ダンジョン『試練の洞窟』①
港さんとの待ち合わせ場所である王都へと転移した俺たちは、彼らが待つ『王都ギルド』へと向かう。
ギルドへ行くのはクラスチェンジ以来だが、今回はクエストを受けるために利用するらしい。
港さんからのメールを閉じ、オルさんから届いたメールを開く。
部長が扱える武器は二種類ほどだが置いているらしく、マーシーさんが言うように獣型召喚獣の割合が高い事から、需要もあって数も豊富に揃えてあるようだった。
加えて、地形効果の軽減――つまりは気温変化等が及ぼす体への負担を減らすアイテムも、消費アイテムとして雑貨屋で扱っているらしい。暑さ対策・寒さ対策のための飲み薬で、火山や雪山に行く際は重宝するようだ。
これらも購入しておこう。丁度、回復薬の減りも気になっていた所だ。
オルさんは現在、対人戦用の装備製作に追われる日々を送っているらしく、昨日ログインできなかったツケが溜まり、対応に追われているのだという。落ち着いた頃合いを見計らって尋ねる事にするか。
王都ギルドに入ると同時に、黒い何かが胸に飛び込んできた。何かを抱きとめると、それは俺の胸に顔を擦り付け、ごろごろと喉を鳴らして尻尾をくねらせている。
「よおキング。今日も元気だな」
子猫サイズとなった黒豹のキングが胸の中に収まっていた。奥からは苦笑を浮かべる港さんと、その後ろを滑るように移動してくるケビンの姿があった。
ダリアの締める力が強くなっていく。
「ダイキの気配がしたのか、だいぶ前からソワソワしながら入り口を気にしてたぜ」
「召喚士と召喚獣、何か通じる物があるんでしょうかね」
港さんがチラリとダリアの様子を確認し、素早くキングを引き離す。港さんとの親密度は図るべくもなく高いキングは、抵抗こそしなかったものの、耳と尻尾をだらりと垂らしながら恨めしそうにこちらを見ていた。
ダリアが大目に見てくれなければ、他のうちの召喚獣と戯れる事は難しそうだな。
「それで、今日はどこでレベル上げをするんですか?」
「おう。見たらダイキ、もうレベル30を超えてるみたいだしよ、『ダンジョン』の方に参加しようと思ってる」
ダンジョン――最大30人のプレイヤー通称『レイド』で攻略できる巨大なインスタンスエリアの名称。
インスタンスエリアであるから、インフィニティ・ラビリンスのように他のプレイヤーと出会う事はないが、エンカウントした敵を全て倒していかなければ移動は困難だという。
注意すべき点は敵のエンカウント率の高さと、最後に出てくる『レイドボス』。
フィールドボスと違い、30人が力を合わせてやっと倒せるこのボスは、今までの敵とは格が違うようだ。それこそ、俺たち六人だけで攻略は無謀とも言えるはずだが……。
「今回挑むのは『試練の洞窟』という名のダンジョンだ。本来のようにクリアを目的とするなら六人パーティ一つでは難しいが、試練の洞窟はその限りじゃあない」
港さんはニヤリと笑うと、パネルを出現させスライドし、俺の方へ弾くようにして飛ばしてきた。
――何か考えがあるようだな。
目の前に表示されたパネルには『試練の洞窟 概要』と書かれており、細かな内容がずらりと並んでいる。
ダンジョンの歴史やメインストーリーに関係しそうな内容を飛ばし、下へ下へとスライドさせていく。
「一階部分はダンジョンの特徴紹介を兼ねたチュートリアル、二階部分は対人戦を想定した人型モンスターとのパーティ戦闘……なるほど」
「因みに三階部分はレイド単位の対人戦を想定した人型モンスターとの戦闘で、最深部はレイドボスとのお試し戦闘だ。まあ所謂初心者用のダンジョンがこの試練の洞窟ってわけだな」
ゲームの序盤によくある、敵との戦闘を使ったチュートリアル。それのダンジョンバージョンということだな。
確かにこの内容なら、対人戦により近い戦闘を行うことができそうだ。アリスさん達の紋章ギルドのように、敷地内に施設を設けられないプレイヤー達はこぞって試練の洞窟で練習するに違いない。
「一応、掲示板等では石の町のコロシアムでそんな施設が練習用として開放されるんじゃないかと囁かれていたが、専用のダンジョンが開放されるとはな。……ま、そんなわけで、これを利用しない手はない」
「賛成です。対人戦練習は行っておきたかったので、願ったり叶ったりですね。――レベル上げも兼ねてということは、経験値も入るんですか?」
「相手はモンスターだからな。相応の量が入るぞ。……ただ、一回一回に利用料が発生する上に、素材も金も落とさないダンジョンだから『タチの悪いゲーセン』と呼ばれることも多いな」
30レベル六人の設定だと、一回の戦闘で1800G。ぼったくりだな。と、港さんは、悪態を吐きつつ肩を竦める。
所持金の残りは26万G程あるため、部長の武器費用を五万、消費アイテム群を五万とみても挑戦できる回数は89回……1800Gはダリアが暴走してキリなく食べた食事代と同等だ。そう考えると、利用料はかなり高い。
「なんにせよ、対人練習の場所がそこだけとなれば挑む価値は大いにありますよ」
「そういう事だな。ともあれ、クエストと同時進行すれば大損害は免れるし、経験値も入るからお得だぜ。ついてきてくれ」
手招きする港さんについていき、受付へと向かう。カウンター内のNPCから港さんが『蠢くアンデッド』という討伐クエストを受注すると、俺の目の前にもパネルが出現し、クエスト開始の音楽が流れる。
【蠢くアンデッド】推奨Lv.18
夜の支配者が天に咲く時間、王都の周りに朽ちた戦士が現れます。なるべく多くのアンデッドモンスターを撃破し、王都の治安維持に貢献しましょう。
アンデッドモンスター 討伐数[0/10]
アンデッドモンスター 追加分[0]
経験値[980]
報酬:G[3900]
※追加討伐数によって変動します。
「因みに、試練の洞窟で出てくる対人戦用のモンスターは『スケルトン』でアンデッドモンスターだ。つまりは倒すだけ報酬の増えるお得なクエストって所だな」
「へえ、効率いいですね」
「まあ試練の洞窟で出てきたモンスターは簡単に戦闘が終わらないように、LPが軒並み高く設定されているから、一つのパーティを倒しきるのに結構時間がかかる。効率だけならオアシスに劣るな」
レベル上げならオアシスの方が優れた場所なのか。ともあれ、今は対人戦の練習の方が重要度が高い。レベル上げも連動して行えるこちらのほうが魅力があるのは事実だ。
そして、俺たちは早速ダンジョンへと向かうべく足を進める。道中、雑貨屋で回復薬とオルさんに教わったアイテムである『ホットコーヒー』『アイスコーヒー』を買い込みながら、中央ポータルへと移動した。
港さんが手をかざすと、一瞬にして視点が変わる。
目の前にあった巨大なポータルが消え、かわりに南ナット平原を彷彿とさせる広大な平原が続いていた。
奥には緑が生い茂る山や、炎が噴き出す火山、雪に包まれた雪山などなど異様な光景が並んでいる。山々の距離はそう離れていないように見えるが……。
景色に気を取られ喋る事を忘れた俺を察したのか、腕を組みながら港さんは山の一つ一つを指差し、説明を加えてくれる。
「あれらはすべてダンジョンだ。中でも現在攻略されているのが火山と雪山。ここからは見えないが、森の中や滝、地下へと続く亀裂等々もあり、王都の周りの広さは冒険の町の比じゃない」
「壮観ですね……」
「現在は最前線組からの情報で、火山の奥にあるという『竜の渓谷』が最難関のダンジョンらしく、推奨レベルは70だそうだ。流石にクリアできたプレイヤーはおろか、一階すら踏破できていないらしいがな」
緑色の山なら俺も踏破済みだぜ。と、少し自慢を交えながら、気分良く歩き出す港さん。
俺ももっとレベルを上げて、竜の渓谷や難関とされるダンジョン攻略に参加してみたいな。その頃には、もう一体くらい召喚獣が増えているのだろうか?
好奇心というか、探究心というか、年甲斐もなくなんとも言えないワクワクに心を躍らせつつ、先行く港さんを追った。
ダンジョンには、直接ポータルで行く事ができない。道中に出てくるモンスターを含めた難易度ともされているため、プレイヤーはこの広大な平原を歩く事となる。
金を持つプレイヤーや、召喚獣、魔獣を使役するプレイヤーは、馬や人が乗れる大きさの動物で移動する者もいるらしい。課金すると移動用の馬が買えるようだが、値段を聞いて即座に断念した。
移動用の大型召喚獣か……クリンさんの金太郎丸のサイズなら、人を乗せた移動も可能だろうな。
「風の噂で聞いたんだが、世界のどこかに巨大なカジノみたいなエリアがあって、そこで莫大な富をゲットして馬や家を買う事ができるとかなんとか」
「信憑性低いですね……尤も、俺はギャンブル運がからっきしなんで、莫大な富どころか一文無しになりかねないです」
「一文無しになりかねないって……おいおい、所持金を全部使い切る前にやめるって選択肢はあるだろ」
とかなんとか、港さんとのんびり雑談を交わしながら、目的地である試練の洞窟へと移動する召喚士御一行。
移動用召喚獣がいるなら、その逆もあるという事か。部長とダリアを乗せる俺は、きっと彼女たちの移動用召喚士に違いない。




