弓の申し子
アリスさん、銀灰さんと別れた俺たちはトルダと合流するため、冒険の町ポータル前で待機していた。
しかし、ダリアもだが部長も魔石をよくねだってくるなあ。オヤツを欲しがる子供が2人になっているから消費する量も加速している。
近い内にまた魔石作りに行かないとだな。
時刻は午後8時40分。
この時間になって来ないとなれば、港さんもオルさんも今日はログインしない可能性が高い。他の人でも誘おうかとフレンド一覧をスライドさせてみたものの、ケンヤ達はケンヤ達で現在地に『試練の洞窟 B2』と表示されていた。
皆の言うダンジョンへと挑戦しているのだろうか。ケンヤは対人戦を主にこなしているような発言をしていたから、もしかしたら対人戦の練習場のような場所があるのかもしれない。
なんにせよ、取り込み中じゃあ無理に会うのも申し訳ないし、フレンド欄の最後に表示された【ハロー金肉】さんに至っては『拳王の試練 F8』とかいういかにも強そうな所に潜ってるし……。
「おーい」
「お、きたきた」
人混みの中に、アイスグリーンの髪が揺れているのが見えた。
彼女曰く、ナチュラルショートという流行り所を完璧に再現したという髪型は、現実よりやや優しげな顔つきのトルダによく似合っている。
背中に約二メートルの曲線を描く何かが布に巻かれて背負われているが、コレは彼女の手によってこだわり抜いて作られた和弓だろうか。弓にコストを掛けすぎたのか、防具の方は革製品とあまり良い品ではないように見える。
「呼んでおいて言うのもアレだが、今から行くのはボスの所だぞ?」
「メールにも書いてあったし分かってるってば。死んだりとか経験値が減るとか、私としては割とどうでもいいし」
それはどうなんだ? RPGをやる者として。
暇そうだったから誘ってはみたものの、挑戦しようと思っているのはリザード達の親玉のフィールドだ。老夫婦から受けたクエストでボス指定ではないものの、最終的にボス討伐まで派生するクエストだと俺は踏んでいる。
温風の抜け道に出てくるリザード達のレベルは平均して15程度。俺は勿論、部長でも余裕あるフィールドと言えるが、トルダのレベルは現在12。パーティで攻略するため無謀とまではいかないものの、結構ギリギリなレベルなんだよな。
「まあ死にそうになったらダイキが体張って庇ってよ。ねー、カッピー!」
「おいおい、勝手に名前付けんなよ。この子には部長っていう名前があるんだから」
「部長って……っぷ! 成田部長が仲間になったってこの子の事かあ! 確かに似てるかも……ぷぷ」
俺の直属の上司である成田部長はカピバラに眼鏡を掛けたらそのまんまな顔をしている。彼を知る椿には分かる身内ネタである。
「なんにせよ、部長が回復支援の要だから俺が庇うというより部長が援護する形になると思う。だから今日はトルダが部長を頭に乗せてくれ」
「援護するからって、何で頭に乗せる必要があるの?」
「部長は自分で歩かないんだよ」
「殿様って事ね、了解。部長ちゃん、今日は私が直属の部下だよ」
ダリアの頭から部長を抱き上げ、トルダの頭の上に乗せる。部長の体は少し大きいのでダリアの時と同じように、トルダの頭に上半身を乗せ、下半身は宙ぶらりん状態になった。
「じゃあダリアは俺に肩車かな?」
が、しかし。
握った手がピクリと動いただけで、登ってはこない。まさか、時間が経つにつれ肩車が恥ずかしくなったとか……お父さん嫌い的な……いや、まさかな。
「何1人でぶつぶつ言ってんの? 早く行こう」
「お、おう」
トルダに促された俺は彼女にパーティ申請を送り、風の町へと転移する。
風の町に着いた俺たちは、早速温風の抜け道へと向かう。
すれ違うプレイヤーの多くは麦わら帽子を被っていたり、釣竿を担いで湖へと向かっていたりと、非戦闘プレイヤーが多いように見える。ゆったりとした時間が流れる風の町は連日、友達と話したり、ほのぼのプレイ希望のプレイヤーで溢れている。
最近では芝が広がる広場で召喚獣や魔獣を放して遊ぶのも流行りだという。町中では攻撃技などの戦闘行為が不可能なため、召喚獣や魔獣達でのトラブルは万が一にも無いらしい。
初めて風の町に来たトルダは、自然溢れる町を顔を緩めながら見渡していた。彼女も弓こそ装備しているものの、ほぼ非戦闘職プレイヤーだ。今の拠点は南ナット平原ではあるが、近い内にここへ移動するのではないかと踏んでいる。その意味でも今回呼んだ訳だが。
「綺麗な町だね」
「そうだな。あそこのレストランには1度行ったんだけど、海鮮料理は旨いし湖は一望できるしで最高だったぞ」
「周り湖なのに海鮮料理なんだね……」
それはファンタジーって事だよトルダさん。いや、俺も思ったけどさ。
温風の抜け道に着くと、パーティ単位で戦闘をこなすプレイヤー達が多く見えた。後続組だろうか。こうしている間にも1人、また1人と新規プレイヤーがログインしてきているんだろうな。
Frontier Worldの人気は止まることを知らず、週間ゲーム売上ランキングでは2位に圧倒的な差をつけてのトップ独走が続いている。現在の総プレイヤー数はどれほどのものだろうか。
「じゃあ私は少し準備するから、壁役ヨロシク」
シュッと、手を上げたトルダは背負っていた布を開いていく。
現れたのは黒塗りの重厚感ある和弓。独特な曲線を描くその弓には、弦が張られていなかった。てっきり弓にずっと弦が張ってあるようなイメージだったが、その都度外すらしい。
握りの部分には赤色の布が丁寧に巻かれ、トルダがそれをひと撫ですると、何処からか現れた弦がピンと張られ俺の知る弓のフォルムへと変化した。
「よくできてるな」
「握り皮を撫でると弦が勝手に張られる仕組みになってるんだ。素材にこだわり過ぎたせいで暫くは金欠ー」
ぶーぶー言いながらも、満足したような表情でトルダは戦闘の準備を着々と進めていく。周りに湧いたリザード達は他のプレイヤーが随時狩ってくれているため被弾はまだない。
右手に指3本を覆った革の小手のような装備を付け、トルダが立ち上がった。
「矢はアイテムボックスから取り出す必要はなくて、弦に触れれば勝手に出現するみたい。結構便利だよね」
「本来の弓の仕様と比べてみたい……」
多分ゲーム内にある普通の弓はここまで凝った作りをしていない。少なくともトルダのコレは、何も知らないプレイヤーでも気兼ねなく使えるような弓ではない。現に俺にはあの小手が何かもわからないのだから。
試し撃ち試し撃ち。と、フリーのリザード・アーチャーに向けてトルダが攻撃準備に入る。左手で弓を握り、右手で弦に手をかける。光と共に現れた矢を小手に引っ掛けながら、流れるような動作で腕を上げ、ゆっくりと引き絞る。
ギチギチと音を立てる弦を全く意に介さないまま、トルダの矢が一気に放たれた。
ギャンと迫力ある音と共に恐ろしい速度で走る矢は、数十メートル先にいたリザード・アーチャーの胸にドスリと突き刺さり、リザード・アーチャーは訳もわからぬまま後方へと吹き飛んだ。
魔法が届く範囲を超えてないか? これ。
「もう一丁」
すかさずもう一度、矢を放つモーションに入るトルダ。リザード・アーチャーはやっと俺たちを認識したのか、手に持った弓で応戦するように矢を放つ。
限界まで引き絞られたトルダの矢とリザード・アーチャーの矢が、空中で交差する。
リザード・アーチャーの矢は数メートル前で失速し、弧を描きながらトルダの足元に突き刺ささった。
そしてトルダの矢の行方に視線を移すと、破裂音と共にリザード・アーチャーの頭が吹き飛ぶのが見えた。文句無しのオーバーキル。
リザード・アーチャーの体が光に包まれ霧散した。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、トルダがくるりと向き直る。先ほどまでの獲物を狩る鷹のような目から一転、無邪気な子供のような目に変わっている。
「なかなかでしょ?」
「やるな。てか、リザード・アーチャーの攻撃届いてなかったけど……」
「弱い弓だと、余程上を狙わない限り重力に負けて速度が落ちるよ。私のはかなり強い弓だから、もう少し遠くでも速度は落ちないし狙い通りに進むかな」
おいおい、リザード・アーチャーがいた場所まででも相当な距離があったぞ。しかも2発目は胴体より更に小さい頭に着弾してたし。
弓道経験者は皆このレベルに居るのだろうか? 魔法を超える距離からの攻撃が可能となれば、人気の無い弓使いも相当強い職に認定されるぞ。技も織り交ぜれば威力も距離も更に伸びるかもしれない……。
「こりゃあボス戦期待していいみたいだな」
「任せなさい。それに部長ちゃんもいるし、いつも以上の力が出せそう」
それから俺たちは湧いたリザード達を時には焼き、時には斬り、時には射抜きながら進んでいく。
【クエスト:リザード族の住処】推奨Lv.20
風の町付近に現れたリザード族を倒しつつ、住処とされる活火山の洞窟へ向かいましょう。※報酬はその場で貰えます
◯リザード・ランサー[8/10]
◯リザード・ファイター[6/10]
◯リザード・アーチャー[10/10]
◯リザード・クレリック[7/10]
◯灼熱洞窟[未到達]
報酬:経験値[1280]
報酬:G[7600]
開放クエスト:洞窟のリザード族
クエスト画面を開いて確認すると、討伐数もかなり埋まってきている。全部が埋まるのも時間の問題だな。
終われば次は灼熱洞窟。ここでシンクロの効果を試してみよう。




