンク)やります」


「おう、助かる……って、お義父さん?」


 素っ頓狂な声を上げる盾役(タンク)への挨拶もそこそこに、目の前の腐敗したサンド・アンデッドデビルと対峙する。

 準盾役(サブタンク)とは盾役(タンク)の補助をする盾役(タンク)を指し、主に回復や強化(バフ)の掛け直しの時間を稼ぐ役割で敵の攻撃を短時間凌ぐ役割を担っている。

 ただ今回は一人が二体のモンスターを相手にしているため、俺が片方を請け負う形となる。この場合は純粋な盾役(タンク)と変わらない。


 ダリアとケビンは既に後方の魔法職攻撃役(アタッカー)に混ざって攻撃を始め、俺はパーティに鼓舞術とダリアとケビンに野生解放を発動した。

 部長とはシンクロを繋ぎ、何時でも回復できるように周囲に目を光らせてもらってある。


 部長がアンデッドデビルに弱体化(デバフ)魔法を掛けたタイミングで、奴が大きく身を捩らせ、その長い巨体で薙ぎはらう。

 ザザザザという砂埃が舞う音と共に迫る巨体に対し、盾を傾けながら構え、盾弾き(シールドパリィ)を発動した。

 技術者の心得も(あい)まって、盾の上を滑らせるように巨体をやり過ごしながら、一緒に体ごと飛ばされるようにして上へと跳ね上げた。

 下から斜め上へと跳ねあげられた巨体に、すかさず前衛職の攻撃と後方からの魔法が突き刺さる。

 攻撃に身を委ねることで威力を殺し、尚且つ勢いの死にかけた攻撃をすかさず弾く(パリィ)。これによりLPの減少を限りなく抑えることができる。


 連撃ボーナスも加わって、アンデッドデビルのLPが大きく削れる。

 しかしながら、特殊な敵なだけあってかなりのLP量が設定されているらしく、今の攻撃を後二回ほど加えなければ倒せそうにない。

 かなりの長期戦になるな……なら。


 もう一人の盾役(タンク)へと回復を飛ばしている部長に干渉を使い、盾役(タンク)を含めた前衛職から強化(バフ)魔法を掛けていく。

 右下に表示された部長のMP・SP量を気にしながら、回復薬を与えつつ味方全体の強化を図る。


 ――再度、アンデッドデビルの攻撃。


 地響きと共に砂の中へと潜っていく途中、すかさず挑発を入れて自分への敵視(ヘイト)を上げる。加えて、干渉状態を続けたまま、後衛職の面々にも強化(バフ)魔法を掛けていった。


 地面が揺れ、俺の立つ地面から砂が噴き出した事により、敵視(ヘイト)が自分に向いているのを確信。

 もう一人の盾役(タンク)が抑えているデビルとは逆の方向へと逃げ、地面から飛び出す下僕のサンド・アンデッドデビルを回避した。


「『盾投擲(シールドロブ)』」


 未だ空中にいるアンデッドデビルに燃え盛る盾を投げつけ一撃、魔法職攻撃役(アタッカー)達がそれに続き、色とりどりのエフェクトを走らせながら、空中のアンデッドデビルを打ち上げてた。


 ――六発、七発、八発と連撃ボーナスが重なっていく。


「『飛閃剣』」


 これに加わらない手はない。


 下段から上段へと振り上げるように剣が三日月を形成し、可視可能な斬撃となって空中のアンデッドデビルに突き刺さる。

 ちょうどこの攻撃がトドメの一撃となったのか、花火のように打ちあがっていたアンデッドデビルは体を光のポリゴンへと変え、夜の闇に溶けるように消え去っていった。


 ――ともあれ気を抜くことはできない、俺はそのまま隣で繰り広げられるデビルとの戦闘に加わった。

 標的が二体から一体へと減ったお陰で後衛からの火力も上がり、デビルは瞬く間にLPを散らし、爆散していく。


「助かった。他のグループの加勢に行こう!」


「了解です」


 港さんやキングが加勢したグループは既に二体を倒し終え、残すサンド・デビルも物量によって押し潰される。

 十数名の攻撃がこれほどまでの威力とは……通常よりLPの多いサンド・デビルも数秒の内に討伐された。


「残す所親分一匹だ、加勢に入るぞ!」


 誰が言ったかその一言で鼓舞されたプレイヤーの大群が、後衛職と四人の盾役(タンク)のみで踏ん張っていたエリアボス《砂漠王サンド・デビル》へと対峙する。

 子分達を倒されて激昂したのか、赤色のオーラを纏った砂漠王が(おぞ)ましい雄叫びを上げた。



砂漠王(さばくおう)サンド・デビル Lv.41】#BOSS



 後衛の魔法職攻撃役(アタッカー)が隙を見て攻撃を与えているにも関わらず、砂漠王の残るLPはパーセンテージで表すと60%程だろうか?

 ともあれ、これだけのプレイヤーが加われば戦況は大きく変わるはず。


 そして――プレイヤー達の猛攻が始まった。


 真正面で対峙する、要となる二人の盾役(タンク)が入れ替わり立ち替わりで敵視(ヘイト)を集め、その隙にボスの攻撃範囲外から俺たちが攻撃を与えていく。


 今回は数名の回復役(ヒーラー)がいるため部長の負担が少ない。部長はボスへの弱体化(デバフ)魔法と味方へ随時強化(バフ)を掛け、ダリアとケビンへのMP分配と港さんとキングへとSP分配を行っている。

 俺は部長のゲージを確認しつつ回復薬を与えながら、ひたすら攻撃(アーツ)でボスのLPを削る。


 一進一退――いや、寧ろプレイヤー側が物量の差で砂漠王を押し始めていた。

 砂漠王は目の前の敵に向かって倒れる攻撃、アンデッドデビルがやったような薙ぎはらい攻撃、そして砂の中からプレイヤーを丸呑みする地中攻撃をランダムに繰り返す。

 左からの薙ぎはらいは左の盾役(タンク)が受け、逆サイドは右の盾役(タンク)が受ける。倒れこみ攻撃は正面の盾役(タンク)が受け止め、その後後ろに控えていた準盾役(サブタンク)スイッチ(入れ替え)してLPを回復し立て直す――そして地中攻撃は盾役(タンク)の掛け声でその場から離れる事で回避していた。


 最初に踏ん張っていた四人の盾役(タンク)に、雑魚狩りの方へ参加していた盾役(タンク)準盾役(サブタンク)として加わることで更にスイッチがスムーズに進んでいた。

 部長はサボっているが、後方から盾役(タンク)達に回復魔法が飛んでいき、安定感は抜群だ。


「サンドストームが来るぞ! 当たらないように左右に散って回避!」


 盾役(タンク)のリーダー格のプレイヤーが声を荒らげて後方へと叫ぶ。

 彼を含めた前衛職が、砂漠王の正面から蜘蛛の子を散らしたように移動を開始し、コンマ数秒遅れて状況を把握した後衛職達がその場から動き出す。

 砂漠王は緑色のオーラと舞い散る砂を口に溜め込むように吸収し、その体を膨張させていく。

 あの巨体から放たれる攻撃だ、およそどれほどの威力を孕んでいるか見当もつかない。


 全員が砂漠王の正面から大きく距離をとり、回避が成功したかに思えた――が、トラブルはどの場面でも起こるのが集団行動。

 一人で果敢に魔法を放つ後衛職の少年が未だに移動を開始していない事に誰もが気付く。見れば砂漠王のLPはごく僅か。


「トドメは俺がやるんだ!」


 フィールドボスと勘違いしているのか、撃破報酬狙いの少年は倒し切れると高を括り、魔法の詠唱を止めようとしない。

 大人数で攻撃しているからこそ減っていた砂漠王のLPは、ドット単位も減っていない。


 ――倒し切れない。そう少年が悟ったのと同時に砂漠王の大技が完成する。

 風船のように膨らんだ体を一気に(しぼ)ませながら、巨大な口を砲台として射出された竜巻と砂が合わさった凶悪な威力の砂嵐が、砂漠を抉りながら少年に迫った。


 その時既に、二人の男が動き出していた。


 盾役(タンク)としてリーダーを張っていた全身鎧(フルプレートメイル)の男性が少年と砂嵐を阻むように立ち、金属製の大盾(タワーシールド)を砂に深々と刺すようにして構える。

 同時刻、足に緑色のオーラを纏った港さんが速度を緩めぬまま、少年を脇に抱えて大きく跳躍(ちょうやく)した。


 咄嗟(とっさ)に干渉を使いつつ、盾役(タンク)の男性に向かって魔法防御強化の強化(バフ)を掛けた瞬間、砂嵐が盾役(タンク)の男性を飲み込んだ。


 ――砂嵐が一瞬、動きを止める。


 跳躍(ちょうやく)する港さんは砂嵐に片足を巻き込みながら間一髪、回避に成功し少年の救出に成功した……が、徐々に威力を弱めていく砂嵐の中に、盾役(タンク)の男性の姿は無かった。


「『魂の祈り(ソウル・プリエール)』」


 間髪入れず回復役(ヒーラー)の誰かが彼を蘇生し、砂漠王へ最後のラッシュをかける。

 大技も使い切った砂漠王は、技による反動で動けぬまま、最後は氷の剣によって体を貫かれ爆散した。


 レベルアップを告げるエフェクトが連続して二回鳴り響く。

 ステータスを確認するとレベルが二つ上昇しており、もう少しでまた一つレベルが上がるほどに経験値が溜まっていた。

 恐ろしい経験値量……いやいや、それよりも――


「ナイスアシストでしたね、港さん」


「盾の奴が動いたから俺も動いただけだ。本来なら誰も死ぬことなく倒せたんだがなあ……」


 無謀な攻めをしてしまった少年は、自分のせいで迷惑をかけたという気持ちからか、かなり落ち込んでいるようだった。

 そこへ先程死んでしまった盾役(タンク)の男性が声を掛ける。


「どんまいどんまい。最初のうちは死んで覚えるのがムズゲー(難しいゲーム)の醍醐味だからな」


 死んだ盾役(タンク)と同じように、数名のプレイヤーが少年に慰めの言葉を掛けると、少年はお礼を言い、その場を去っていった。


「死んだら経験値の半分ロストだから、万々歳とは言えないだろう……まあ、終わった事は仕方ねえな」


 港さんは盾役(タンク)の男性を同情するように、頭を掻きながら呟いた。

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