Seed ①
ライラさんから指定された場所は、何かと集合場所に指定される時計台前だった。腹をパンパンに膨らませた部長を乗せたダリアを乗せる俺。体感で通常時の1.5倍くらい近く重くなっている気がするが、気持ちの問題だろうか?
すれ違うプレイヤーに話しかけられたり、写真をお願いされたりと道草ばかり食いながらも、無事、指定の時間六分前に時計台前に到着する事ができた。
風の町で行われる、召喚士たちのイベント的な招待状まで貰ってしまったが……正直行ってみたい。ダリアと部長も子供だし、同じ召喚獣達との交流も深められれば楽しいだろう。港さんや紅葉さん、クリンさんにも会った時に誘ってみるか。
時計台前は多くのプレイヤーが集合場所として利用しているため、人口密度が高い。ただ、サービス開始直後はすし詰め状態だったものが、今ではお祭り会場程度まで減っている。微々たる差だが、これなら人探しも不可能ではない。
「あ! ダイキさーん!」
ライラさん達を探すためウロウロしていると、人混みをかき分けながら、ライラさんとクリンさんがこちらへやって来た。
ライラさんは濃い青の髪色と同色の鎧に防具が新調されており、背丈程のバスターソードを背負っている。その出で立ちは戦士そのもの。
茶色の髪を振りまきやって来るクリンさんは、黄色のラインが入った白のフード付きローブに身を包み、腕に熊の金太郎丸と、犬? のような召喚獣を抱いているのが見える。
あの子が彼女達がいう新しい召喚獣か。ともあれ、ライラさんも大概だがクリンさんも獣型が好きなんだなあ。
「ごめん! いい集合場所が思いつかなくて!」
「大丈夫ですよ。無事合流できましたし」
膝に手を置いて息を整えつつ、苦しそうに謝るライラさん。クリンさんも肩で息をしていることから、かなり走って俺を探し回っていた事がわかる。
ちょっと申し訳ない事をしたな。メールなり電話なりすればよかったか。
「だ、ダイキさんも新しい召喚獣ちゃん呼んだんですね! 」
「ええ、獣型の鼠族で名前は部長です。仲良くしてあげてください」
「カピバラだあー!」
二人は目をキラキラと輝かせて部長を見上げている。クリンさんの腕に抱かれた二匹もジッとこちらを見ているが……彼らもダリアみたく嫉妬とかするのだろうか?
色々話したい事はありますが。と、二人にやんわりと場所を変えようという旨を伝えると、ライラさんはハッとした表情で踵を返し、先導を始めた。
「す、すごい。エクストラジョブなんて聞いた事ないです」
「私も! となると、相当強い職業なんでしょ?」
「うーん、強いとは少し違うような……まあ、楽しい職ではありますね」
一度も行った事がなかった、冒険の町の住宅街を進んでいく。先導するライラさんは雑談に混じる余裕もあるようで、迷っている風でもない。
特に心配もいらないだろう。
しばらく歩くと、周りの家とは石の色が少しだけ違う建物が現れた。他が赤と白を使った建物なのに対し、ここだけは焦げ茶色の木が等間隔で組み込まれた、美しい模様を描いている。煙突のある屋根の色も焦げ茶色で、かなり落ち着いた色合いの、比較的新しい建物のようだ。
「ここは?」
「ふふーん。ここは我ら『Seed』のギルドホームなのだ!」
ライラさんが誇らしげに手を広げた。
Seedか……直訳すると『種子』という意味を持つ言葉だが、コンセプトはなんだろうか。
「私たちは現在、戦闘が苦手な新規プレイヤーさん達を集めて戦闘の指導だったり、ステータスの振り分け、技能の取り方などのアドバイスをメインに活動してます」
「それは素晴らしいですね。遊び方が従来のゲームとは根本的に違いますもんね」
クリンさんもどこか誇らしげにしているのがわかる。
確かに、新規プレイヤーとして来た人の中には、戦闘したくても難しかったり、ステータスをどこに振ればいいかわからない人も一定数いるだろう。なまじ値段の高いゲームなだけに、諦めるには惜しい買い物だ。
そうか……彼らは初心者応援ギルドを立ち上げたんだな。ケンヤもそうだが、雨天さんも面倒見が良さそうだし、この二人も人がいいからな。
まだこのゲームの面白さを体感できていない『種子』達を育て、咲かせるギルド。いい名前じゃないか。
「中でケンヤと雨天さんが待ってるよ! 他のメンバーもいるけど、一方的にダイキさんの事は知ってるから!」
「いきましょう。入り方は、ドアノブを触るだけです」
一方的に知られてるって何だ? ……ああ、四人の誰かが先に話を通しておいてくれたのか。混乱なく済みそうで助かるな。
二人に続くように、ドアノブに触れる。よく見るとポータルと同じ素材だなとか、考えているうちに、Seedのギルドホームへと転移していた。
ギルドホーム内部は、建物外の石をメインとした仕様とは違い、木材をメインとした造りとなっていた。30人近く人がいても余裕のありそうな、広々とした空間となっている。
煙突があったので察していたが、金属製の暖炉が備えられ、ガラス越しに見える炎が優しく燃えている。それを囲うように置かれたソファは落ち着くクリーム色で、建物内の雰囲気とマッチしていた。
「よ、ダイキ。ゲーム内じゃ久しぶりか?」
「だな。見ない間に随分と立派な建物造ったもんだ」
迎え入れるように手を上げたのはケンヤだった。分厚い鎧は解除しているらしく、鎖帷子と金属製のグリーブという出で立ちだ。
どこかの兵士NPCだと言われれば違和感ないくらいに馴染んでいる。いつも背負っている大型のラウンドシールドも、現在は装備を解除しているようだ。
「こんばんは。イベントぶりですね」
「こんばんは、雨天さん。遅くなりましたが、ギルド結成おめでとうございます」
統一性のある水色装備に身を包む雨天さんが、俺やダリアたちとの再会を喜ぶ。銀縁眼鏡の先に見える、青色の瞳が上へと移動する。
「ダリアちゃんも、久しぶり。それに……」
「ああ、ダリアの上にいる子は新しい召喚獣の部長です。……よい、しょ」
人様の家の中で肩車を続行するのは礼儀知らずだな。肩車されるダリアごと持ち上げ、ゆっくりと床の上に降ろす。見覚えのある面々にダリアの顔がキョロキョロと動いている。
「あ、あの! お義父さんですよね?」
「私! 幼女神様の戦う動画を見て召喚士になったんです!」
「僕の技能構成、見てください!」
「トーナメント頑張ってください!」
ケンヤの後ろで様子を窺うように覗き込んでいたプレイヤー達が、ダリアの姿を確認した途端、なだれ込むように駆け寄ってきた。皆が皆、各々の召喚獣を抱いている。
「気持ちもわかるが、交流は後後。ダイキ、こっち来てくれ」
流石はギルドマスターといった所か、ケンヤの一声で周りのプレイヤー達が残念そうに道を空けていく。ギルド内でもかなり威厳のある人物に位置付けされているようだな。
とりあえずライラさん達がダリアと部長に興味津々なので、彼女らにはここで先に交流を深めてもらっておくとしよう。シンクロで二人に確認を取ると『はーい』『うん』という返事が返ってきた。
暖炉の周りのソファに腰掛けた俺たちは、盛り上がる後ろの声を聞きながら、くだけた感じで雑談を始める。艶のある四角いテーブルを挟む形で、対面にはケンヤと雨天さんが座っている。
雨天さんは出現させたコーヒーセットからできたコーヒーをカップに注ぎ、皿に乗せて渡してきた。
香りもいい。てかこのアイテム欲しいな。
「雑貨屋や雑貨も取り扱っている露店のプレイヤーから購入できますよ」
「流石」
俺の心を読んだように、笑顔を浮かべながら雨天さんは言う。……売ってるのか。ともあれ、これではゲーム内でもコーヒー中毒まっしぐらだな。
コーヒーで一息ついた後、ケンヤがソファにもたれるような形で沈み、両手を腹部の上で結んだ。
「まあ、大した用事じゃないんだが。トーナメントについて色々と聞いておこうと思ってよ」
これが議題ね。まあ、トーナメントは目前に迫ってるから情報交換的な部分が主だろう。
確かケンヤ達もトーナメントに向けて連携の練習を行っていると言っていたな。面子も集まっているし、この場にいるプレイヤーだけでも数チーム作れる人数は居るようだな。
「俺は知り合った召喚士のプレイヤーと共にトーナメントに出る予定。って言っても、掲示板を見る限り、かなり厳しい戦いになりそうだけどな」
あの内容が本当ならば、勝ち進むためにはトッププレイヤー達が大きな脅威になるだろう。まさか銀灰さんがあの場に名を連ねているとは驚いたが……。
「俺たちは一度だけ『大兵器』に会ったことがある。……いや、見かけただけというか、およそ会ったと呼べる距離ではなかったが」
大兵器。掲示板にも名があった魔法職最強角の一人。かなり長い時間プレイしている上に、相当な金額を注ぎ込んでいるとも書かれていた。
「見たことのないレベルの範囲魔法でレベル30のモンスターの群れを一撃だった。付近にいた俺たちは運良く被弾せずに済んだが、あれはダリア嬢の火力を見た時以上の衝撃があったな」
その時の迫力を思い出したのか、苦笑いを浮かべながらケンヤが頭を掻いた。
範囲魔法で一掃といえば、いつか砂の町付近で見た戦乙女の姿が頭をよぎる。
そうだ……彼女も確か日本最強の召喚士として掲示板に載っていたな。
「俺も、日本最強の召喚士と、銀灰さん。あと金色には会ったことがあるな」
「よくもまあ、そんな有名どころと交流があるな……」
「で、なんだ? 『トッププレイヤーについて』じゃなく『トーナメントについて』だろ?」
優勝候補予想なんて無粋な話しをしたがる奴じゃないだろう。俺が発言を促すと、ケンヤにやりと笑みを浮かべた。
「まあ、俺が話したかったのは、そのトッププレイヤー共にどうやって勝つかって話だな」
まるで、既に何か作戦を用意している風な口ぶりで、ケンヤはカップのコーヒーを飲み干した。




